第47話

○その時


 「カシムさま」

親衛隊隊長のズーチンが駆け寄る。


「マリクさまたちがお戻りになりました」

えっと驚き、目を見開く。

すぐ先に馬を引きながら近寄づくマリクとリンリーが見える。


「どうしたんだ、なぜ帰ってきた」

カシムは、怒っていた。

都で医者をしているはずなのに、なぜ、こんな時に帰ってくるのかと、睨みつける。


「そんな顔をするなよ、無事、2人とも医者になれたんだ、喜んでくれよ』

マリクが言う。

「そうか、それは良かった」 

カシムに笑顔はない。

マリクもその報告に戻ったわけではない。


「イル将軍が率いる政府正軍が西域に進軍すると聞いて、戻ったんだ。僕も戦うよ」

マリクはきっぱりと言う。

「ともに戦うために戻りました」

片手を上げてリンリーも言う。


「何を言ってんだ、ここは戦場になるんだぞ、都に帰れ」

カシムが怒鳴る。

2人のことを思って言っているのはわかっていた。

「僕たちは兄弟だろ。ともに戦うのは当たり前だ」

マリクの言葉に言葉が詰まる。

「イル将軍と戦うために戻ったんだ」

「本気なんだな」

「当たり前だ」

緊張の糸が切れる。

大きなため息をつき

「じゃ、中で作戦会議だ」

カシムの言葉に、マリクはうなずく。


宮殿に入ると、メイファンがリンリーに飛びついて2人抱き合う。

久しぶりね、元気だった?そんな言葉を飲み込み、ただただ抱き合っていた。

こんな再会は望んでないが、とうとうこの時が来たのだ。


マリクとリンリーは、すぐに石晶城を訪ね、体調不良が続いているというタジル王を見舞う。


「医術の勉強をして、2人ともに、医者となりました」

と報告する。

それも、タジル王からの仕送りと三日月氏の援助のおかげだった。

タジル王を診察し、肝の臓が弱っているため、漢方処方をする。


しばし話が弾んだ後、ミーナ妃が2人に差し出したものに驚く。

キル国の刻印が入った白いメノウの札だった。

「このニつは、キル国の王家の者としての証だから、一つずつ肌身離さず持ちなさい」

タジル王は言う。

ミーナ妃からは

「きちんと婚礼をあげましょう。キル国の王子とイリ国の王女としての婚儀です。全部私に任せて」  

ミーナは、いつかきっとと、2人のために用意をしていたのだ。


直ぐにミーナ妃の言葉通り、至れり尽くせりで、小規模だが豪華な式をあげる。

リンリーの花嫁衣装は、ミーナが用意していたイリ族の紋様を織り込んだ三日月氏の華やかな赤い衣装だ。

美しい花嫁姿を見つめながら、マリクは、つくづく巡り合わせの不思議を思う。


 だが、それはまさに嵐の前の静けさの中でのひとときだった。


中央政府動向の知らせを受け、カシムは、武器をさらに集め、兵を増員する。

マリクとリンリーは、救護のための部屋をつくり、治療のための準備を整える。

そして、それぞれ剣も持つ。二刀流だ。


 政府正軍は、都を出発した。

北寄りの南道に入り進軍するようだ。

いくらイル将軍でも、兵ととにここに着くのには、5日はかかるだろう。


 三日月氏も判断を迫られていた。

アビルとムサは、三日月軍で、この地を守るか、カシムの親衛隊に合流し戦うのか。

話し合いを重ね、ここにとどまり、この地を守ることとなる。

アルム宮殿がどこまで持ち堪えるかが勝負の分かれ道だ。


 イル将軍率いる政府正軍は、都を出発し、北寄りの南道に入る。

イル将軍は、要塞となったアルム宮殿に強い関心を抱き、切り崩す策を練り、最後には、圧倒的な兵の数で押し切るつもりでいた。

政府正軍とタスクル国の一騎打ちだ。


 一方、モンコク本軍は、どこまで侵略するのか、都まで来るのか、今は留まっているため動向か読めないでいた。


ユーリ!ユーリ!

風が呼んでいる

ユーリ!ユーリ!


ユーリは、わかっていた。

風のささやきに、ユーリの内なるものが反応しているのだ。


いつでも何度でも、風はささやく。


ムーンも同じだ。

それぞれわかっていた。

それぞれビジョンが見えていた。


北のモンコクの動向

中央政府イル将軍の進軍

大きく動いている。


この時間はあまり長くは続かない。

だから、2人の時間を大切にしたいと切に思う。

そうして時を重ねていた。


だんだんと迫る。 

ユーリは戦うことを決める。

ムーンも戦うことになるだろう。


運命の2人なら、たとえ今世で2度と会えないままとなっても、来世で逢える。

親子、友達、兄弟、姉妹、恋人、夫婦、形はどうあれ、巡り逢えるのだ。


その日、ユーリは、聖地へと向かう。


王女ムーファンと王子カディールをムーンの元に残して。

ムーンは、このウルム宮殿で戦いこの国を守る。


だが、この奇縁はまだ終わらない。

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