第46話

○5年後


 5年の月日が流れる。


アルム宮殿は、宮殿という名には似つかわしくない堅固な要塞となっていた。

四方は、厚い壁で覆われて、出入り口は東と西に2つ、厳重な扉で閉め切られていた。

さらには、壁からつながる監視塔や火の見櫓も建てられ、まさに堅固な要塞へと様変わりしていた。


だが、中の広い敷地に、元の宮殿がそのまま建ち、宮殿の庭には、花が咲き乱れ、内庭には、薬草園あり、薬草やハーブが茂る。

休憩宿泊出来る建物もそのままだった。


アルム宮殿は、外観と内側では、まったく雰囲気が変わる不思議な空間となっていた。


 宮殿だけでなく、もちろん人も変化している。


メイファンは、苦しみ悩んだ一時期をカシムに支えられ乗り越えていた。

カシムとメイファンは、愛を育み、半年後に、婚儀を行い、メイファンを正室として迎える。

タスクル国カシム王子とエミール国メイファン王女としての華やかな婚礼だった。

ミーナ妃が、メイファンのために選んだ三日月氏の花嫁衣装には、驚くことにエミール国の独自の紋様が織り込まれていた。

メイファンの喜びはひとしおで、巡り合わせの幸せを噛みしめる。


マリクとリンリーは、医者になると決意し医術を学ぶために都にいくことになるが、その前に2人の婚礼に参列し、幸せを祈ることができた。

そうなると、マリクとリンリーのことが気になるところだが、2人は、医者になれた暁に婚儀をすると決めて2人の約束としていた。

その後、2人で旅立ち、都で勉強と医術修行を続けていた。

カシム宛に、たまに文はくるが、息災だくらいしか書かれておらず、どうしているのか詳細はわからない状況だった。


メイファンは、マリクとリンリーが出立する時も、前向きに捉え送り出すことができた。

もちろん寂しさはあったが、花と薬草を育てながら、ここアルム宮殿を、カシムとともに守っていこうと思いを定めていた。

最近は、タジル王の体調不良のため、ミーナは付きっきりで看病していたので、2人も、石晶城を尋ねることが増え、メイファンは、ミーナを気遣い、娘のように、ともに過ごしていた。


 三日月氏のハナンは、産後の不良から回復し、健康を取り戻し、2人目の子ども、女の子が誕生していた。

ムサも、アビルを助け、順調に商売を広げ、ハヤテとサラも健在だった。

アビルが展開する三日月氏の衣装は、美しい色合いが人気になり、引くて数多で大繁盛していた。

ムサは、玉の発掘作業から取り引きまでを担当し、衣装とともに、装飾品の売買を広げ、順調だった。


 サリの町は、ハン家菜楼が大繁盛で、イリアは2人目の男の子が生まれるとすぐにかりだされ、また踊り子の世話など手伝い、次第に頼りにされ、義父から、副楼主に抜擢されていた。

要するに義父は完全隠居したいだけなのだが、素直に受け、副楼主として勤しんでいた。

 

 キルの町のルオシーはというと。

イル将軍から格別な金を貰っていたため、その金を元に、料理店の女給から店主に収まっていた。

もちろん、支援してくれる男たちがいたからだが、奔放に、だが商売はきっちり行い、料理店の主として成功していた。


 ウルム国では、ムーンの義妹、クリスは、嫁入りは嫌だ、政略結婚は嫌だと、自由気ままにしていたが、ペルシャ国で静養中の皇太后を訪ねた際、紹介された第3王子に、自分の意思で嫁ぎ、王室の一員となる。

 

 中央政府の北軍西軍は、モンコク軍と膠着状態のため、西軍の一部が、イル将軍に戻され、都の警備にあたっていた。

イル将軍は、郡主と婚礼をあげ、都内のフン家の当主となる。

郡主は、面白みのない並の女だったが、あまり外で羽目は外せないとそれなりに上手くやっていた。

イル将軍は、皇帝への忠誠があるのか、単に戦好きなのか、指示通りに軍を編成し動かすことを厭わない、ある意味賢い男だった。


 それからしばらく経った頃、大局に変化が起こる。


なんとモンコクが、日出る東の国への海からの攻撃の末、敗退したため、引き上げ始めたのだ。

2度襲撃したが、船での合戦は向いていないと諦めたのだ。

北へと戻りながら、さらに支配を広げようとしていた。


中央政府は、常に北のモンコクに脅かされ続けていた。

過去、モンコクは、海側へ、そして南下し、朝鮮を支配し、日出る東の国の島への攻撃を開始していると、傍観していたのだが、撤退したとなると動きが読めない。

北に残っていたモンコク軍は、絹の道の西域へは行かず、北の高原の道の西への進軍のための偵察をしていた。


 そうなると、中央政府皇帝は、西域を狙うことができると思った。

長年準備してきたのだから、財政難を補うためにも当然のことだ。

西域は、流通による富の宝庫であり、三日月氏の玉とともに必ず手に入れなければならない地域だ。


モンコクの動きを慎重に見つめながら、イル将軍に、政府正軍を急ぎ編成させる。むろん、西域への進軍のためだ。

当初の兵の編成から、さらに膨れ上がる勢いの大軍の政府正軍となる。


 コロコロと転がる。

何だろうと床をみる。

小さな白い玉が転がっていた。

拾い上げたのは、ユーリだった。

その姿からは、以前の面影は失せ、まるで別人のようだった。


あ、あ、あの時、占い師のシンから渡された玉だとユーリは思い出す。

どこかにしまい込んで無くしたか、落としたものと思っていた。


シンは、あの時

「これはおまえの玉だ。

ともにこの世に生まれた玉と生きるのだ」

と言っていた。

やはり、生まれた時に左耳を塞いでいた玉なのか。

でも、なぜ、シンの元にあったのか。そして、なぜ今ここにあるのか。わからない、不思議だった。


ユーリは驚きの変貌を遂げていた。

ムーン王の望む王妃像へと成長していたのだ。


ムーン王の望む理想の王妃とは。

女であり、妻であり、母であり、

そして、心身ともに鍛えられた女戦士としての存在だった。


ユーリ王妃は、ムーン王の最高傑作、ひときわ光る最高の王妃となっていた。


剣術にはさらに磨きがかかり、ムーンから、国を守ること、防衛法、そして戦争に関するすべてを伝授される。

戦法は、問答を繰り返し導き出し、兵の動かし方、戦い方も知っている。


水が変わったせいなのか、茶色だった髪は、ムーンと同じ白いシルバーに変色し、顔立ちはそのままで、すらりとした体格の女戦士にと成長していた。


ムーンとの間に、双子の娘ムーファンと息子カディールが誕生し、妻として母親としての役割も果たしていた。


芳しき薔薇の香は、変わることなく香り、その香りこそがユーリの人を惹きつける魅力となり、ウルム国を思い、民に慕われる王妃として君臨していた。

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