第44話

○交錯する


 鳥籠の中には小さな鳥がいる。

ク、ク、ク、ク、と淡い黄色の小さな鳥が鳴く。


婚礼後、ユーリの元に、ハン家からの祝い品が届いた。

それがこの小鳥だった。


ベンジャミンの文によると、突然変異で色が変化している小鳥らしい。種類は不明とのことだった。


イリアが選んだという贈り物に、ユーリは興味深々で、鳥籠を窓際に吊るし、毎日、鳥に話しかけていた。


リリィ、リリィ

可愛い

可愛い


ク、ク、ク、ク

カワイ

カワイイ


口真似する小鳥


 アルム宮殿では、リンリーとメイファンが、中庭で、花と薬草を育てていた。

きれいな花は、婚礼など祝い事に必要だし、色や香りで癒してくれる。

薬草は、煎じて飲み薬とし、薬効が期待できる。

ミーナ妃が、花や薬草から植物全般に詳しい家臣を派遣してくれたので、様々教えを受け、この先も、定期的に巡回の途中に来てくれることになっている。


特に、リンリーは、理解が早く、薬草の種類もすぐに覚えて、種から育て、すでに一部収穫し、乾燥させている。

2人は、自分たち民族の自家製の薬の作り方などを覚えていた。

同じ様に、調合して煎じて飲んでみる。

故郷の匂いと苦味に、懐かしさとともに胸が苦しい。喪失の痛みは消えることなく残るのだ。


リンリーが、不眠に効く黄色煎じ薬を作るが、メイファンは平気だからと飲もうとしない。

そういうところは妙に意地っ張りだ。頼りたい、でも、という矛盾した思いなのか。

リンリーは、似た境遇であり、同じ女性としても、メイファンの寄る辺のない不安はよくわかっている。

リンリーの場合は、仇を討つ、復讐するという目的を持ちひたすら進むことで辛うじて精神のバランスが保たれていたのかもしれない。

そして、それが難しいとわかった時、マリクと巡り会う。

目の前に垂れ下がる運命の糸のようなものだった。

マリクに惹かれ、その糸を掴み、この人についていくと決めて今の自分がいるのだ。


メイファンは、1人になると鬱々と気分が落ち込んでいた。ふとすると、姉たちの顔が浮かび、父が母がと、眠れない夜が続き、自分だけが生き残っていることへの申し訳なさにも苛まれていた。


カシムが、メイファンを意識していることは、ミーナ妃も気づくほどだから、リンリーは、直ぐに気づき、2人には縁があることを直感でわかっていた。

密かに、カシムという運命の糸を掴んで欲しいと願っていたのだ。


 知らせを聞いて、イル将軍は絶句する。

北軍が、北のモンコクに襲撃され、壊滅状態との連絡が入ったのだ。

モンコクは、北部の小国を次々と傘下に入れ、さらにその勢いで、北軍を破ってさらに侵攻している。

あの北軍がやられたのか、やはりモンコクは侮れないと力が抜ける。


すぐに皇帝の命が下る。

西軍は北へ向かい、モンコクと対峙せよ、動けば応戦せよとのことだった。

北軍の将軍は、このままで終わりたくないと、敗残兵とともに北路まで降りて留まっているらしい。

そうなると、イル将軍が編成した西軍を、北軍将軍にそのまま引き渡すことになる。西軍で、モンコクを食い止めるというのか。


皇帝には別の考えがあったのだ。

イル将軍には、都で、新たに防衛軍を編成し、都周辺の守りを担当させようとしていた。

北軍将軍と合流した後、イル将軍は、中央政府に参内するようにとも書かれていた。


その頃、モンコク帝国軍は、海側、南下し、朝鮮に侵略し、日出る東の国を目指していた。


これまでの北でのモンコク帝国との戦いが中央政府自体の財政を圧迫していたため、皇帝は、とにかくモンコク帝国の勢力をどうにか抑え、または回避して、中央政府を立て直すことを先に考えていた。


北路が不安定な状況なら、南路での交易で武器などを運び、管轄の都市と都との流通の道として活性化させそして、天山南路の玉を手の内に収める必要がある。

さらなる理由で、西域を狙っていたが、まずは守りを優先する。


キル宮殿には、すでに中央政府から新しい領主が送り込まれ、郡として統治されていた。


イル将軍は、速やかに準備して指示通りに進軍する。

愛人3人には手切れ金を渡し、去って行った。

2人は、大金を持って里に帰って行ったが、ルオシーはというと、いまさらおめおめと帰ることもしたくないとしばらく宮殿に留まり、この先のことを考えていた。


 マリクとリンリーは、近頃、急に親密さを増していた。

まわりにはすでに悟られ、それでも隠すことはしなかった。


写本をしている横で、リンリーが、薬草の話をしている。

病気の症状や不調に合わせて、役に立つ薬草を仕分けているらしい。

マリクは、リンリーの影響で、医術に興味を持ち、その手の本を読むようになっていた。


写本の途中、マリクは、立ち上がり、本棚の上の小箱からカンザシを出す。

あのキル国のバザールで買ったカンザシだ。

いつか愛しい人に巡り会えたら、渡したいと持っていたカンザシだった。


「はい」とリンリーに渡す。

「えっ、これは?」とリンリーが聞く。

「君がつけてくれ」

恥ずかしいのか素っ気なく言う。

「私に」

「そう」

「ありがとう、嬉しいわ」

じっとカンザシを見つめている。

「刺してあげるよ」

カンザシを取り上げて、リンリーの結い上げた髪に刺す。

「この辺かな。お、いいね、似合うよ」

「じゃあ、部屋の鏡て見てくるわ」 

と部屋を出ようとする。

その手つかんで止める。

振り返ったリンリーを引き寄せ抱きしめる。

あっと、驚くが、リンリーも腕を回しマリクを抱きしめる。

「このカンザシは、なぜ私に」

リンリーが聞く。

マリクは、うまい言葉が出てこない。だが、意を決して 

「リンリー、お前が好きだ。好きなんだ」

えっ、期待した言葉だった。

「私も同じ。マリクさまが大好き」

目と目が合う。

見つめ合い、そっと口づけを交わす。

寂しさで寄り添うわけではない。

マリクは、リンリーを愛し、お互いを必要としていると気づいたのだ。


 三日月氏では、ムサとハナンに男の子が誕生する。

子どもは元気だったが、難産だったため、かなり体が弱っていた。ハナンを気遣い、タナが手伝いにきていたが、回復が遅く、みな心配をしていた。

ムサは、マリク王子に早馬で知らせる。


 アルム宮殿は、増築工事が始まる。

宮殿を四方から包み込む壁が築かれていた。


その内側では、その日も剣術の練習に励んでいた。

リンリーもメイファンも加わり、剣の代わりに棒を使って、二手に分かれ、対抗試合の最中だった。


 「マリク、三日月氏からの早馬が来た」

門番に呼ばれていたカシムが叫ぶ。


ムサからの文だった。

至急来て欲しい。

生まれた子どもは男の子で元気だが、ハナンの体調が思わしくないとのことだった。

マリクは、驚きのあまり動けない。

ハナンまでも、と震えていたのだ。


「しっかりしてください、マリク、早く行かないと、私も一緒に行きます」

リンリーに急かされ、支度をする。


護衛2人を伴い、リンリーとともに三日月氏に向けて馬で出立する。

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