第43話

○ユーリの婚礼


ユーリ!ユーリ!

風が呼んでいる

風に吹かれながらしばし窓際に佇む。


 ユーリのウルム国での日々は充実していた。

ムーンの妹クリスと意気投合し、流行りの衣装や飾り物、化粧品など女の子の話題は尽きない。

一緒に外出し、街歩きをしたり、買い物を楽しむ。

ウルム国の歴史から民の噂話まで面白おかしく伝授され、ウルム国の独自の文化を知る。


ムーンは王として多忙だが、公私を分けている為、ユーリと2人、気晴らしに馬を走らせたり、お忍びでバザールに行ってみたり、2人の時間を楽しんでいた。


 やがて冬が過ぎ、春の訪れとともに、婚礼の日が近づく。

準備は着々と進み、その日は、三日月氏からの婚礼祝いの一つ、花嫁衣装が届く。

鮮やかな赤色と細やかな金色の織のあまりの豪華さに目を見張る。


ムーンの母である王太后が宮殿に戻る。

婚礼後もしばらく滞在するが、また故郷に戻る予定だと聞く。

初めて会う王太后は、中年ではあったが、その年齢とは思えない、まるでお人形のように整った彫りの深い顔立ちの美しい人だった。

アルカイックスマイルのまま表情が変わらず、喜怒哀楽が感じられないとも言える。

ああ、これがペルシャのお姫さまかと、ユーリは見ていた。


ムーンの話によると、侍女にかしづかれ任せて、自分では何もしないお姫さまだという。

世間知らずのお姫さまだから、王の死の衝撃に耐えられず、いまだ傷ついたまま故郷の宮殿で時を過ごしているという。

悲しみ方も優雅だ。


だが、それが真実とは限らない。

王妃には故郷にいたい別の理由があったのだ。


それはやはり人生の綾とでもいうべきか。

昔のこと、ペルシャのお姫さまには想い人がいたが、告白できないまま、政略結婚で、ウルム国王妃となる。

息子を産み、王妃として穏やかには過ごしていたが、突然、国王の死という悲劇に見舞われる。

その後、静養のため、ペルシャ国に戻った際、想い人と再会する。

歳は重ねたが、少女のままの心でプラトニックに想い見つめる。

それだけで幸せだという。

やはり自分の立場をわきまえたお姫さまであった。


 その後は、招待客が次々と訪れる。


タスクル国から、タジル王とミーナ妃が到着する。

久しぶりに会う父と母を見るなり、ユーリは涙が溢れとまらなくなる。

「あらあらどうしたのかしら」と苦笑されても涙がとまらない。

抑えていた感情のカタルシスだったのか、ミーナに抱きしめられ、ひとしきり泣いた。


宮殿内を案内した後、タジル王はムーンと2人になり、熱心に話し込んでいた。

アルム宮殿の増築についての話をしていたのだ。

ムーンは素晴らしい考えだと興味を持ち、別の部屋に移り、地図を広げ、タジル王が持参した図面を見ながら、意見交換し、アドバイスをする。


ユーリは、母ミーナと積もる話をしていた。

アルム宮殿でのカシムの近況を聞き、キル国のマリク王子、イリ国のリンリー王女、エミール国のメイファン王女が一緒にいるその経緯を聞き、巡り合わせに驚く。

さらに、ミーナから、マリク王子とリンリー王女は恋仲であること、さらには、カシムとメイファン王女はお互い惹かれあっていると聞き、なんて素敵なことなのかと、運命の出会いに感動を覚える。


しばらく見ない間に、言葉使いも、受け答えも、さらには姿勢、身のこなしなど、ユーリは、落ち着いた大人の雰囲気になっていた。

ミーナは、ウルム国で過ごす日々が、ユーリを成長させ、変えてくれたと口には出さないが喜んでいた。


 ウルム国ムーン王とタスクル国ユーリ王女の婚礼は盛大に賑々しく行われる。

絵に描いたような美男美女だと誰もが思う似合いの2人だった。

三日月氏の花嫁衣装は、金糸で織られた豪華な上に羽のようにふわりと軽やかで、ユーリ王女をさらに美しく彩る。

ムーン王の正装姿は、神々しく立派で王の風格を体現し、民からさらに神格化され、神聖なるものとみなされる。


ムーン王とユーリ王妃となり、宮殿の窓から、集まった民衆に手を振る。

崇め祀られる国王と王妃となる。


 薔薇の花びらが浮かぶ薔薇風呂に、首までつかり、さらにずぶずぶと目の下まで潜り、ぴょこんと出ると、またずぶずぶ潜る。

髪の毛をかき分けながら、浮き上がる。

風呂を出ると、濡れた髪を拭いて夜着に着替えさせてもらう。

侍女はここまでだ。


寝台で待つ、ムーンのそばに行く。

ここにおいでと呼ばれ、近づくが立ち止まる。

思い切って脱ぎ、裸になる。そして、ムーンの隣りに滑り込む。

「抱き枕はやめます」

耳打ちする。

わかった、と言うように、ムーンも夜着を脱ぎ、優しく体を重ねていく。


婚礼前だったが、夫婦の契りのことは、なんとなく知っていたし、母からも聞いていたが、流れに任せようとここまできて、その夜が2人の初夜だった。


 カシムは、ユーリの婚儀には参列しないが、やはりその日は、ユーリを思い幸せを祈っていた。

いつもと違い考え込む様子に

「何かありましたか」

とメイファンが聞く。

曖昧に笑っていたが

「実はね、今日は、妹の婚礼の日なんだ」

「まあ、そうでしたか、おめでとうございます」

メイファンがお祝いをいう。

「遠いウルム国に嫁いだんだ。妹ながら、ちょっと変わった面白い子だった。王妃としてやっていけるか気になるところだ」 

つい心配ごとを口にする。

「大丈夫ですわ、だってカシムさまの妹ですもの。立派なタジル王と素敵なミーナ妃の娘さんだもの」

と優しく微笑む。

「そうか、ありがとう」

カシムも素直に喜ぶ。


「あっ、ところで、そのカシムさまって言うのはそろそろやめてくれないか」

「えっ」

「カシムと呼んで欲しい」

「いいのでしょうか」

「もちろんだよ、対等でお願いしたい」

「はい、わかりました、そういたします」

やっと一歩進むカシムだった。


 婚儀の翌日、タジル王とミーナ妃は帰国の途についた。

互いに抱擁を交わし、別れを惜しみ、ユーリは、涙を堪えて見送る。

玄関で見送り、そして、宮殿の最上階の窓へと移り、姿が見えなくなるまでいつまでも立ち尽くしていた。


 イリアは、サリの町から、遠いウルム国のユーリを想い、幸せを祈っていた。

いつか必ずまた会えると信じて、それぞれの世界で生きていこう。

と2人で決めていた。


ユーリの婚儀には、ベンジャミンの取り計らいで、お祝いの文とともに、ちょっと珍しく素晴らしい婚礼祝い品を贈る。

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