第42話
○変化の時
タジル王とミーナ王妃がアルム宮殿に姿を見せる。
2人は、久しぶりの馬での遠出というような気軽な感じで少人数の護衛とともに訪れる。
出迎えたみんなと挨拶を交わし、少し離れて見つめていたマリク、リンリー、メイファンにも、気がつき、にこやかに手を降る。
カシムから送られてくる文で、アルム宮殿の新しい住人たちのことは知っていたのだ。
カシムと笑い合い話をしながら宮殿に入って行くと、みな後に続く。
宮殿の客室でしはらく休んだ後、カシムを呼び、マリクたち3人をここへと告げる。
部屋に入ると
「君がマリク王子か」
タジルは、手を取り背をポンポンと叩く。
ミーナは、リンリーとメイファンに
「初めまして、会いたかったわ」
と改めて挨拶を交わしながら、それぞれを抱きしめる。
「マリク王子も、リンリー姫も、メイファン姫も、3人とも、良く来てくれた。君たちは、もう私の子どもも同然だ。困ったことがあれば何でも話してくれ、力になるよ」
タジル王が言うと、ミーナ妃も続けて
「私も同じです。これからは私を母と思ってください。マリク王子もリンリー姫もメイファン姫も、3人ともタスクル国がお預かりします」
2人とも優しい眼差しで包み込むように話し、皆の緊張が解けて、和やかな雰囲気になる。
タジル王は男同士、マリクを近くに呼んで座り、カシムも加わり、3人で話し込んでいる。
ミーナは、2人を内回廊に誘い、中庭を眺めながら話をする。
「カシムから私の昔話は聞いたかしら」
「いえ、まだ何も」
「私もまだ」
「そう、それなら、まず私の話から聞いてちょうだい」
ミーナは、過去に自分に起きたことや娘イリアの参内のこと、それにまつわる経緯などを淡々と話す。
2人は壮絶な体験に言葉も見つからない。
「リンリー姫もメイファン姫も、辛く悲しい思いをされたのね。
でも、人の巡り合わせは不思議だわ。2人はここにいる。ここで生きている。ご縁があるのね」
ミーナが2人を向いて微笑む。
午後の時間は、ミーナを囲み、リンリーもメイファンも、刺繍をしながら様々な話をしていた。
主な話題は、女性のできる仕事は何か、収入を得る為にどうするかということ。
ミーナは、自分の経験を含め、三日月氏の染色や織物技術から衣装を販売するまでの流れを説明する。
会話の中で、何かを始めるならやはり皆に役に立つものがいいのではという話の流れになると、リンリーが、花や薬草に興味があると言う。
花は祝い事などにも喜ばれるし、薬草は、体の不調や病気治療に使えるため、北路の屋敷でも育てていたと話す。
この宮殿にも、中庭に花壇はあるが、今は手入れをする者がいないため荒れたままになっていた。
ミーナ妃から、華花や薬草など植物に詳しい家臣がいるので、相談して、ここの中庭で育ててみてはどうかと助言を受ける。
「メイファンと2人でやってみます、そうしましょう」とリンリーが誘うと、メイファンも「はい」と頷く。
リンリーは、メイファンの体調を心配していた。あれ以来、気丈に振る舞っているが、眠れていないのを知っていたし、気力が落ちているのを感じていたのだ。
花を育てることで、花に癒され、薬草は煎じで飲めば、メイファンも元気が出るかもしれないと期待するリンリーだった。
マリクは、タジル王とカシムとともに、西域の状況、南路、北路の最近の情報などで中央政府の動きを分析して今後を占う。
そして、タジル王は、今回の訪問の2つ目の目的を話す。
ここアルム宮殿の増築の話がタジル王から出されたのだ。
石晶城と違い、端とはいえ砂漠立つこの宮殿は、外敵に弱い。
守りに弱いからイル将軍も捨てたのではないかと言う。
アルム民族も同様の理由で滅びていたのだ。
そのため、堅固な要塞にしたいという。外側の四方を囲う壁を作り、それに合わせて、見張り台や狼煙台も建設するという。
これまで通りに、キャラバンの安全な休み処にもなるし、宿泊もすることができる。
それは、カシムたちにとっても、親衛隊にも、敵の動きを察知し、より早く対応、応戦できる宮殿になり、日々の生活も安全に送れる環境となるには間違いない。
皆に異論はなく、タジル王に任せることとなる。
タジル王とミーナ妃は、2晩泊まり、石晶城に帰る。
次は、マリクたち3人が石晶城を訪問するという約束をして見送る。
サリの町のハン家では、イーライが現世に戻り、商いを手伝い、さらには結婚をしたことで、当主であるベンジャミンの父は、これでハン家は安泰だと、以前から考えていたことを実行する。
ベンジャミンを当主に、イーライを副当主としたのだ。
そして、老後のためにと、ずっと考えていた料理店を新たに開き、店主に収まる。
真ん中に設置された舞台で、歌や踊りを見ながら飲んだり食べたりできる席と三方に個室や広い客間などがあり、なかなか面白い店だと商人たちの間で評判になる。
長年、こっそり準備していたこともあり、サリの町に、ハン家菜楼ありと言われるほど繁盛していた。
その頃には、イーライの妻ルミが、市場の店をたたみ、ハン家商店でイーライを手伝うようになる。
イリアも、義父に頼まれ、料理店に顔を出して、踊り子たちの世話などを手伝っていた。
若く綺麗な踊り子たちが、より美しく見える衣装を考え、化粧も舞台映えするようにと工夫を凝らしていた。
衣装や化粧品の管理も任され、目利きがいいと頼りにされ、イリアが発注した三日月氏の鮮やかな色の衣装は大人気で、踊りに華をそえていた。
踊り子たちは、イリアの芳しき百合の香りに憧れて、同じ香りの匂い袋を欲しがるので、それも三日月氏に発注したり、裁縫が得意な女子を集め、匂い袋などの小物をつくる作業場をつくり、サリの町の新しい女性の仕事ととなる。
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