第41話

○影と光


 午後、マリクは、1人本を読み、写本をしていた。

リンリーがそっと入ってくる。

横に座ってじっと見ている。

「何、どうした」

ふふっと笑う。

「なんだよ、何がおかしい」

「だってすごく真面目な顔で書いているから」

「おいおい、顔で書いてるわけじゃないだろ」

「ねえ、マリクさま、写本なら、私もメイファンさんもお手伝いできるのですが」

「そうか、じゃあ、そこの本の中から選んでみてくれ」

リンリーは、次々と本を開いては読み、何度も確認して、2冊を選ぶ。

「まず、この本の中の1枚を写本します。使い物になるかご覧になってください」

「わかった」

「あ、でも、これだけではないのですよ、メイファンさんといろいろ自分たちで何ができるか考えてます」

「そうか、それはいいことだ」

「はい」

「仲間ができたな、メイファンさんが残ってくれて良かった」

「はい」


 その頃、カシムは意を決して話し始めていた。

「メイファンさん、お伝えしなければならないことがあります」

カシムの深刻な顔を見て

「なんの話でしょうか、ちょっと怖いわ」

空気が変わる。


「実は先程、知らせが届きました。

あなたの国、エミール国が、北のモンコクに攻撃され、王族の方々は、みな亡くなられたということでした」

カシムは言葉を選んで伝えようとしていたが、悲惨な現実に変わりはない。


えっ、と絶句し。メイファンは、胸を抑えて、椅子から崩れ落ちる。

「メイファンさん、大丈夫ですか」

そばにより、一瞬ためらい、そして抱き起こし寝台に運ぶ。

戸口に行き

「リンリー、マリク、来てくれ」

と叫ぶと、寝台のメイファンを見つめる。痛々しい姿に胸が詰まる。


気づいたリンリーがマリクと部屋に飛び込んできた。

「あっ、これは」

「どうしたのですか」

「動揺して、気を失っているだけだ」

「なぜ、何をしたのですか」


「ま、そこに座ってくれ」

カシムは落ち着いていた。

自分がとり乱しては話ができない。

2人が座ると、ぽつりぽつりと話し始める。

「酷な知らせがきたんだ。それを伝えたら倒れてしまった」

「知らせとは」

「エミール国が壊滅した。北のモンコクに攻撃され、一族郎党皆殺しになったというんだ。

どうやら、メイファンさんだけが生き残ったようだ」

「そんな、酷い」

「元々時間稼ぎに過ぎなかった和平の提案を渋られ、痺れを切らして襲撃したらしい」

メイファンの姉たちの回避策も何も意味をなさなかった。弱肉強食だ。


リンリーはあの日のことを思い出す。山での修行を終え戻った時のことを。焼け野原になり、死体が転がるイリの町。あの衝撃を。

忘れたいと記憶の淵に沈めたはずのあの風景が浮かぶ。

マリクは、震えているリンリーの肩を掴み抱き寄せる。

「なぜなの、なぜこうなるの」

連鎖する悲しみを嘆くことしかできなかった。

 

 メイファンが目を覚ます。

掛具に伏せ眠っているリンリーが目に入る。

そばにいてくれたんだ。

手を伸ばし、リンリー髪を撫でる。

天涯孤独の私たち。

なんて酷い世界なのかしら。

ひとり、それも女ひとりで生きること、リンリーはこんなに孤独だったのかとわかる。


「あっ、目が覚めましたか」

リンリーが体を起こす。

「心配ばかりかけてごめんなさい」

「そんなこと・・・カシムさまから話は伺いました」

「そうですか、そういうことなんです」

堪えきれずリンリーが先に泣く。

つられたかのように、メイファンも泣き出す。

これが夢ならどんなにいいだろう。


メイファンが、エミール国にいる頃から肌身離さず持っている笛を出す。

笛に合わせて、リンリーが歌う。

亡国の調べが静かに響く。

それは切なくただただ悲しい音だった。


マリクは笛の音を聴いていた、

笛の名手だった妹のハナンを思い出す。

そして、キル国での日々を回想していた。


カシムは、情緒的な男ではない。

しかし、悲しげな笛の音に心が痛む。

気の毒なことになった、何か力になれるといいのだがと思う。


 キルの町は、緘口令が敷かれ、中央政府及び皇帝の噂さえも厳しく取り締まっていた。


イル将軍は、皇帝の指示を痺れを切らして待っていた。

だが、北のモンコクが、南下を始めたことに対応しているため、春まで、キル宮殿に留まるようにと文が届き落胆する。

うさばらしに、狩りをしたり、武術試合を催したり、ルオシーだけでなく、他2人、3人の愛人を囲いよろしくやっていた。


そのイル将軍は、実は、中央政府の郡主の家の婿に入る予定があった。

一区切りついたら戻り、郡主を正妻に迎えるよう家から約束させられていたのだ。

ものは考えようだ。ここにいる間、出陣がない間に英気を養う、そのつもりになっていた。


 ハン家では、イーライが戻り、ベンジャミンを助け、商いに精を出していた。

ある日、話があると、イーライが、ハン家の家族を集める。

何事かと集まると

「所帯を持つことになりました。ルミさんと一緒になります」

イーライの結婚宣言だった。

ベンジャミンもイリアも驚く早技だ。

家族みなびっくりする。

ルミさんが、亡くなったレイラさんの妹だと聞いてさらに驚くが、みなそうかと納得する。

家族は、イーライの幸せを願っていたので、良かった良かったとみなで喜び合う。


もう歳だから婚礼はしないと告げ、すぐに離れの部屋で同居を始める。

イーライの第二の人生の始まりだった。


 冬の終わりに、カシムに、王タジルからの連絡が入る。

明日、アルム宮殿をミーナ妃とともに訪問するとのことだった。

アルム宮殿の親衛隊の様子も見たいし、マリク王子に会いたいとの希望だった。

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