第39話

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○ アルム宮殿の日々


「嬉しそうね、誰からの文かしら」

いつのまに忍び寄ったのか、リンリーが覗き込む。

ハナンから届いた文を読んでいた時だ。

さっと横にずらして

「見せないよ、女からの恋文だ」

たたんで懐に入れる。

「いやね、無理に見たりしないわ」

「なんだ、何か用か」

「カシムさまが呼んでます。キャラバンが着いたみたい」

「あ、あ、休ませるか、泊めるか、追い返すか、ってことだな。わかった、すぐ行く」


立ち上がるとリンリーの耳元で

「妹からの文だ」

そう言うと

「行こう」と背を押し一緒に部屋を出る。


「やあ、どうしたんだ」

「あれを見ろ、キャラバンがみえるだろう、もう半刻あの場所に止まっているんだ」

「あ、15人くらいいるな」

ラクダの列と集まる人の姿がみえる。

「もし困っているなら助けたい。行ってみようと思うのだが、どうかな」

「わかった、じゃ、リンリーと3人で行こう」


 馬に乗ったまま近づく。

「タスクル国親衛隊の者です。

長い時間止まっているため、気になって見に来ました。何かお困りですか」

カシムが大きな声で尋ねる。

男たちは怯えた様子で、顔を見合わせる。

男たちの後ろに、黄色の衣装の裾が見える。女がいるのか。

カシムが

「こちらの仲間に女兵士がいる。よければ手を貸すがどうかな」

リンリーが馬から降りて近づく。


「お嬢さまが気分が悪いため、ここで止まっておりました。力をかしていただけるとありがたい」

年齢の男が言う。

カシムとマリクも馬を降り近づく。

リンリーが男たちをかき分け、女を抱き起こす。

「マリクさま、馬車をお願い」

「わかった」


馬車に、女を乗せ、年配の男も乗り込み、アルム宮殿まで走る。

残りの男たちはラクダで後からきてもらう。


 リンリーの部屋に運ぶ。

女は、顔色が悪く意識が朦朧としている。

リンリーが

「男は出て、お湯を持ってきて」

叫ぶと、手際よく衣装をぬがせ始めたので、慌てて部屋を出る。


 一刻ほど過ぎた頃、リンリーが部屋から出てくる。

「今眠っています。体がかなり冷えていたようなので温めました。水を少し飲んで眠ったので様子を見ましょう」

年配の男に説明する。

「助かりました。ありがとうございます」

カシムが近づき

「あの、僕はタスクル国のマリク王子です、こんな時に申し訳ないが、どちらの国からこられたのか、伺いたい」

年配の男は

「失礼しました。私どもは、北部のエミール国の家臣でございます。

お嬢さまは、第3王女のメイファンさま、旅の途中でした」

「わかりました。この宮殿は、身元のわかるキャラバンであれは、休憩も宿泊も受け入れています。お嬢さまが回復されるまで滞在してください」

「ありがとうございます」


ウルム宮殿には、たまに絹の道を外れて通る一行がある。

商人たちであれば、頼まれたら休憩など部屋を貸すこともあったのだ。


 リンリーはメイファン姫の看病をする、

旅の疲れと冷えが原因だったようだ。

同じ北出身と聞いて、他人とは思えず、親身に世話をしていた。


外回廊に出ると、佇む人がいた。

誰だろ、女性だ。

カシムは見とれていた。

風になびく薄桃色の衣装と長い褐色の髪が美しいと見ていたのだ。


はっ、と気がつき振り向く。

その姿はまるで天女かと見紛う美しさだ。というか、好みだった。

じっとこちらを見ている。

あ、そうか、あのお嬢さまかと

「もしや、メイファンさんですか」

と聞く。

「はい、そうですが、あなたは」

「あ、失礼、僕は、この宮殿、というか、タスクル国のカシムです」

「あ、あなたが、カシム王子、助けていただきありがとうございます」

「もう起きて大丈夫なのですか」

「はい、リンリーさんにお世話していただき、すっかり回復しました」

「それは良かった」

辺りを見まわし

「ここから見えるのは砂の砂漠だけですね」

「あ、でも、先ほど、日の光に照らされた地面が光って綺麗でした」

「ああ、この辺りの砂には、砂金が混ざっているらしいですよ。ほんの僅かですが、日差しの加減で時々光るようです」

「まあ、素敵だわ」

2人並んで眺めていた。


 「カシムさま」

リンリーだ。

「風が落ち着いたのて、弓矢の練習をしたいとマリクさまが呼んでいます」

「そうか、やる気満々だな、じゃ失礼するよ」

カシムが行く。

リンリーは、メイファンに寄り添い、2人で何やら楽しそうに話をしている。すっかり仲良くなっていた。


 矢は的をはずすことがなくなり、剣術にも気合いが入り、ずいぶん腕が上がっている。

だが、実は、カシムは、剣術より、本を読むことの方が好きだった。

午前は、剣術、弓矢の練習をし、午後は、部屋で静かに本を読んだり、写本などをして小遣い稼ぎをしていた。


伊達に、科挙を受けたわけではない。勉強をし、それなりに自信があった。

だが、1度目は、さすがにギリギリかと思っていたら落ちる。

2度目は、高得点だとわかっていたのに落ちる。

あとから、賄賂を渡さないからだと聞かされ、すっかりやる気を無くしたのだ。

 

エミール国の第3王女メイファン姫か、とカシムは外回廊で見た姿を想う。

カシムは、イリアの一件以来、複雑な思いを抱えていた。

結局、イリアは好きな人と結ばれたのだが、運命の人とか、愛とか、女はいうけれど、煩わしいとまで思っていたのだ。

だが、メイファン姫が気になり、つい見てしまう自分がいた。


 朝の剣術中、風が強く吹くため、切り上げることにして片付けをしていると

「カシムさま、マリクさま、折り入って内密にお願いがあります。話をきいてください」

リンリーが近寄ってくるなり頭を下げる。後ろで、メイファン姫も頭を下げていた。

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