第38話

○到着する


 「あ、あれを見ろ、誰だ」

ガヤガヤと訓練兵が騒いでいる。

「カシムさま、あの一行は?」

指し示めされた方向に目をやる。

4人か。キャラバンでもない。

マリク王子の文には、.10人で逃亡中と書かれていたはずだ。

襲撃の気配はないため、横並びに並らんで見守る。


一行は近づきながら

「やあ!カシム王子に会いに来た。私は、マリクだ」

ひとりが手を振る。

お、マリク王子か。

「私がカシムだ!よく来た、歓迎する」


一行は馬を降り、カシムに近づくと、丁寧に挨拶をする。


「こちらは、リンリー、この2人は僕を護衛してくれている、ジンとチェンだ。そして、僕がマリク。よろしく頼む」

「僕は、タスクル国の王子カシムだ。とにかく、よく来てくれた。無事で何よりだ」


アルム宮殿に入ると、先に部屋へと案内される。

「すまないが、女が1人いるから、部屋をもう一つ頼みたい」

カシムが振り返ると、男装のリンリーが手を挙げる。

「あ、わかった。この部屋を男たちで使ってくれ、着替えを用意しているから好きに着替えていいぞ。

隣りの部屋は、女の君が使ってくれ、姉貴の衣装が残っているから、自由に着て大丈夫だ」

お湯の入った桶と手拭いが用意されありがたい。気の利く男だ。


着替えて広間に行く。

後からきたリンリーにみなびっくりする。

女らしい水色の衣装を着るとまるで別人の美しさでまさにお姫様のようだった。

実際、亡国の姫なのだが。

マリクは、目を丸くして見ていた。


カシムが現れ

「ご苦労だったな。ここは、僕の親衛隊の基地だ。武術全般の訓練もしている。

マリク王子、ここに滞在して、英気を養ってくれたまえ」

「有難き幸せ。よろしく頼む」

マリクは、ホッとする。

今は、居場所があるだけでいい。

カシムの心遣いも嬉しかった。


「隣りの部屋に食事を用意しているから、食べたらゆっくり休んでくれ。明日話そう」

本当に気が利く男だ

マリクはすっかりカシムが気に入っていた。


その夜は、泥のように眠る。


朝、人の声で目を覚ます。

窓の外を見ると、剣術の練習をしているのが見える。

えっ、え、その中に、リンリーがいる。

2人組での手合わせで動き回り、カシムの掛け声で、方向を変えたり、飛び上がったり、息の合った動きをしていた。

ぼんやり見ていると

「やあ、リンリーさんは早起きだな」

「僕たちも行ってきます」

2人が出て行く。

「おい、行くのか」 

取り残されて、マリクはまた外を見る。

楽しそうに笑っているリンリーをみつめ、妙な気分になっていた。


朝食は、空いたものから順番に食べるようだ。次々ときて入れ替わる。

マリクは1人座って食べていた。

「起きてたのですか」

リンリーがやってきて、隣りに座る。

「おお」

「体を動かしたので気持ちがいいわ、マリクさまも食べたら参加しましょう」

「おお」

下を向いて食べる。


カシムが

「こっちの部屋にいるから、後で集まってくれ」

と先に入る。

マリクは立ち上がり片付けるとカシムの元へ行く。


「眠れたかな」

「ああ、よく眠った」

椅子にどさっと座る。

「気分はどうだ。大変だったが、この先のことを決める必要がある」

「うん、ここに来るまで少し考えたが、いまの自分にはもう何もない、力もない。何ができるかもわからない」

頼れる男カシムに、つい弱気な言葉を吐く。

すると、ちょうどリンリーが入ってきて

「弱音吐いてる場合じゃないわ、しっかりしてください」

横に座り、腕を握る。

護衛2人も入ってくる。


カシムは、

「これまで、様々な噂が入り乱れ、情報も正確とは言えないし、聞きたくもないだろが」

と前置きして話し始める。


ナスリ王は隠し部屋で自害し果て、王子は逃げている。

側室は、イル将軍の慰みものにされ、愛人にされている。

キル国は、中央政府の直轄の町になり、宮殿に役人が入り、支配構図がつくられている。

イル将軍に動きはない。

と言う。


すでに直轄となっているのか。

キル国に戻れないことが現実となり、根無草も同然だと肩を落とす。


 その頃、ハナンは早馬の知らせで、兄のマリクがアルム宮殿に着いたことを知る。

安堵とともに、今後のことがやはり心配になる。

しばらくは、カシム王子にお世話になるとしても、身の振り方を考えないといけない。

一度、きちんと話したいが、身重の体では会いに行くことができない。

とりあえず、気持ちを確かめるため、文を書き送ることにする。


 「マリクさま、僕たちは、親衛隊に入って、訓練しようとと思います。許可していただけますか」

「それはいいことだ、世話になるといいよ」

ジンとチェンは親衛隊に加入することになり、寝泊まりが別になり、移って行った。


 「マリクさま」

リンリーが入ってくる。

「どうしたのですか、何をしてるの」

「いや、別に」

「明日の朝は、一緒に剣術の練習をしましょう、私が起こしに来ます」

リンリーが言う。

「そうだな、頼むよ」

ぽつりと言う。

あまり気が乗らないが、返事だけする。

「じゃ、また明日」

と、さっさと出て行く。


リンリーは元気だ、ここにきて生き生きとしている、それに比べ、自分は情けない限りだ。

鬱々としたまま眠る。


 「マリクさま、起きて行きましょう」

リンリーが声をかける。

よしと、気合いをいれる。


その日から、マリクも、親衛隊の練習に参加する。

なまっていた体を鍛えるためだ。

カシムの指導で、剣に、弓にと真面目に取り組んでいた。と言うか、鍛えられていた。

鈍る以前に、実は、剣術は苦手なのだ。


リンリーの鋭い動きに翻弄され、凄い使い手だと納得する。

ジンも、チェンももかなりの腕前だ。

王子だと偉そうにしていたことが恥ずかしい。

だが、ここが正念場だと自分を鼓舞し取り組んでいた。

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