第37話

○悪い女か良い女か並の女か


 「ルミさん」

呼ばれて顔を上げるとイーライが立っていた。

「近くまで来たので寄ってみました」

「あ、こんにちは」

ルミは浮かぬ顔で豆の選別をしながら、ちょうどイーライのことを考えていた。言うべきか言わざるべきかと。

その本人が現れ戸惑う。

「なんだか暗いな、大丈夫?」

イーライは笑顔だ。

ルミは恥ずかしそうに笑い返す。


スカーフを頭にかけ首の前で結んでいるルミを見て、レイラも同じように巻いていたことを思い出していた。顔が小さくてやはりよく似ている。

イーライの視線に、あっ、とスカーフを外し

「日差しが強かったから」

とたたんで台に置く。

「良かったら、そこの椅子に座って、お茶を入れるわ」

「そうだね、いただくよ」

選別していた豆の話などしていると、隣りの店の年配の女性が声をかける。

「ルミさん、どなた、いい人かい」

からかわれて、違う違うと手を振り

「あら、そうだわ、おばさん。この方は、レイラの恋人だった方よ。お兄さんになっていたかもしれない方よ」

ルミの言葉に、驚いて、急に不機嫌な嫌そうな顔になる。

「そんな昔のことなんて知らないね」

と言い捨てて、店の奥に入って行く。

その反応にイーライは戸惑う。

「ごめんなさい、ご機嫌が悪いみたいね」

ルミもまた戸惑っていた。


 イーライは、届け物をしてハン家に戻るが、ずっと気になっていた。

あの年配の女性のいきなりの言葉と嫌悪するような顔はどうしてなのかと。

レイラは攫われ殺されたのだ。

気の毒に可哀想にと哀れみの表情ならわかるのだが、あの顔はないだろうと思い、気になっていた。


夕刻になり、あの店に行ってみる。

ルミはもう店じまいしていたが、隣りの店はまだ開いていた。

「ちょっと失礼します」

声をかけると、びっくりしている。


「さっき、ルミさんの店で会ったものです」

と言うと

「あ、あ、わかるよ、何か用かい」

「ちょっと伺いたいことがあります。あとでよろしいですか」

えっ、という顔になり、少しの間があって

「わかったよ、もう店仕舞いするから待っておくれ」

「はい、じゃお手伝いします」

イーライは、あれをこれをと言われたものを運んだり、テントを畳み、終わると、行きつけの屋台があるからと連れて行かれる。

向かい合って汁麺を食べながら、おばさんは酒を飲み始めた。

「ところで聞きたいことってなんだい」

「それが・・・」

言いかけてうつむき口籠る。

「さっきは悪かったね。変なこと言っちゃって」

あ、わかってたんだと顔をあげる。

「なんとなく気になりました。レイラのこと、何があったのですか?仲が悪かったとか」

「あんたってその年になってもお坊ちゃんだね」

ダメだと言うように手を横に振る。

「ルミさんは何も言わなかったのかい」

「えっ、何をですか」

「ああ、あの娘も真面目だし、姉の悪口なんて言わないか」

イーライは困惑していた。

「飲まないと言えないからね、飲んだ勢いで話すけど、あんたは騙されてたんだよ!」

「誰にですか」

「誰ってレイラに決まってるじゃないか、あんたが金持ちだから、ずっと狙ってたのさ」

あっ、と、イーライも気がついた。

「レイラは、若いのに身持ちが悪いというか、男が複数いて貢がせていたんだ。あんたも騙されていたんだよ。だから、結婚なんてする気がなかったんだ」

「貢がせていた男なんかに頼むから、あんなことになったんだ」

イーライは頭が混乱していた。

だがさらに

「結婚したくないから、攫われたことにして破談にしようとしたんだが、頼んだ相手が悪かった。ならず者を雇ったものだから無惨なことになってしまったんだよ」

市場でも一部ではあるが、知る人ぞ知る話らしい。

ハン家の息子をたぶらかしたが結婚が嫌で一芝居打った挙句ならず者に殺されたと。

目の前が真っ暗になるとはこのことだ。

たとえ、ハン家の誰かが知り得たとしても、とてもじゃないが、イーライに言える話ではない。


飲みなさいと注がれて、ただただ飲むしかない、飲みたかった。

「あんたは、本当にいい男だよ。

あの娘は、気の毒だけど、自業自得だよ」


 ルオシーは、毎日、香りの風呂に入り、体を磨くしかすることがない。イル将軍に飽きられないようにと考えるだけだった。

イル将軍は、昼夜構わずやってきて、ルオシーを抱く。

ルオシーを膝に乗せ、こんな上等な女は初めてだと、足の指まで細くて白いと喜ぶ。

そのうちに、ルオシーの部屋に入り浸り、そのまま眠るため、そこが寝所となっていた。

最初こそ怖くて震えていたが、意外に大切に、優しく扱ってくれることに気がつく。

次第に、イル将軍を憎からず思うようになっていた。

その日は、久しぶりに商人が訪れ、髪飾りや指輪など選び、衣装も新調する。

イル将軍の計らいだった。

今この時が平穏ならそれでいいと思い、あとは流れに任せるしかないルオシーだが、王家の束縛から解き放たれ気楽に過ごしていた。


 数日後、ルミは、ハン家を訪ねる。

隣りの店のおばさんから、全部、イーライに話したと聞かされ、いても立ってもいられなくなったのだ。

離れの部屋にいると言われて、庭を通り抜け部屋に行く。

扉が開いていたが、トントンと叩く。

「どうぞ」と声がしたので入ると、部屋の奥に座り、座禅を組んでいるイーライがいた。

部屋の中には、季節外れの金木犀の甘い香りが漂っている。

衝撃を受け、さぞ気落ちしているだろうと気になっていたが、もう落ち着いたのかしらと思う。

しばらくして、立ち上がり

「どうぞ、座って」

と椅子をすすめるが、顔は無表情だ。

「はい」と答え座ると、イーライが向かい合って座る。

沈黙が流れる。

真っ直ぐイーライの顔を見つめる。

言葉が見つからず、うつむく。

しかし

「ごめんなさい。私からお話するべきでした。でも・・・」

「大丈夫ですよ、心配かけましたね」

顔を上げると、イーライはいつもの笑顔だった。

お茶を淹れ、2人で飲む。

言葉はいらなかった。

心の中で想いながらイーライを見つめる。

イーライは優しく微笑む。

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