第36話
○隙間の時間
「父上、マリク王子から文が届きました」
タジルとカシム2人に届く。
いろいろあったが、アルム宮殿を目指しているとのこと。
カシムには、まだ混乱しているため、着いたら話を聞いてほしい。仲間としてお願いする
とも書かれていた。
カシムは、アルム宮殿に常駐し、皆と、兵の訓練や武器の手入れを怠らず剣術の稽古も続けている。
悲劇はあったが、もしこのまま動きがなければ、西域は一先ず落ち着くだろう。
マリク王子を待つだけだった。
石晶城では、タジルとミーナも落ち着きを取り戻していた。
イリアも心配していたが、こちらは大丈夫だから、サリの町で平穏に暮らして欲しいと文を書いた。
ユーリからは何度も文がきていたが、イリアに説得され納得したようだ。このまま婚儀まで、ウルム国に滞在するよう文に書く、
婚儀にはウルム国で会おうとタジルも書き添える。
キル国は制圧されたが、西域は小康状態という時期だった。
「このまま婚儀まで、ウルム国に滞在するように」
「婚儀にはウルム国で会おう」
ユーリは、ホッとしていた。
父と母が落ち着きを取り戻し、平穏でいることで安堵する。
ウルム国滞在は、毎日驚きの連続で、ムーンも優しく気遣ってくれるため、このまま婚儀までという両親の言葉も素直に受け入れた。
「あの女の方はどなたかしら」
イリアは、ベンジャミンに聞く。
最近、離れのイーライの部屋によく出入りしているようだ。
「さあ、知らないな、今度聞いてみるよ」
リクをあやしながら言う。
イーライは髪が伸び、修行で痩せていた体が元に戻ると、中年ではあるが背も高くなかなかの男前だった。
近頃は、またハン家を手伝い、ベンジャミンとともに意欲的に動いていた。
イーライは、ルミに出会って以来、すっかり落ち着き、仕事を再開できていた。
なぜが、心が平穏になり、調べまわることをしなくても、やがて自然に明らかになる、そんな気がしていた。
南路にあるクミンの町に着く。マリクたちは旅の疲れを癒すため、宿をとる。
町を歩き、屋台で麺汁を食べる。
リンリーは、なぜか常にマリクの隣りにいる。
「酒を飲みに行こうぜ」
酒場に行っても隣りに座っている。
甲斐甲斐しく、つまみをとって渡したり、酒をついでくれる。
久しぶりにたくさん飲んだせいか、いい気持ちになり、すぐに酩酊したようだ。
はっと気がつくと、リンリーの肩にもたれ眠っていた。
リンリーは嫌がりもせず、じっとマリクに肩を貸していたのだ。
体を起こし
「すまん、寝ていたようだ」
「大丈夫です、気にしないで」
体制を立て直し
「宿に帰るぞ」
と言うが、みんなはすでに帰ったのか姿が見えない。
リンリーと2人残されていた。
立ち上がるとよろけるマリクをリンリーは顔をしかめながら肩を貸して歩く。やはり女だから力はない。
「もういいから、ほっといてくれ、先に宿に帰えれよ」
「いやだわ、マリク王子を置いてはいけないわ。あなたは王子よ、何かあったらどうするの」
「お前こそ、女ひとりは危ないんだぞ」
マリクはハッと気がつく。
リンリーを1人返す方が危ないじゃないか、もう夜中だ。
急に酔いが覚める気分だ。
「じゃあ、一緒に帰ろう」
リンリーは複雑な思いに囚われていた。なぜかわからないが、マリクについて行きたい、だがそれでいいのか、いや、やはりマリクを支えたい。リンリーの内面に閉じ込めていた悲しみが、マリクの悲しみに共鳴しているのだろうか。
同じ思いをしたマリクに惹かれ始めていた。
翌日、別れの時がきた。
ここまでマリクと行動をともにしていたが、ジャミルたちは、ヤン家商店に戻ることになる。
ジャミルにも、ヤン家の6人にも、感謝してもしきれない借りができたとマリクは別れを惜しむ。
ジャミルはできることならマリクとともに行きたいが、やはり老いた義母が心配だった。助け育ててくれた恩があるのだ。
「生きていればいいことがあるさ」
「また会おう」
と明るく別れる。
マリクたちは、見えなくなるまで、じっと7人を見送っていた。
リンリー、マリク、護衛2人の4人でまた旅を続けることになる
キル国は荒れていた。
三日月氏からの武装集団が、かき集めて連れてきたならず者たちが民に暴力をふるい、強奪、掠奪、婦女子への暴行を繰り返していたのだ。
「かなり暴れているようだな」
皇帝の武装集団の長を呼びつけていた。
「制御がきかない奴らなんだ」
平然としている。
「目に余るから手厳しくやれよ、得意だろ」
「承知した」
憮然とした態度だ。
「あれから皇帝の指示はきたのか」
「嫌、来てないが、このまま西軍に残るか、別の軍に入ることになるだろう」
「そうか、こちらも新しい情報はない、何があればまた伝える、ご苦労」
暴れるだけで、使えない奴らだと、イル将軍は切り離すつもりでいた。
宮殿から女たちが消え、ルオシーの世話をするものがおらず難儀をしていたが、しばらくして、3人が侍女としてつく。
他にも逃げていた下男下女などが戻り、宮殿の中は小さくまとまりつつあった。
キルの町は、中央政府の直轄となり、整い始める。
兵たちは、平常の訓練をしている。
民も落ち着き、元の生活に戻りつつあった。
だだ、バザールは閉鎖したままだ。
中央政府の皇帝から指示があるまで、イル将軍は、しばらく定住するが、キル国のことは、中央政府から派遣される役人たちに任せるだけだった。
とにかく早く進軍したいと思っていた。
イル将軍は、戦をするために生まれたような男なのだ。
武力だけではなく、知恵もある。
策を練り、兵を動かす、奇襲をかけ、敵を蹴散らす。
血が騒いでいた。
マリクたちは、行く先々で、キル国の噂を耳にし、中にはろくでもない噂も多く、うんざりしていた。
それにひどく疲れていたが、明日には、アルム宮殿に着くというところまで来ていた。
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