第35話

○出会い


 タスクル国タジルの元にも、キル国が制圧されたとの知らせが入る。

ナスリ王は自害し、マリク王子は逃亡中、バザールは閉鎖されたという。

イル将軍は、キル国宮殿を占拠したまま動きはないという。

まだ中央政府からの指示がないのだろう。


それにしても気になるのは、マリク王子の行方だ。どこかの時点で文をくれたら、助けにいけるのだがと考える。


カシムはキル国の制圧の知らせに落胆するが、逃亡中だというマリク王子がこのアルム宮殿を目指している、そんな気がしていた。

現実にそうなら、なんとか手を貸したいとやはり連絡を待っていた。


 数日後、マリクたちは、遠目にオアシスの集落が見える丘にいた。

途中、追っ手はこないとわかり、オアシスの町に泊まる。食料など調達して、アルム宮殿を目指していた。


近くに水辺がある。

降りてゆき、馬を休ませる。

それぞれ横になって休んだり、休息をしていた。

マリクは、離れた場所で、馬に水を飲ませ、体を拭いていた。

すると、突然、首元に剣先が当たる。

「お前たちはどこのものだ。名乗れ」

女の声だった。

ゆっくりと体を向けると、被り物をした男装の女だった。

「どこのものとか関係ないだろ、水辺はみんなのものだ」

「そんなことを言ってんじゃない名を名乗れ」

「そういうあんたから先に名乗れよ」

マリクは本気で切りつける気はないとみていた。

「西軍のものか」

女が聞く。

「その西軍にやられて逃げてる最中さ」

お手上げのしぐさをする。

女は剣を下ろす。

マリクはまた馬を拭く。

「綺麗になったな、また頼むぞ」

と撫ででる。

馬を引いて仲間のところに行く。

なぜか女がついてくる。

女の後ろには少し離れて男たちが控えていた。


「何か用か、こっちはないが」

マリクが言う。

「もしや、キル国のものか」

と聞かれ、マリクは、ジャミルを見る。

仲間もお互いを見合い、どうするかと考えていた。


「ああ、キル国のものだ」

ジャミルが答える。

「イル将軍から逃げてきたんだな」

「ま、そういうことだな」

進展のない会話だ。

マリクはイラッとしていた。

こんなところで油を売っている暇はない。

「みんな、いくぞ、失礼する」

馬に乗りこみ走る。

追っ手か、と思ったがそうではなかったようだ。

荷物や馬を狙う輩もいるから、注意が必要だ。

いろいろ考えながら馬で走る。

「おい、マリク」

ジャミルが呼ぶ。

馬を止める。

「なんだ、ジャミル」

「あの馬、ずっとついて来てるようだぜ」

「えっ、そうなの?」

じっと見ていると、どんどん近づいてくる。

マリクが

「なんだ、どうしてついて来るんだ」

叫ぶと

「一緒に連れて行って」

突然言われて、女の言葉に面食らう。

何を言ってんだか、おかしなやつだと無視して走り出す。

仲間の1人が気にして遅れたり、バラバラに走っていた。

これじゃダメだと夜営できる場所を探す。

小さな水辺と岩がある場所で、馬を止める。

「ここで夜営するぞ」

各自支度をする。

寝床を作り、火を起こす。

ジャミルは付いて来た女と話をしている。

火を囲み、干し肉を炙る。

途中の町で、調達した酒を飲んでいると、ジャミルが女を連れて一緒に座る。

「怖いもの知らずだな」

マリクが声をかけるが、女は無言だ。

「一緒に来たいなら、まず君から名乗りなさい」

またマリクが言う。

「わかったわ、話します。でも、長くなるわよ」

「あ、あ、どうぞ、どうせ暇だ、時間だけはたっぷりあるよ」

女は被り物をとる。

夕暮れ時のせいか、顔に陰りがさし意外に綺麗な顔をしてると思いながら見る。


私は、リンリーは、北路のイリ族の族長の娘です。

2年前、イリ国は、突然イル将軍に攻め込まれ戦いの末敗れ、イリ一族は、皆殺しにされ、滅ぼされました。私は、1人剣術の修行で山に入っていたため、生き残り、それからは、仇を討つため、仲間とイル将軍を追っていたのです。

しかし、夏にイル将軍に奇襲をかけ、返り討ちに遭い、仲間は亡くなり、生きていても怪我で動けず、もう3人しか残っていないのです。彼らを家族の元に帰したいと思っている時、あなた方を見かけ、この人にならついて行きたい、行くと決めて、仲間と別れました。

腕に覚えがあるので役に立つと思いますと話す。


ジャミルは、マリクの顔を見る。

何はともあれ、ジャミルが気に入っているようだ。

「君の話はわかったよ。好きにしなさい。ジャミルから僕たちのことを話してやってくれ」


マリクは酒を飲む。

何がなんだか、なるようになれ状態だった。

頼みの綱は、立ち寄った町で、タスクル国のタジル王とカシム王子に送った文だけだ。

一方通行だが、手を貸してくれるだろうか、いや大丈夫だ。

ぼんやり考えていると、リンリーが横に座る。

何も言わずに座っている。

なんだよと思いながらも、寄り添ってくれる優しさを感じていた。


 山法師イーライは、その日市場にいた。

現世でやり直しをするかのように、髪はかなり伸びてもう山法師ではない風貌だ。

あっ、と追いかける。

似ている、レイラに似ている。

追いつくと、その人は、反物を見ていた。

しばらく見つめる。

若くはない、地味な印象だが、よく見るときれいな顔をしている。そして、やはりレイラによく似ていた。


思い切って声をかける。

「こんにちは、突然すいません。知り合いの人によく似ているので声をかけてしまいました」

クスッと笑う。

よくある誘い文句だと勘違いされたのかと

「いやいや、真面目な話です、本当によく似てるんだ」

「そうでしたか、どなたに似てらっしゃるの」

「もう故人ですが、レイラという人をご存知ではないですか」

その名前を言ったとたん、顔色が変わる。

今にも倒れそうに青ざめている。

「失礼しました、大丈夫ですか」

しばらく顔を伏せていたが、気を取り直したように

「存じてますわ、レイラは私の姉ですもの」

イーライは驚く。

妹がいるとは聞いた覚えがある。

「私は、イーライです。レイラさんと結婚をするはずだったものです」

「イーライさん、名前は覚えております」

そうだったのか、と思いがけない出会いに驚く。


ここでは、話ずらいからと、すぐ近くだからとハン家に招く。

離れの部屋でお茶を飲みながら話をする。

自分は山法師を名乗り渓谷で長く修行をしていたが啓示を受け戻って来たと話す。

彼女の名は、ルミ。レイラの妹で、一度結婚したが子どもに恵まれず離縁され今は一人暮らしをしている。仕事は市場で豆や雑穀を売っていると話す。

顔はよく似ているが、レイラと違い穏やかで落ち着きのある人だとすっかり気に入っていた

ルミも、律儀で礼儀正しいイーライに好感を持ち、話も弾み、お兄さんになっていたかもしれないイーライに親しみを感じていた。


この出会いにより、イーライは真実に近づく、それはまたしばらく後のことだ。

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