第34話

○制圧


 「マリク、待たせたな」

ジャミルが入ってくる。

「おう、戻ったか」

みんな顔を揃えて待っていた。


「タン大将は、動かず、渓谷で迎え撃つと言っていた。王護衛軍だけで不安なら兵を譲ると言われだが断った」

ジャミルが報告する。

やはり頑固だ。

「そうか、それでいい」

「しかし、王護衛軍だけでは、この宮殿を守ることはできないぞ」

仲間が言う。


「みんな聞いてくれ、ジャミルが戻ってから話そうと思っていた。実は、ナスリ王と話が出来たんだ。ナスリ王からの指示がある。ここは自分に任せて、明日にでも、宮殿を出て、道を探れとのことだ」

「えっ、どういうことだ?」

「ナスリ王が王護衛軍を率いて、戦うと言ってる。だが、勝ち目はないから、逃げろということだ」

「キル国はどうなるんだ」

「ナスリ王は、側室を送られた時点で覚悟を決めていたようだ。中央政府には、逆らえない。イル将軍には、勝てない、無駄に血を流したくないのだろう。キル国を明け渡すことになるが、今は諦めて、逃げろと言っていた」

一同黙り込む。

マリクは

「ずっと考えていたが、他に道はない。ナスリ王の指示通りここを出よう、出るしかない」

「そうだな」

「わかった」

「逃げ遂せたら、また道があると信じよう」

「承知した」


マリクの護衛2人を呼び入れ、10人で、地図を広げて、宮殿を出てからの道を考える。

武器と馬の確保もしなくてはならない。


 翌日、ナスリ王の命令が下る。

応戦開始だ。宮殿を守る。

平和ボケしていた側近も家臣みな、戦の支度に追われる。

王座に座り、指示を出し、王護衛軍は守りを固める。


しかし、驚くことに、すでに西軍がすぐ近くに迫っていた。

イル将軍は、朝早く不意に敵陣を襲う朝駆けを得意としていたのだ。

高原の先陣隊とともに、イル将軍率いる西軍が雪崩れ込む様相だ。全軍ではないはずなのに、次々と現われる兵の多さに驚く。


マリクは見届けたいと思っていた。

ギリギリまで宮殿に残るつもりだった。

だが、ナスリ王に行けと言われる。

「行くんだ、生きるんだ!」

ナスリ王の叫びが耳に残る

馬を引き、宮殿の横の森を抜け、北路を通らず、タクラマカン砂漠に入り、仲間7人、護衛2人と共にひたすら西に進む。


キル国宮殿は、絶望的だろう。

西軍に攻め込まれ、父は、ナスリ王はどうしたかと想像するが、被り振りやめる。

考えたり、嘆いてもどうすることもできない。

弱肉強食とはこのことだ。

皆言葉を発することなくただただ馬で駆ける。


西軍の先陣隊はならず者集団だった。戦い方は乱暴で、西軍も加勢し、暴れ回り、殺し合い、キル国の宮殿内は、血の海になっていた。

その後、イル将軍が入り、ナスリ王を探す。

まず王の部屋を探し、奥の女官たちの部屋を探し回るが、ナスリ王の姿は見つからない。

女官や侍女たちは、縛られて集められていたが、その中に側室らしい女の姿はない。

この場合は隠し部屋があるかもしれないと長年のカンで壁を確かめる。

そうなるとやはり王の部屋だとまた踏み込んで探す。

ここでは、という声に壁を叩くと、壁に埋め込まれた扉がぐるりと回る。

さほど広くない隠し部屋には、座り込んで布をかぶっているナスリ王と女がいた。

ナスリ王は、立ち上がり、イル将軍を見据えると、自ら剣を腹に刺し、自害する。

女は何やらわめいていたが、イル将軍に引っ張り出され、倒れ込む。

手下たちが、腹を刺したままのナスリ王を担ぎ出し寝かせる。

本当にナスリ王本人なのかと調べる。

風貌など間違いないとなる。

イル将軍が、女に向かって

「これはお前がたらし込んだナスリ王か」

と笑いながら聞く。

ふらふらと立ち上がり、その顔を確かめる。

「は、ああナスリ王、ナスリ王です」

そう言うとバタッと倒れる。

あまりのことに殺到したのだ。


イル将軍は

「王子がいたはずだが、どうなっているんだ」

と問いただす。

「どうやら、早いうちに逃げたようです」

側近が言う。

「そうか、それなら放っておけ」

容赦のない鬼将軍だが、深追いをする気はない。


手下がナスリ王の首を刎ね、運んでいく。

「終わった。ここまでだ」


倒れた女を引き起こし

「この女は連れて行く。他の女たちは好きにしろ」

イル将軍は、ルオシーを担ぎ上げると、女官の部屋に入って行った。


 キル国は、イル将軍の西軍に制圧され、宮殿は血の海となる。

イル将軍は、バザールの先の渓谷にキル国軍がいることは知っていた。

西軍の半数が渓谷に着き戦っている頃だと知らせを待っていた。

西軍の半数と言っても、キル国軍より数は多いはずだ。

キル国軍のタン大将は、名高い軍人だが、どこまで応戦できるかと高みの見物状態になっていた。


中央政府の皇帝は、キル国制圧後は、バザールからは商人を追い出して、荒らさず閉めること。

追って指示があるまで、キル国宮殿に留まり、西軍とキル国軍の残党をまとめるようにとの意向だ。

しばらく、この宮殿の王さま気分で過ごせるようだ。

宮殿の殺傷の後片付けや掃除が終わると早速、王の部屋に入る。

そして、広間の王座に座り、やるべきことの手配をする。

バザールは、手筈通り、無人にして閉鎖するよう指示をだす。

武器の修理と補充をする。

キル国軍の残党を集め、再教育する。


 次の日、渓谷からの報告が入る。

キル国軍は、壊滅状態になり、散り散りに逃げたが、タン大将の姿はなかったとのこと。

そのうち、死体がでるだろうと、イル将軍は気にも留めず、渓谷の西軍が宮殿に到着するのを待つ。


 ルオシーは手込めにされ、イル将軍に従うしかないと観念する。

捕まっていた女官や侍女たちは、男たちに乱暴され、どこかに連れ去られたか行方がわからない。

ルオシーも、イル将軍に従わないと他の男たちに乱暴され殺されるかもしれない。

イル将軍のそばにいさえすれば、他の男たちは手出しできない。

そう思うと仕えるしかない。

怖かったが、言いなりに相手をしていた。


その構図は、ナスリ王も同じだ。

それ以前は、第3王子に見初められ無理矢理愛人にされたのが最初だ。それまでは、小さな商家で育ったうぶな町娘だった。

第3王子の外に囲われた妾となるが、結局、他の女に気が移って捨てられる。捨てられた先がナスリ王だったということなのだ。


ある時、皇帝に取り入るため、第3王子がキル国制圧の提案をする。

北への足掛かりにキル国を制圧し、傘下に入れ、キルのバザールを閉鎖すると北の流通が滞り、打撃を受ける。

それには、まず好色だと噂のナスリ王を女で骨抜きにしキル国を弱体化させ、その隙に西軍を進軍させ制圧するという筋書きだった。

皇帝は、北の脅威が悩みの種だった。なんとかしたいと常々考えていたため、直ぐに乗り気になり計画を進める。


その計画の中のナスリ王を誘惑する女としてルオシーが送られたのだ。

見張りの侍女を付けられて、ナスリ王を手練手管でたらし込むようにと指示され、そうしないと、親兄弟の命はないと脅されてのことだった。

しかし、この状況になると、親兄弟はどうなるのだろうと気にかかるが、自分が生きるか死ぬかの瀬戸際にいたことを思うと、そんなことはもうどうでもよくなる。

それにまた男の慰みものになっている自分の哀れに耐えることだけで精一杯だった。


 キル国が制圧された。

恐れていた知らせだった。

ナスリ王は自害し果て、王子は逃げているらしい。側室は、イル将軍の慰みものになっているとの噂まで聞いた。

ハナンの祈りは通じなかった。

あまりの衝撃に涙も出ないまま、茫然自失となる。

ムサは言葉もなく、ただハナンを優しく抱きしめるしかなかった。

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