第33話

○それぞれの因縁


 「私も役に立ちたい、いざとなれば一緒に戦いたい」

ユーリからの文が届く。

ミーナは

「ムーン王に預けてよかったわ。案の定ね」

「ウルム国の王妃となる身だということがユーリはわかっていないのか」

タジルは、突き放すように言うが、ユーリの気持ちはわかっている。

「もう一度重ねて言い聞かせます。

自分の幸せを大事にして、ウルム国で待つようにと、何度もでも言い聞かせます」

「そうだな、あの子の出る幕はないんだから、おとなしく待つように伝えてくれ」

ミーナはまたユーリに文を書いた,


タスクル国では、カシムが中心となり、兵力増強のため、広く募集をかけ、応募してきた者の訓練を親衛隊が行っていた。


西軍がキル国に向けて進軍したと聞き、ハナンは気が気ではない。

少し前に、兄マリクに文を書いたが、忙しいのか返事がない。

ムサにも聞くが、新しい情報はないと言われ気落ちする。

 

 キル国では、タン大将が率いる国軍が渓谷に着き陣営を張り、西軍を待ち伏せていた。

宮殿では、マリク将軍が司令室で会議中だ。

そこへ、緊急の連絡が入る。

西軍の先陣隊が、高原に現れ陣営を張ったと言うのだ。

みな騒然とする。


マリク総司が地図で確認する。

そこからは、宮殿まで広く見渡せる。

キル国の宮殿の周りには森はあるが、起伏のない場所に立っているため、外敵には弱い立地だ。

マリクも、タン大将と同じで、バザールを通過すると踏んでいたのだ。

タン大将にも同じ連絡がいっているはずだが、どうするのか。

兵をどう動かすかを考えないとダメだ。

マリクにはどうしたらいいのかわからない。頭を抱える。

「おい、マリク総司どうする気だ?」

「先陣隊がきただけだ。西軍本隊が全部こっちに来るとは限らない、どう動いているか見極めないと」


また新しい情報が入る。

西軍は、いくつかに分かれて、進軍しているという。

バザールにも向かっているらしい。

西軍に加勢したあの武装集団が行く先々でならず者たちを集め、兵力を増長させている。

それもイル将軍の指示だった。

とにかく兵力は増すばかりだ。


すると、ジャミルが

「急ぎ渓谷に向かい、タン大将と相談する。行ってくるよ」

一同驚くが、誰かがタン大将と話す必要があると思っていた。

「そうか、ジャミル、頼んでもいいのか」

「行くよ。イル将軍は策を練って奇襲をかけてくる可能性がある。手強いぞ」


そう言い残し、道案内を兼ねて、ともを2人連れて出発する。


ここ宮殿には、王護衛軍がいる。

それはナリス王が動かすべき兵だ。


ナスリ王も現状はわかっているはずだが、何も指示がない。

自分が引き金になったこともわかっているのかどうなのか、疑問だ。


タン大将の出軍の挨拶にも

「よろしく頼む」

と見送るだけだった。

ナスリ王は、本当にもう使えないのか。期待しても無駄なのか、まさか。


 マリクは思い切って、ナリス王が入り浸る側室の部屋を訪ねる。

「王さまは、お休み中てす」

と侍女に言われるが、待つと伝える。

扉の外で待ち続けて、半刻ほど経った頃、ナリス王が出てきて

「ついてきなさい」

という。

言われるがまま、王の部屋に入る。

そこに座れと言われて、向かい合う。

今、ルオシーは風呂に入っているから、一刻は戻らないと話し、ため息をつく。

なぜため息とマリクは思う。


西軍が侵略してくることは知っている、状況もわかっている、イル将軍は策を練り用意周到だと話す。

「それでは、王護衛軍はどうしますか、私が統率するべきでしょうか」

優先事項を聞くが、マリク王は、待てというように、手で押さえる。

まず、話を聞けという。


呆れてると思うし、王として、親として父としても、恥ずかしい限りだ、だが、それなりの理由があるという。

まず、ルオシーを送り込まれた時点で、キル国に先はなかった。

中央政府に狙われたら抵抗しても無駄だだというのだ。

ルオシーの侍女2人は訓練されたかなりの使い手だ。ルオシーと自分は常に侍女たちに見張られ監視されている。

できれば隠居して、ルオシーと上手くやっていきたいとまで考えていた、たとえ利用されているだけだとしてもだ。

だが、中央政府が制圧に動き出した以上、それは諦めた。


「王護衛軍は、私が取り仕切るから、マリクお前は、宮殿から出て、戦うことなく道を探れ」

「どういうことですか」

「西軍とは、兵の数ですでに負けている。イル将軍には勝てない。逃げろとは言わないが、この宮殿も、キル国も、今は諦めろ。みなと宮殿をでなさい」

「ここはどうなるのですか」

「私が防衛し、戦う」

マリクは混乱していた。

「誰でも、お前でも、私でも、今の西軍には、太刀打ちできない」

「しかし」

「しかしも何もない、とにかく遅くとも明日中には、仲間と宮殿をではなさい、わかったな、わかったら司令室に戻れ」


バタバタとルオシーが入ってきた。

「嫌だわ、ここにいらしたの、探しましたわ、王さま」

「わかった、わかった、行こう」

ナスリ王は、ルオシーの肩を抱き、なだめながら出て行った。


取り残され、茫然自失になる。

頭は混乱したままだ。

しばらくして、ノロノロと立ち上がり、司令室に戻っていった。


 馬をとばして、渓谷に着いたジャミルは急ぎタン大将と話し合う。

この渓谷にどれほどの兵が押し寄せるかわからないが、こちらの倍近い人数だろう。

それでも、王護衛隊だけで不安なら、マリク王子に兵を譲るという。

だが、ジャミルはそこまでは考えていなかった。

西軍がいくつかに分かれて迫っているなら、兵を少々動かしても焼石に水だ。

「タン大将は、ここで迎え撃つ気持ちに変わりはないですか」

「その通り、最後までここで戦うつもりだ」

「わかりました。そうのようにマリク王子に伝えます」

だが、ジャミルがここに来たのはそのことだけではなかった。

「タン大将、折り入って、話があります。お時間とらせませんから、座ってください」

「わかった」

タン大将は、訝しげにしながらも座る。

単刀直入に言った。

「タン大将、あなたは私の父です」

突然の言葉に、えっと驚く。

「アイシャ貴妃と親しくしていた私の義母から聞いたのです。産み月を誤魔化して、皇帝の子として産んだと言われました。あなたとアイシャ姫、2人の息子です」

タン大将は絶句する。

「運がなければ、これが最後となるかもしれない。あなたに知って欲しかった、僕はあなたの息子です」

何度もジャミルは言う。

タン大将も覚えがあった。

あの別れの前夜のことは、一生の宝として胸にしまっていたのだ。

だが、子どもがいたとは、息子がいたとは、それも、愛するアイシャ姫が産んでくれたのだ。

ジャミルを目の前にして、感無量だった。

ジャミルを見つめ、よく似ているとまた思う。

「あなたが父で良かった。孝行したかった。また会える日にはきっと孝行します」

「それだけで、その言葉だけで十分だ。生きてきて良かった、生まれてきてくれて感謝する」

「では、僕はもう行きます。お達者で、生きてください」

スッと、立ち上がると、そのままジャミルは馬に乗り戻っていった。

タン大将は、堪え切れず、男泣きする。喜びの涙だ。


西軍は意外な速さで迫っていた。

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