第32話

○西域は


 カサッと微かな音が聞こえユーリは窓を開ける。

ふわりとした感触を頬に感じる。


ユーリ!ユーリ!

風が呼んでいる

ユーリ、3種の花を探せ

風の声が聞こえる


風に吹かれながらしばし窓際に佇む。


 「ユーリ」

側近と会議中のはずのムーンが突然入ってくる。

何事かと見る。

「ミーナさまから君宛ての文だ」

ムーンが目の前のテーブルに置く。

ユーリは、もう手紙をくれたのかと喜んで開いて読む。


母ミーナからの手紙には厳しいことが書かれていた。

イル将軍が西軍を率いてキル国に進軍したため、友好国として連動し、アルム宮殿を占拠して様子を見ている。

今後のことを考え、ウルム国訪問は、10日間の予定でいたが、その後もウルム国に留まりなさい。戻れる状態になったら、連絡します。必ず連絡を待つように。

と書かれていた。

これはどういうことなのか。

ユーリは蚊帳の外だったようだ。


「心配なので、母に手紙を書きます。ムーン、あなたは会議に戻ってください」

心配そうにしていたが

「わかったよ、後で話そう」

そう言うとムーンは部屋を出ていく。


 私も役に立ちたい、いざとなったら一緒に戦いたいと、母に手紙を書く。

母ミーナに続き、姉のイリアにも手紙を書く。

イリアの近況も知りたい、まだ会えていないが甥っ子リクは元気だろうか、そしてイリアならこの事態にどうするだろうかと、助言が聞きたかったのだ。


 ムーンは、タジル王からの手紙を受け取っていた。

中央政府西軍の動き、キル国の現状などを西域全体で考えると見ぬふりはできない。

中央政府の策にはまり、側室に骨抜きにされているナスリ王に代わり、息子マリクが政を行い、軍事計画を立て、国軍を動かしているため力は未知数である。

現状、イル将軍が進軍した後、放置されたアルム宮殿には、カシムが入り占拠している。

あと、三日月氏は、兵も武器も持っているため、いざとなれば援軍となってくれるだろうとも書かれていた。


ムーンは、当面介入はできない。

他国との戦争になるからだ。

それを見越して、ユーリをここへ送ったのだろう。

西軍が、タスクル国を攻めた場合の策は考えていたが、キル国の場合は想定外だった、

不穏な空気を感じ、気にはなるが、

今はやめておく。

歴史は繰り返し、侵略を繰り返す。

ムーンは皆が安定した生活を送ることを常に考えていた。

紛争に巻き込まれることは本意ではない。まして、愛するユーリを争いの中におくことなど考えられないことだ、が、しかし。

ため息をつき、天井を見上げる。


 夕方になり、ムーンが戻る。

書いた手紙をお願いすると、家臣が、早馬で送ると持って行く。


「戦争になるのでしょうか」

「まだ始まったばかりだ。報告を待つしかない」

しかし、あのイル将軍率いる西軍が進軍しているということは、キル国を制圧するつもりなのは間違いない。


「どうしたの?やはり気になるかい」

ムーンが聞く。

「もちろん、気になるわ」

「僕も、キル国は、想定外だった。タスクル国にはまだ大きく影響はないが、タジル王は、西域全体を考えて動く方だから、キル国にも援軍を考えていると思う。

ムーンによると、中央政府は、西域の国々取り込み、西域全体を制圧するつもりだという。

たぶん、北のモンコクへの足掛かりにする狙いもあり、流通を止める為にキル国を先に狙ったようだ。

キル国ナスリ王に、側室を当てがい骨抜きにして、政が機能しなくなったすきをつく、やり方が汚いと話す。


ムーンは、包み隠さず、大人同士として話してくれる。

まだ若すぎて、わからないだろうとは言わない。

ユーリなりに、タスクル国の置かれた状態もわかるからこそ、悩ましいが、当分は、ここでミーナの連絡を待つと決めた。


 数日後、ハン家のイリアはユーリの文を受け取り青ざめる。

ちらちらと噂が耳に入り、一度きちんとベンジャミンに確かめたい知りたいと思いながら、後回しにしていたことだった。

ユーリの文を持ち、ベンジャミンの元へ行く。

商談の最中のため、合図だけして、部屋に戻る。終われば来てくれるだろう。

眠っているリクの横で、ユーリの文を読み返していた。

西軍が天山南路を離れ、北路のキル国に進軍している。

タスクル国が狙われているとばかり思っていたが、意外にもキル国への進軍となる。

順番が変わっただけなのか、まだわからない。

西域での戦争となると、イリアも穏やかではいられない。


「イリア、何か用かい」

ベンジャミンが入ってくる。

「あ、あなた、ユーリから文がきたのです」

文を手渡す。

ベンジャミンは読みながら、うーむとうなづく。

「書いてあることに間違いはないかしら」

ベンジャミンは

「噂が飛び交っていたから、正解な情報がわかったら話そうと思ってたんだが、間違いないと思う」

「そうでしたか」

「ユーリさんは、ウルム国にいるなら、やはりミーナ様の言う通り、待つしかないね」

「確かにそうですわ」

「君も、同じだよ。ユーリさんはウルム国、君はここにいるから、タジルさまもミーナさまも安心だと思うよ」

イリアはその通りだと思った。

確かに、自分が親の立場なら、娘までは巻き込みたくないと思う。


目を覚ましたリクをベンジャミンがあやしてる。

ここにいれば巻き込まれることはない。父母に余計な心配をかけずいられるのだ。

ユーリにも今はそう伝えようと文を書く。


 山法師は1人動いていた。

渓谷から戻ると

「片付けたい仕事があるので、しばらく世話になる」

ハン家の皆に告げる。

以前住んでいた離れの部屋に入り、瞑想をしていると思うと、突然飛び出して行ったり、何事が調べているようだ。

ベンジャミンが手伝うことはないかと聞いたが

「気にしないで大丈夫だ。迷惑はかけない」

と言って笑顔になるが、目は笑っていない。

イーライには、かたをつけるべきことがあったのだ。


人生は短い、今しかない

真実を知りたくはないのか

このままでいいのか。

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