第31話
○知らない世界
「真っ白で綺麗だわ」
ウルム国の宮殿に驚く。
通り沿いにいくつか中小の白い宮殿が建ち、奥に真っ白で大きな宮殿が見える。
「あれがウルム宮殿だよ」
タスクル国の石晶城は、水晶と大理石を散りばめた石の城だったが、ここウルム国の宮殿は、すべて大理石で建てられていた。
話には聞いていたが、道が整備され、同じように水路が通され水が流れている。
ユーリにとっては驚きの連続だった。
馬を降り、ムーンに手を引かれて、宮殿の中へと進むと、待っていた侍女3人がユーリにつき、先に部屋へと案内される。
鏡の前に連れられ立つと、いきなりどんどん3人係で衣装を脱がされ、薄着のまま、風呂に入れらる。薔薇の花の風呂だった。
温かい湯はやはり疲れを和らげてくれる。心地よい香りで穏やかな気分になる。
風呂から上がると、用意されていた新しい衣装を着せてくれた。
「少しお休みになりますか」
と聞かれたので
「はい、半刻ほど休みます」
と答えると
「また後でまいります」
と下がっていった。
開いた窓際に立ち外を見る。
手前は建物が立ち並び、向こう側には森や林の緑が広がり、奥には山が連なる。街並みも美しく、風光明媚とは、ウルム国のことだと思いながら眺めていた。
寝台に横になると直ぐに眠っていたようだ。
気配を感じ、起き上がろうとすると、目の前にムーンがいた。
覗き込んでいる。
上目遣いにムーンを見る。
見つめ合う。
綺麗な蒼灰色の瞳だ。
「目が覚めたかな」
「はい、でもまだ眠い」
「じゃ僕も失礼するよ」
ユーリの隣りに潜り込んでくる。
驚いたが、子どもみたいで可愛いと思う。
ユーリを抱き寄せ
「薔薇の香りだね」
「薔薇の花のお湯でしたから」
と返すと
「ユーリの香りに合わせて選んだ薔薇の湯なんだよ」
確かに、ユーリの体は、だんだん香りが強くなっていた。
「これは薔薇の香りでしょうか」
「そう、こんなに華やかだとは思わなかったから、ちょっと驚きだね。僕は、ユーリの香りが好きだよ」
優しくまた抱きしめる。
移動の疲れか、そのまま、2人でうとうと眠っていた。
目覚めると外は少し暗くなり始めていた。
「ムーンさま、そろそろ起きましょう」
声をかけると、目だけ開け、腕を伸ばし、またユーリを引き寄せ抱きしめる。
ムーンは、香りと人肌の温もりで、幸せな時間を過ごしていた。
香り付きの抱き枕状態ではあるが、ユーリにも幸せな時間だった。
しばらくして、夕食の時間だと、起き上がる。
「侍女さんたちがいらっしゃらないわ」
「あ、僕が部屋を出るまで入らないように言っておいたよ」
それで、誰も来なかったのかと思い、そして、顔が赤くなる。
回廊を歩き、夕食に向かう途中
「母は健在ですが、王が亡くなった後、ずっと故郷の国で過ごしています。来春の婚儀には戻ります」
そうだわ、家族のことは聞いていないと今更気がつく。
「妹が1人おります。側室の娘です。ずっと隣りの屋敷で母親と暮らしています」
淡々と話すムーンだった。
とすると、やはり夕食は、大きな長いテーブルの端と端に座って、2人だけでいただくことになる。
「もう少し近くにいたいのですがだめですか」
一応、希望は伝えておく。
夕食後、会議があるからと行ってしまう。
部屋に戻ると、夜着に着替えさせてもらう。
「今夜は早く休みますから、下がって大丈夫です」
「それではまた朝に参ります」
侍女たちが部屋を出ていくと、1人
長椅子に足を伸ばして座る。
今日の出来事を思い返す。
母ミーナから、一日の終わりにはその日の出来事を思い返す時間をつくるようにと、それが王妃となる自身を律する時間になるはずだと言われていたのだ。
立ち上がり窓の外を見る。
降り注ぐ星空を眺めていた。
すると、窓の隙間がパンと開き、窓から人が飛び込んできた。
ユーリは、すばやく壁に掛かる剣取り、サヤから抜くと、座り込む者の顔に当てる。
あっ、ユーリとあまり年の変わらない少女だ。
「やめて、危ないじゃない」
「それはこっちのセリフよ、あなた誰?」
膨れっ面をしながら
「義姉さまに、ご挨拶したかっただけよ」
「義姉さま?」
「私は妹のクリスよ」
そう言えば、妹がいると話していた。
「ムーンの妹さんなの?」
「そうよ、そうですとも」
「あら、それは失礼、あまりにも乱暴な挨拶だから、曲者かと」
ゆっくり剣を収める。
「義姉さまも、お転婆だときいてますよ」
「まあ、誰かそんなことを」
「お兄さまです」
あら、と苦笑する。
「まあ、とにかく立って」
と手をとり立たせる。
クリスはその手を握りしめ
「よろしくお願いします!義姉さま」
にっこり笑う。
どことなくムーンに似ている綺麗な娘だ。
「ねえ、義姉さま、夜散歩しませんか」
「えっ、今から?」
「そう、この窓から行きましょう」
ユーリは、えっと驚く、ここは3階くらいある高さだ。
「大丈夫!秘密の通り道があるのよ、案内します」
ユーリは興味深々になる。
お転婆は禁止だが、夜散歩には魅かれる。
「じゃ、行きましょう」
とマントを羽織った。
窓を降り雨受けが道になる。壁にそって横歩きにすすむ。
しばらく行くと、今度は登る。
建築時の足場を登り、横歩きを繰り返し、宮殿のトップのドーム状の部分に入る。
3人くらいゆったり座れるスペースだ。
クリスが隙間からのぞきながら
「ここから見上げる星が1番綺麗よ」
「本当だわ、綺麗」
真似をして覗く。
2人でしばらく眺めていた。
星の話や好きなお菓子や本の話など、女の子らしいたわいのない会話が楽しい。
「義姉さま、何か困ったことがあれば相談してね。お役に立てると思います」
「ありがとう、頼みますね」
途中で別れて、こっそり窓から入いろうとしたユーリだったが、ムーンに見つかってしまった。
呆れているのがわかる。
「いったいどこに」
「クリス姫と夜散歩してました」
そういうと、マントを脱ぎ、すまして寝台に座る。
「この宮殿のてっぺんに行って綺麗な星を見てました」
ふっ、とムーンが吹き出しそうに笑う。
「あら、おかしいことかしら」
「楽しかったならもういいよ。でも、もうすぐ王妃になるのだから、行動には充分気をつけて欲しい」
いけない、その通りだった。
両親からも言われ約束したことだった。
「ごめんなさい、今後は気をつけます。クリス姫とは別の遊びをしますわ」
ムーンはまた笑う。
笑った顔も好きだ。
すっと立ち上がると、ムーンに飛びつき、抱きつく。
「1人は嫌だから、また添い寝してください」
甘える。
「わかりました」
ムーンは、会議が終わると、部屋で着替えて、ユーリの様子を見にきていたのだ。
「明日は、家臣たちが集まり、歓迎の挨拶をする予定だ。顔を覚えてもらうと都合の良いこともあるだろう。よろしく頼む」
「はい、わかりました」
母が用意してくれた三日月氏の衣装を着て、ムーンと2人王座に立つ姿を想像していた。
「じゃあもう休みましょう」
また2人で抱き合って眠る。
広間には、たくさんの人が集まっていた。家臣とその家族だという。それにしても大人数だ。
ムーンに手を引かれ、王座に並び立つと、広間にどよめきが広がる。
愛らしいユーリの姿に驚き、その衣装の素晴らしさに、2度驚いて、どよめく。
ムーンに促され
「みなさま、わたくしは、ユーリ。
ムーン王と婚約しました。どうぞ、よろしく頼みます」
片膝を折り、軽く会釈をする。
そして、顔をあげる。
その途端、またどよめきが起こる。
手を叩き、足を踏むもの、座り込み、頭を下げるものもいる。
まるで崇めるように接する人々にユーリはひるみそうになるが、またキリッと姿勢を正す。
ムーン王が神聖化されつつある。
だから、王妃となるユーリに興奮するのだと、そう感じる出来事だった。
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