第30話

○変わりゆく


 ウルム国からの迎えがユーリの元に来る。

婚儀は来春だが、条件に入っていたお約束のウルム国への訪問のためだ。

滞在は、2週間となっている。


ユーリを乗せた馬車が進む。

その一行を、石晶城の窓からタジルとミーナが見送る。


馬車が見えなくなると、タジルは厳しい顔に変わる。

タスクル国軍大将を呼び、いつでも進軍できるように、急ぎ準備して待機するよう指示する。


 ミーナは、日々入ってくる情報のすべてをタジルから聞いていた。


西軍がキル国に進軍することを知っても、平静を装い、何も語らず、ユーリをウルム国へ送った。

戦争となると、ユーリは口を出すだろう、お父さまと一緒に戦うと言いかねないからだ。


ミーナは、タジルと生死をともにする覚悟だ。必要とあれば共に戦うつもりだが、娘のユーリまで巻き込むわけにはいかない。

落ち着くまでムーン王に預けることをタジルと決めていた。

このことはまだムーン王にも伝えていない。

婚礼の条件の中に入れていたウルム国訪問が都合良く重なり、そこに合わせることができたのであえて伝えなかった。

ユーリを送った後、ムーン王宛に文で天山南路の状況を知らせようと考えていた。



季節は秋、天候は良く、まだ地熱はあるが、それほど暑くも寒くもない。

この時期は、オアシスの水辺にピンクの小花が咲いている時期だ。

馬車の小窓を開け、ユーリは目を閉じ、頬に風を感じていた。


高原を超えた先のオアシスの町で、ムーンが白い馬を用意して待っていた。

ユーリはその馬に乗り換える。

そこから先は、ウルム国まで、2人揃って馬で駆ける。


ユーリ!ユーリ!

風が呼んでいる。

風がついてくる。


 キリの町、ハン家のイリアは、いつものように息子のリクを抱いて機嫌をとっていた。

揺らしながら、庭を見ていると、見慣れない人が庭を抜け離れの部屋に入った。

どなたかしらと、いぶかしく思う。

リクを寝かせて、庭に出ると、さっきの人と鉢合わせをして、あっ、と驚いて立ちすくむ。


「ミーナさんによく似てますね。

イリアさんですね」

あ、あ、と気がつく。

それは、山法師だった。

「お、お戻りでしょうか。以前、母が大変お世話になり、ありがとうございます」

イリアは驚いたせいか、上手く言葉にできない。

「山は下りました。しばらくお世話になりますよ」

イリアは

「はい」

としか言葉がでなかった。

だが、思っていた通りの清廉な方だと、すり抜けた山法師の後ろ姿を見送る。

リクをあやしながら

「あの方が山法師さま、イーライさまよ、あなたのおばあさまの命を助けてくださった方よ」

赤ちゃんのリクに言い聞かせていた。


 「何か変だ、何が起こったのか」

三日月氏アビルは、呆然と玉の発掘場に立っていた。

常に見張られ、ならず者たちがうろつき、ザワザワうるさく、いさかいの絶えないこの場所だが、今日は、妙に静かなのだ。

淡々と作業は進み、妨害する者たちはいない。

遠くから監視する者たちもいない。

いると不愉快だが、突然いなくなるとそれはそれで奇妙だ。


「アビル、どうやら西軍の進軍が始まったようだ」

近づいてきたムサが言う。


そういうことかと思う。

長く三日月氏を見張っていた皇帝の武装集団は、西軍に合流しキル国に向かったのだろう。

この辺りで作業の妨害をしていたならず者たちも狩り出されたのかもしれない。

どおりで静かなはずだ。変わり身が早い連中だと呆れるばかりだ。


「いよいよだな」

「そう、出番がないといいのだが、どうだろう」

ムサと2人、採掘作業見つめていた。


 サリの町の市場は、いつもの賑わいで活気がある。

ハン家も商売繁盛で、つつがなく過ごしていた。

だが、ベンジャミンの元には、連日、様々な情報が入り乱れ入ってきていた。


中央政府は、北のモンコク討伐を念頭に置き、足掛かりとしてキル国を制圧するらしい。

流通の中心的なキルのバザールも手中に収める気だとか。

キル国ナスリ王が側室に入れあげ政を投げ出しているなど。

噂レベルの情報が混在してどこまで本当なのかわからないでいた。


西域南道にあるサリは、小さなオアシス都市だ。

過去、中央政府の直轄になっているため、いまさら西軍が侵攻することはない。

だが、タスクル国が心配だ。

何も知らず息子と静かに過ごしているイリアにも、話すべきかどうかと悩む。

あえて言わなくても、人づてに話を聞くかもしれない。

その時、詳しく伝えようと思っていた。


 天山南路では、イル将軍率いる西軍が、アルム宮殿を出て、北路にあるキル国へと向かっていた。

先陣隊は先に偵察を兼ねて進軍し、その後に、西軍が出発していた。

三日月氏を見張っていた皇帝の武装集団が、ならず者たちを連れて、西軍に合流したため勢いが増す。

西軍全軍体制で、キル国へ進軍中だ。


 イル将軍は戻らないつもりなのか、アルム宮殿は捨てたも同然の状態だった。

タスクル国としては、拠点と考えて、カシム率いる親衛隊が占拠する。

国軍の中から、カシムが選抜し、親衛隊を編成し、50人ほどの精鋭部隊になる。

隊長はカシムで、右腕のような側近が副隊長、他のブレーンは三役となり、若い世代の親衛隊となっていた。


石晶城は、タジルが王護衛軍と守りに入り、成り行きを見守る。

 

 キル国では、朝、ジャミルが仲間を連れて現れる。

指令官となったジャミルの部屋で、作戦会議に入り、マリクはここまでの経緯をみなに説明する。

そして、バザール再建は必須だが、イル将軍の西軍に攻め込まれたら、元も子もない。

まずは、西軍を食い止めることが先だと話す。

タン将軍は、西軍の進路について、北側の道筋を通り、バザールへ入り、宮殿へと侵攻すると予想していた。

急ぎ、バザールには先陣の兵を配置するとのこと。


タン大将は、初めて会うジャミルを見つめ奇妙な気分になっていた。あまりにも自分に似ている。アイシャ姫の面影はあるが、背が高く骨格がしっかりしている青年だ。

軍に戻ると、遠い過去の出来事をしばし思い出していた。


 タン大将が進軍の合図をする。

キル国軍は、西軍への応戦のため、バザールの先の谷間を目指す。

狭い道幅になる谷間が合戦の地となる。

そこで食い止め、まずはバザールをそして宮殿を守りきる作戦だ。

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