第29話
○運命の扉
キル国マリク王子は、タスクル国タジル王から届いた文を読んでいた。
過去の中央政府によるミーナ妃襲撃、その後帰還するまでの経緯、イリア姫の参内を回避した際の危機的な状況など、これまでの顛末が書かれていた。
そんなことが起こっていたとは、マリクは初耳だった。
現状については、イル将軍はキル国へと兵を進めるために、すでに先陣隊を出したという。
続いて、西軍全軍が進軍するだろう。
急ぎ応戦の準備をするべき。
タスクル国は、西軍が進軍した後のアルム宮殿を占拠し注視すると書かれていた。
いよいよかと思う。
テイ大将も進軍を開始するだろう。
「マリクさま、ジャミル様がいらっしゃいましたが、お通ししますか」
「えっ、ジャミルだと」
突然のことに、ここに何をしにきたのかといぶかしく思う。
街での出来事や素っ気ない態度を思い出すが、とにかく会うことにする。
「ここに通してくれ」
「すっかり、板についているみたいだな」
可笑しくたまらない様子だ。
「笑ってんじゃないよ、好きでやってるわけじゃない」
台の上のキル国の地図を指し示し
「あれをみろよ、キル国危うしだ」
ジャミルは
「そのことで来たんだ」
という。
「なんだ?どういうことだ」
「実は、この度は、キル国のバザールを視察に来たんだが、西軍がキル国に向かって進軍していると、大騒ぎになっている。お前はどうするつもりだ」
「それについては、今対応中なんだが、お前こそ、ここに何しにきたんだよ」
「対応中とは」
「お前に関係ないだろ、部外者に話す気はないよ」
ジャミルは言葉に詰まる。
「とにかく、座れよ」
テーブルを挟んで座る。
「今日は、商人の格好じゃないな、お前は今何をやっているんだ、仕事は何だ」
笑いながら
「いきなり身元調査か」
ジャミルは言うが
「真面目に聞いてんだから、ちゃんと答えろよ」
マリクが重ねて聞くと
「相談役かな。王家の手当があるから、金の亡者ではない」
「あの仲間と来たのか」
「そう、仕事だよ。バザールを視察に来たんだ」
「視察というと」
「仲間たちは、物を売り買いするだけじゃなく、請負仕事もするヤン家商店の者なんだ。今回は、キル国の商人たちに依頼されてバザールの立て直しのために一緒に来たんだ」
「ヤン家商店か、名前は知ってるよ」
「みんなキル国の縁者だ」
そうだったのかとマリクは、納得して、参考になるだろうと、バザールで聞いた話を、噂話も含め、ジャミルに伝える。
「バザールの衰退ぶりは心配だが、今はそれどころではなくなった。戦争になりそうだから、後回しにするしかない」
「確かに、バザールの立て直しをしている場合じゃないな。戦争になったら水の泡だ。イル将軍の西軍はなかなかに強いらしい」
「とにかく西軍の侵攻を食い止めるために応戦する。タン大将と話し合ってる最中だ」
「タン大将か、ふむ」
「タン大将が西軍の経路を調べて、明日どうするか決断する予定になっている。その後、キル国軍が進軍する、いずれにしても、バザールには、国軍の兵を配置する予定だ。
「明日か」
「ところで、ジャミル、ここまで話を聞いたのだから、お前も、手伝うよな、重要秘密事項を話したんだ。よろしく頼む」
えっ、と言う顔のジャミルを無視して
「ついて来い」
マリクは、ジャミルを連れて、広間に行く。
ちょうど、ナリス総師王が王座に座っていた。
例の側室も隣りに寄り添っている。
家臣が何か話をしていたが
「あーら、マリクさま、こちらへどうぞ」
側室が家臣の話を止めて声をかける。
ナリス王に近寄り
「父上、こちらはジャミルです」
「ご挨拶を申し上げます、お久しぶりでございます。ジャミルでございます」
「おー、ジャミルか、よく来た、息災だったか」
ナリス王は久しぶりの再会が嬉しいようだ。
隣の側室と、顔を寄せ合い、ジャミルのことを教えているのか、何やら話しながら笑っている。
「父上、この度、ジャミルを王護衛隊の指揮官とします。ともに、父上をお助けします。ご理解ください」
「それなら問題はない。ジャミルよろしく頼む」
いきなりの話に驚くが、マリクに促され
「有難き幸せ、精進します」
と答える。
やられた。
マリクが一枚上だった。
会議の部屋に戻る。
「指揮官くん、がんばってくれたまえ」
ジャミルは頭を抱える。
「僕だって大変なんだぜ」
そう言って、この宮殿に着いてからの一連の話をする。
いきなり王代行にされたのさ、びっくり仰天だよと笑うが、すぐシリアスになる。
「とにかく、バザール再建より、先にやるべきことがある。
手伝ってくれ、できれば仲間も連れて来てくれたらありがたい」
ジャミルは観念したようだ。
さっき広間で見たナスリ王の情けない姿が目に浮かぶと、何とかしないとダメだ、これからはマリクとともにキル国を守るしかないと考えるに至る。
「わかったよ、ここはお前を助けるよ」
ジャミルは決めた。
「有り難い。頼む」
「ところで、マリク、ふお前のことはなんと呼べばいいんだ」
ニヤリと笑う。
「そうだな、王じゃないし、王子、世子もダサい。総司はどうかな、マリク総司だ、イル将軍より強そうだろ」
「ま、何でもいいよ、総司でいい」
戦未経験者のせいか、まだ現実感がないマリクに呆れながら軽いノリで総司に決める。
「部屋は用意するから、そこを指令室として使ってくれ。仲間と連絡を取るため戻るなら、明日の朝、集合だ。タン大将とも打ち合わせをしよう」
マリクは意外な手腕を発揮し、ブレーンを集め、足固を始めていた。
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