第28話

○それぞれの思惑


 渓谷で、修行を続ける山法師に変化が訪れる。

断崖の岩に仏像を掘り上げた瞬間

啓示を受ける。

急ぎ、伝書鳩を送り、山を下りるための迎えを頼む。


 ハナンは、兄マリクからの文を受け取る。

キル国に着いてからの様子を細かく書き綴っていた。

王の代理で、いきなり政をさせられているとは、驚きを通り越し、胎教に悪過ぎる話だ。

ムサに文を見せると、呆れながらも、深刻さに眉をひそめる。


三日月氏にも新しい情報が入っていた。

タスクル国を偵察し監視を続けていた中央政府の関心が、キル国に移り、イル将軍は、キル国を狙っているという。西軍を進軍させ制圧するつもりだというのだ。


マリク王子も気がつき、調査中と文には書いていたが、そんな悠長なことで大丈夫なのかと気にかかる。

実は、三日月氏は兵を持っているのだ。武器も定期的に入れ替えているため万全だ。

有事には、タスクル国に援軍を出すことも想定しているが、キル国はどうだろうか。

西域全体の雲行きが怪しい。

まずは、アビルと自衛策を取り、状況を伝えるために、タジル王に文を出す。


 「どうなっているんだ。どうしてなんだ」

マリクは驚き焦っていた。

西域1番を誇っていたバザールの変貌に驚き、へたり込む。

以前の半分にも満たない状態だ。

商人たちはどこへ行ったのかと家臣に聞くが、要領を得ない。


とにかく話を聞こうと、家臣3人を連れ、バザールを歩きまわるが、皆一様に、口が重い。

どうしたものかと、ふと考えると、今の自分はどういう立ち位置なのかと気がつく。

店を回り家臣が尋問のように問いただしているのを横でみているだけだった。


これではダメだと、本来のマリク流で、店のおばちゃんたちに声をかけて、無駄話をする。そこから広がり面白い話が聞けたりするからだ。

別の店では、贈り物にするかんざしを選んで欲しいと頼み、またあれこれ世間話をしながら情報を得る。


口々に、先週まではもっと店がでていたが、変な噂を流す輩がいて、それを信じた商人たちが別の町の市場に移ったという。

噂は日常茶飯事だが、今回は、見過ごせない話ばかりだ。


まずは、ナスリ王が側室に骨抜きにされ政をしないという話から始まり、バザールでのいざこざを放置しているため、治安が良くない。

法外な値段をつけるものや安売りするものなど、やりたい放題になり不信感で客足が遠のいている。

さらには、もうすぐ中央政府の西軍がキル国に進軍し制圧するため、このバザールは危険だという話まであった。

こういう噂は人から人へすぐに伝わるだろう。

 

確かに、西軍の動きに関する報告が入っている。

偵察のものから近々大きな動きがありそうだとも聞かされていた。

このバザールの通りは、キルの宮殿に真っ直ぐ続いている。

ここを西軍を食い止める要にしたいと下見を兼ねて巡回していた。


治安のためだと、バザールに軍隊を常駐させるつもりだったが、そうすると商人たちはさらに逃げて行くだろう。

だが、一度崩れ始めると止めることは難しい。

バザール再建は見送り、軍隊を動かす算段が先だ。


 タスクル国タジル王は、キル国ナリス王の息子マリクからの親書と三日月氏ムサからの文を同時に渡される。

時間差で届いた文を家臣が一緒にしていただけなのだが、一瞬どちらから読もうかと迷いながらも、親書を優先する。

タジルも、キル国ナリス王の近況は、噂も含め、家臣から報告され、知っていた。

さぞ難儀なことだろうとマリク王子のことは気にかかっていた。


親書には、キル国の国難としてナスリ王の件には軽く触れ、帰国したばかりだが、王の代理をしている。バザールの衰退など問題は多々あるけれど、今は、中央政府の侵略に応戦する準備をしている。

西軍のイル将軍は侮れない。

経験不足で西域の現状も情報不足のため、助言をいただけると有り難い、お願いしたい。

と書かれていた。

思ったより、しっかりしていると胸を撫でおろす。


ムサからは、やはりキル国に関してだった。

ハナンの兄マリク王子が、キル国の現状を知り、帰国するが、即、王の代理を務めている。

優秀だが、経験不足のため、動きが遅いと心配していた。

タスクル国はもちろんのこと、キル国にも、いざとなれば、三日月氏の軍を出すつもりがある。

できれば、タジル王とマリク王子、そして、三日月氏が連絡を密にし、情報を交換をしながら難局を乗り切り、西域を守りたいと書かれていた。

心強い、そうするべきだと思った。


「カシムをここへ」

カシムにも考えがあるだろうと部屋に呼び、マリク王子とムサの文を見せる。

うーんと唸るが、カシムもキル国ナスリ王の醜聞などは噂で聞いていたようだ。

西軍進軍の情報も入っていたため、

文を読み終わると、腕を組み考え込む。


タジルを助け、カシムが政全般を手伝い、国軍を仕切っている。

カシムの取り巻きには優秀な者が多いと、常々思っていたタジルは、単なる取り巻きの家臣ではなく、特別職にしてはどうかと考えていた。


「父上、西軍がキル国に進軍して制圧されることになると、いずれタスクル国にも攻め込んでくると思います。西域の民族国すべての危機です」

「何か考えはあるか」

「はい、西軍が進軍した後のアルム宮殿をまず占拠し、拠点にしましょう。

少しずつ動きながら様子を見て応戦するつもりでいます」

「そうか、まずは、お前に任せる」

「はい、ムサ叔父上とも連絡を取り合います」

タジルは、しっかりとした態度のカシムを頼もしく思う。

「ところで、お前の取り巻きだが、優秀な者が多い。特別職につけて、動きやすくしてはどうか」

「はい、そのことのご相談ですが、私の親衛隊として共に行動しようと思っています」

「親衛隊か」

「タスクル国王家親衛隊です」

「よかろう、頼んだぞ」

「お任せください」


話が終わり、カシムが部屋を出ると、タジルは、マリク王子に返事を書いた。


 マリクは、まだ若く軍隊を率いたことはもちろんないし、民族の争いが落ち着いた後に生まれたので、戦いも知らない。

そうなると、国軍のことは、国軍の大将に任せるしかない。

大将は、頭が固い、年上過ぎて話が通じないから疲れるとか思っていても言えない状況だ。

これまで通りの体制に従い、実戦は、キル国軍の大将に任せるしかなかった。


「テイ大将を呼んでくれ」

マリクは、西域の地図を広げる。


実は、剣術の指南役がテイ大将だった。少年だったマリクには、怖くて厳しい存在で、正直苦手なのだ。


「参上いたしました」

テイ大将は、マリクを見るなり

「お戻りでしたか」

と笑顔を見せる。

「お久しぶりです。お元気そうでなによりです。早速ですが、意見を聞きたいのでこちらへ」

テイ大将が近づき地図を覗き込む。


タクラマカン砂漠の外れのアルム宮殿からこのキル国に入国するためのルートはいくつあるかとテイ大将に聞いてみる。

砂漠の中を突き切ることはないと考えた上で、一つは、先日、西軍が、キル国を通りアルム宮殿に行ったと同じ道を引き返してくる経路だ。

もう一つは、少し北側の道だ。

この道だとバザールがある。

バザールから真っ直ぐの位置に、キル国の宮殿が建っている。

バザールを侵略されたら、その流れで宮殿も即落ちるだろう。

バザールまでで食い止めることが重要だと話す。

どちらを通るかと推測する。

テイ大将は、今はどちらとも言えない。調べて明日決断すると言う。

策を決めたら、先陣の隊をまず送り、形勢を見て国軍全軍で動く。いずれにしても、バザールには、警護の国軍を配置するとして、この宮殿は、王護衛隊が守りに入ると説明する。

一任すると伝えると、準備のために軍に戻って行った。


変わっていないと思った。

テイ大将は、年こそとったが、きりっとした表情はあの頃のままだ。

昔は怖いと思ったが、マリクが大人になったせいかそれほどでもなく話せた。

そして、後から知った話も思い出していた。

父の妹アイシャ姫が少女の頃、将来を誓った相手が、テイ大将だったという。

2人は泣く泣く別れて、アイシャ王女は後宮に入り、そのあとは会えぬまま、アイシャ貴妃が亡くなり永遠の別れとなったと聞いている。

昔、噂になった悲恋物語だ。

テイ大将は、妾はいるようだが、正妻はいないと家臣から聞いている。


夜になり、タスクル国タジル王からの急ぎの文が届く。

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