第27話

○キル国へ


 「ハナン、気分はどうかな」

ムサが仕事の合間に、医者を連れて戻る。ハナンの気分が優れない のを心配してのことだった。

寝台に横になり、診てもらう。

脈をとった後

「ご懐妊かと思われます」

と言われる。

ムサが嬉しそうだ。

「無理はなさらず、くれぐれも安静に」

医者を送った後、2人で喜び合う。


 ハナンは、兄マリクに文を送った後、やはりムサには話しておくべきだと、ナリス王の側近からの文を見せ、わかっていることはすべてムサに伝えた。

義父のナスリ王の噂は、ムサの耳にも入っていたが、まさかと半信半疑だった。それが本当のことだとなるとかなり深刻だ。

西軍のイル将軍が動いているという情報も入っていた。

これに乗じて、中央政府がキル国を制圧するつもりではないかと危惧する。まさにキル国の危機だ。


キル国は、絹の道の流通の要だった。北から、西から、南から、東から、皮、絹糸、絹織物、陶磁器、鉄、紙など様々な物を商う大規模なバザールを有していた。

しかし、今、バザール内でのいさかいが絶えず、治安が悪くなり、国全体が荒れ、商人たちも関わりたくないとキルのバザールから離れ始めている。


 ハナンの手紙を読んだジャミルが

「キルに戻ったとしても、お前に何ができるんだ。計画はあるのか」

マリクに聞く。

「そんなものはない。旅の途中で考えるさ」

「呆れた奴だな」

ジャミルは、商人の格好をしている、他の男たちもそうだ。

「ところで、ジャミル、お前は何でそんな身なりなんだ」

「それこそ、お前には関係ない」

ジャミルが言い放つ。

中年の男が

「とにかく、ペラペラ喋らないでくれ、わかったな、わかったならもう行け」

連れてきた男が

「門まで連れて行くから、そこからは好きにしろ」

追い出されるように屋敷から出される。

「なんだよ、勝手だな」


 さて、どうしようかと考えたが、行くしかない。

戻って旅支度を整える。

なけなしの金で、馬を買い、とにかく、出立する。

夜は川縁で眠り、また走り、馬が疲れると休み、引いて歩く。屋台で食事をして、また馬で走る。

路銀があまりないため、宿には泊まらず、手段は、馬か歩きだ。

途中見つけた書写屋で、写本をして路銀を稼ぐ。そして、また馬で行く。

オアシス中都市敦藺に着くと、さすがに、疲れて宿に泊まることにする。

夜、屋台で1人酒を飲んでいると

「ここで、何をやってるだ」

声をかけられる。

なんと、あの時、屋敷にいた若い男だった。

「ジャミルも一緒なのか」

聞くと

「いや、まだだ、後からくる」

「そうか、じゃ、またな」

男に用はないので宿へと帰る。


ジャミルの今の身分も何をしているのかもわからない。

聞いておけば良かったと少し後悔した。


 翌朝、町の中を歩き、バザールで旅に必要な買い物をする。

このバザールもなかなか賑わっているが、キルのバザールは、数倍広くもっと活気がある、はずだが、今はわからない。

あと、数日でキル国に着く。

道中、計画を練ってはみたが、何をするにも、マリクには仲間がいない。

1人で、あれこれ考えていても、出来ないことは出来ない。

小ざかしいことを考えず、正面突破しようと決めた。

宿に戻ると、ハナンと側近宛に文を書く。


 「マリク様のお帰りです」

門番と少し揉めたが、顔を知る古参の兵がいたため、やっと宮殿に入る。

広間に入ると、案の定、父ナスリに、べったり寄り添う側室もいた。


「ただいま、戻りました」

挨拶をするが

「おお、よく帰ってきてくれた。頼みたいことがあると側近たちが待っておる。頼むぞ」

いきなりそう言うと、挨拶もそこそこに、側室ルオシーと腕を組みさっさと出て行く。

とりつく島もなかった。


 ハナンは、兄マリクの文を受け取る。

科挙は2度落ちたから諦めてしばらく遊んでいたが、ナスリ王の側近から文がきて、父の体たらくを知る。

さらに、ハナンの文を読み、いよいよ待ったをかけないと駄目だ、それができるのは自分しかいないと悟ったという。

帰国の道中だから、この文が届く頃にはキル国に着いている。

城の中のことは、わかり次第また文を送ると書かれていた。


やはり兄は変わってはいなかった。

子どもの頃から、強いが優しく、特に、弱い者、女子に親切で、頼れる兄だった。

父ナスリとは、そりが合わず、何かと親子喧嘩をしていたが、キル国を思う気持ちがあるからこそ、父に刃向かっていたのだと思い返す。

しばらく兄に任せようと思った。


今のハナンは、余計なことを考えず、静かに過ごし、無事に子どもを産むことに心を砕きたい。

きっと良くなると祈りながら待つしかなかった。


 マリクは、城で側近たちといた。

対策会議とでも言うべきか、これまでの一連の出来事を整理していた。

着いたとたん、ナスリ王に代わり政をすることになったのだ。

ナスリ王が政を放置し、側室にべったりだから、仕方のない話だが、ここまで酷いとは想定外だった。

まずは、バザールの再建から始めることにしたが、自分の目で確かめないことには、手がつけられない。明日にでもバザールを巡回しようと考える。

タクラマカン砂漠のアルム宮殿に止まったままのイル将軍が、不審な動きをしていると聞く。

狙いは何か、やはりキル国制圧だろうが、屈するわけにはいかない。


今できることから始めようと、思い切って、友好国であるタスクル国のタジル王に親書を送る。

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