第25話

○知らず知らず


 砂漠でユーリの危機に遭遇し、いつになくムーンは考え込んでいた。


あれはいったい何だったのか

何が起こったのか

と、細かい経緯を思い返していた。


ムーンが、石晶城を目指して、馬で疾走していると、突然、風が変わった、と肌で感じた。

強風となり、周りの砂を集めて、一方方向へ吹き抜けていく。


それに驚き、何事かユーリの身に起きたと察したのだ。

助けなければならない。

ひたすらオアシスに向けて走る。

やがて、先を走る馬が見えたと思った瞬間、巻き上がった砂が、ドラゴンの形になり、騎乗する者を追いかけ襲っているのが目に映る。

それはまるで、砂のドラゴンだった。

その者の兜には、見覚えのある西軍将軍の紋章がある。イル将軍だ。

なんとユーリを乗せている。

だが、砂のドラゴンに襲われ、舞い上がる砂に視界が遮られ、馬が右往左往しているのがわかる。

砂嵐のため、見失うが、ムーンはユーリを救いたいと馬をすすめる。

また風が変わる。

ムーンは馬を止める。


サラサラと崩れ落ち、風に巻かれて、砂のドラゴンは消えていった。


すると、目の前に、忽然と、シリウスに乗るユーリが現れる。

風に守られ助かったのだ。


 ユーリとともに、広間から出る。

「僕の気持ちは伝わっていると思っている。だから、自分の身を大切にして、待っていてくれ」

ユーリは、躊躇なく

「はい、待っています」

と言う。

ムーンは、ユーリの手を取り、わかったというように握る。


「すぐに迎えに参る」

戸口に立つユーリに見送られ、ムーンは帰って行く。


イル将軍に攫われそうになり、女の身の危うさを実感した。

姑息な動きが読めず、無力だった。

風のドラゴン、砂のドラゴンを造り、イル将軍を攻撃してくれた風がなかったら、今頃どうなっていただろう。

考えるだけで、恐ろしい。


危険だから、しばらく石晶城から出てはいけないと父タジルから強く言われて、おとなしく従う。


剣術も、保身術も大事だが、城の中のこと、家内の仕事にも、興味を持持って欲しい、知っておくべきことがたくさんあると母ミーナが言う。


ユーリは、女性の仕事を考える。

三日月氏のように、染色から織物までする仕事は、女性の手が重要でやり甲斐がある。それ以外に、女性が関わること、女性の手で出来ることはないかと思う。

昔、三日月氏のおばあさまが作ってくれた靴もいいと思うがやはり売り物にするのは難しい。

母に意見を求めると、三日月氏の織物を外に出したいと考えたが、自分の力だけでは無理だと、アビルに頼む。やはり外の世界を知らない女の立場では、信用も得られず難しいと、自身の体験や女性の立場での思いを語る。


ミーナは、イリアの時と同じように、城内を仕切ることができるようにと様々伝授し、婚儀までの日々をユーリの花嫁修行に当てようとしていた。

少女から少しずつ大人の女性へと変わるための準備をする時間だった。


 実は、タスクル国タジル王と妃ミーナは、ムーンの求婚を受け、条件を出していた。

ウルム国は外国で、正直、実体もよくわからない。

ユーリはすぐにでも嫁ぎたいと願っていたが、知らない国で風習など違う中でやっていけるかどうか、見極めることも必要だと考えたのだ。


それでも、ムーンなら跳ね返り娘を上手に扱い大事にするだろうと求婚は受け入れ、条件をつけた。


婚礼は、来春に行う。

一年後としたかったがユーリの猛反対で折れる。

それまでに、一度ユーリをウルム国に案内する。

あとは、ユーリに任せる。


条件といえるかどうか微妙だが、未知の国に嫁がせる親として、もっとお互いを知るための時間稼ぎをしたのだ。


 その頃、キリのハン家では、イリアが第1子出産を迎えていた。

難産だったが無事長男が誕生し、跡継ぎ誕生の喜びに包まれる。


 三日月氏では、アビルとルンナが、年子で長男、長女に恵まれ、賑やかな日々を送っている。


 ムサとハナンは、新しい屋敷で仲睦まじく過ごしていた。

ハナンはお姫様で、家内のことはあまりできないため、その分、タナが相変わらず甲斐甲斐しく世話をしていた。本当に、主人思いの良い侍女だ。

ムサは、年頃になったタナに、結婚をして家庭を持たせたいと婿探しを始める。

だが、帯に短し襷に長しで、気に入る相手がなかなか見つからない。

どうしたものかと考えていたら、当の本人は、ムサの使いで三日月氏の屋敷に出入りするうちに、若い番頭と恋仲になり、さっさと自分で嫁入りを決める。


 刺繍をする手をふと止める。

あの日の風をまた思い出す。

風が強く吹き、舞い上がった砂が集まったとたん集合体となる。

それは、まるでドラゴン、風が砂て作ったドラゴンだった。

風のドラゴンが守ってくれたのだ。

ユーリは風を思う。

ムーンを想う。


 ムーンは、ハン家や三日月氏の男たちのような熱い気持ちは持っていない。女性に対しては冷めきっていた。

ユーリに、想いを寄せられ愛されていると感じた時、同時に、ユーリも所詮並みの女だったと落胆もした。

顔を赤くしたり、ドキドキする普通の女だと思った時、瞬間的に興味が失せていたのだ。


だが、会わない時間を過ごすうちに物足りない、満たされない気分になり、いつの間にか馬を走らせていた。

そして、砂漠での危険な状況の中、風に守られているユーリをしかと見ることになる。

ユーリの不思議を再認識する。

やはりただの少女じゃない、ただの女ではない。

ユーリこそ、運命の女、運命をともにする女だと確信する。


やはり面白い。


 サマル国に戻ると家臣たちを前に、結婚の宣言をする。

突然のことで、みな驚き、どよめく。

娶る相手が、タスクル国タジル王の第2王女とわかると、さらにどよめく。


近頃、様々な噂が流れ、話題の家族の、話題の娘だったからだ。

それほど悪い噂ではない。


タスクル国タジル王の妃ミーナの奇跡的な生還

皇帝を蹴ってハン家に嫁入りした第1王女の話

第2王女は皇帝の側室になるのか?

タジル王の娘2人は、とにかく姿美しく、近寄るだけで、甘く濃厚な香りに包まれ、体から匂い立つその香りはえも言われぬ幸福感をもたらす。

など、とにかく多様な噂が流れ、ここサマル国にも届いていたのだ。


その場は、わいわいと噂話で盛り上がる。

結論としては、みな大賛成の雰囲気には違いない。


婚礼の準備を進める指示をし、側近と来春とした日取りの相談をする。


そして、正式に結婚を申込む親書をタスクル国に送る。

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