第23話
○三日月氏へ
三日月氏アビルからムサの元に文が届く。
父ハヤテの希望もあり、3人で今後の相談をしたいと書かれていた。
ハヤテは、実質引退し、アビルが後を継いでいたが、織物や衣装の商いが順調だからこそ、今のうちにもっと手を広げたいという思いがある上に、玉の採掘の場でのトラブルなど、難しい問題を抱え、アビルだけでは、手一杯で、回らない状況になっていたのだ。
それなりに有能な部下もいるが、やはり、アビルはムサを頼りにしていた。
姉のミーナのことで、回り道をしたが、以前と気持ちが変わっていないなら、戻って欲しい、共に三日月氏を盛り立てていこうとも書かれていた。
ムサは、ベンジャミンの後を受けて、タジルの政全般を手伝っていた。
だが、それも、ここ1年程度で、カシムに任せ、自分はやはり三日月氏に戻りたいと考えていた。
アビルの文をミーナに見せて、相談する。
ミーナは、もちろん、アビルとムサが、三日月氏の当主と副当主として、力を発揮して欲しい願っていたから、三日月氏に戻るようにと頼む。
ムサも、もちろん三日月氏に戻るつもりだが、ハナンとは、まだまともに話もできていなかった。
どうにかハナンを説得して、一緒に三日月氏に戻りたい、だが、その気持ちを伝えることもできない。
悩ましいことだ。
その日は、カシムに付き添い、巡回をしていた。
市場を回り、いくつか買い物をして、戻ろうとした時、カシムが男たちに絡まれていた。
体が当たった当たらないなどの言いがかりだったが、相手が剣抜く。
ここで争う訳にはいかず、身分も明かせないため、カシムには逃げるよう告げ、馬で走らせる。
ムサは、男たち3人を相手にして、仕方なく剣を抜いたが、ムサの相手ではない。
男たちは一目散に逃げていった。
ムサは、もちろん怪我はないが、ゴロゴロした石に足を取られ、足首を挫いてしまった。
城に戻り、足を引きずりながら、馬小屋から出ると、カシムが心配そうに待っていた。
「石につまづいて捻ったんだ、情けない」
と笑う。
「痛むかい、申し訳ない、こっちは助かったよ」
肩を借りて歩き部屋に戻ると、カシムが医者を呼ぶ。湿布をして貰い横になる
カシムは、タスクル国の跡継ぎとして着実に成長している。
難癖をつけられたのは嫌な気分だったが、市場は活気があり、商売も順調だから、市場をもっと広げたいと意欲的だった。
また、他の市場にも行ってみようと2人で話す。
夜、ムサは早くから部屋で横になって、三日月氏に戻ることについて、あれこれ考えていたが、いつの間にか眠り、気がつくと朝になっていた。
伸びをして、起き上がると、窓際の台の上に、匂い袋が置かれているのが目に入る。
置いた覚えはない。
手に取ると、ああ、これはハナンの香りだとわかった。
眠っている間に置いていったのだろうか。
女心はよくわからない。
次の日は、まだ足が痛むため、休養日として、部屋で過ごすことにする。
カシムが様子を見にきたので、この機会にと思い、すぐではないが、三日月氏に戻ることなど改めて伝える。
石晶城での内務などカシムがやるべき仕事を確認して引き継ぎの準備をする。
ムサが三日月氏に戻るという話は、少し前から城中に伝わっていたようだ。
午後は、うとうと昼寝をしていた。
「ムサさん」
と呼ばれ、起き上がると
侍女のタナが
「お嬢さまが、お話したいのできてくださいとのことです。お待ちしています」
それだけ言うと出て行く。
相変わらずだな、と、ちょっと呆れる。
着替えをして、ハナンの部屋に向かう。
夏の終わりにハナンがこの石晶城に来てから初めてのお誘いだった。
ハナンに呼ばれて、良い話、悪い話の両方を思い浮かべながら、足を引きずり部屋に行く。
「足、どうされました」
入るなり聞かれる。
タナはおらず、ハナンだけが窓際に座っていた。
「あ、いや、軽く捻っただけだ」
そう言いながら、椅子に座る。
「それで何か用ですか」
素気なく聞く。
ハナンは、何も言わず、立ち上がり、窓の外を見ている。
静かに座っていると部屋に焚き込められた香の匂いに頭がクラクラしてくる。
根比べだと、ムサも無言になっていたが、だんだん焦れて
「話がないなら、失礼するよ」
部屋を出ようとすると
「私にどうしろと言うの」
ハナンの声が響く。
驚いて振り返る。
「もう疲れました。キル国に帰りたい、帰してください」
ムサは、言葉が見つからない。
怒って罵倒された方がまだましだ。
ハナンは震えていた。
顔は見えないが、泣いているのだろう。肩が震えている。
「やり直したいんだ、そばにいてくれ、頼む」
そう言った瞬間、体が動き、背後からハナンを抱きしめていた。
ハナンには不意打ちだったが、じっと抱かれたままでいた。
強くそして優しく抱きしめながら
「僕が悪かった。許してくれ」
「そばにいてくれ」
「もう2度と離れたくない」
何度も言葉にする。
ハナンがゆっくりと振り向き、ムサの胸に頬を寄せる。
「もう言わないで、もういいの」
抱き合い、見つめ合い、それからそっと口づけを交わす。
「一緒に三日月氏に行こう。妻になってくれ」
耳元でつふやくと
「はい」
とハナンが答えた。
叔父上もいなくなる
仕方ないことだが、石晶城は寂しくなるばかりだ。
ここしばらく、ムーンが姿を見せないのもちょっと気になるユーリだった。
春になり、ムサはハナンを連れて三日月氏に帰る。
ムサは、先に三日月氏に戻り、話し合いを済ませ、婚礼の準備の手配を手配し、ハナンを迎えにきたのだ。
ムサは、三日月氏の副当主として迎えられる。
ハヤテは、屋敷の隣に別宅として、ムサとハナンのために屋敷を用意していた。
赤い花嫁衣装を着たハナンは、華やかで美しく、キル国からも祝いの品が届き、キル国の王女の品格を保つ婚礼となる。
ムサとハナンは晴れて夫婦になった。
同じ頃、中央政府の皇帝は、不穏な気配がある北方の部族の長と同盟を結んでいた。和親の証として、公女を嫁がせ、表面的には落ち着いていた。
次は、西域の部族の国々、特に仕損じているタスクル国が気になっていた。
新しい将軍を任命し、西軍を再編成させ、天山南路へ向けて出陣を命じる。
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