第21話

○参内への道


 婚儀が終わると、一変、重苦しい空気に変わる。


イリアは、ベンジャミンさえ避けるようになる。

誰もが口が重い。


あの黒装束の男を想う。

ユーリは、なぜか気になり、胸がさわぐ。

どうやって知らせたらいいのか、と考えた時、とにかくオアシスに行こうと閃く。


シリウスに乗り、まっすぐオアシスを目指す。

水辺に降り立ち、丘を見る。

目を閉じて、風の音を聞く。

柔らかな風が吹いている。

どれくらい時がたったのだろう。

はっ、と目を開けると、目の前にあの黒装束の男が立っていた。

やはり来たんだ、来てくれた。


「石晶城へ案内してくれ」

「はい」

お互い従者を遠くに置き、シリウスで先導する。

その男の馬は、真っ黒な駿馬だ。

あまりみたことのない流線形の綺麗な姿をしている。

シリウスと並ぶと、黒と白のコントラストが美しいと眺める。


 やがて、石晶城に着く。

その男の雰囲気に、城の者は、みな恐れを成したように頭を下げる。


広間で、タジルを囲み、打ち合わせをしていたミーナも、カシム、ベンジャミン、ムサも、軽く驚き、スッと並び立つ。

そうさせる雰囲気を持つ男だったのだ。


「お父さま、この方がお助けくださいます。力を貸していただいてはどうでしょうか」


タジルは面食らっていた。

「ユーリ、その方はどなたなの」

ミーナが聞く。

ユーリは、男を見て頷く。


軽く頭を下げ

「初めてお目にかかります。

サマル国から参りました。

先日の文は、私が送ったものです」

え、そうか、そうなんだ、と皆、顔を見合わす。

「ユーリさんがお困りのようなので、話していただければ、お力になれるかと」

そして、ユーリを見る。

えっ、ユーリは、目が点になるが

「イリア姉さんの件をお話ししてはどうでしょうか」

どうしたものかと皆それぞれが考えていた。

「もう打つ手がない。それなら、違う考えで攻めるしかないでしょ」

「でも、この方を信じていいの?ユーリ、どうなの」

「大丈夫です。私が決めたお方ですから、信じてください」

ユーリは、自分で何を言っているのか分からないほど、ペラペラと喋っていた。


男は、被り物をとる。

皆、ハッと驚く。

堂々とした態度で只者ではないと感じていたが、その容姿はまた毅然として、立派だった。

「申し遅れましたが、サルム国ムーンと申します」

えっ、皆、絶句した。

ムーンといえば、若いが素晴らしい手腕で統治する王だと、誰もが一度は耳にする名前だ。

その王が何故ここにいるのか。

突然のことに、言葉もでない。


「あら、王さまだったのね。それだと、こんなところに長居はできないわ。すぐ始めましょう」

ユーリの言葉に、苦笑し

「大丈夫だよ、ユーリ。しばらく滞在させてもらうよ」


 ずっと4人で話し込んでいる。

若者同士、経過説明から現状、そして、これからの計画を練っていた。

ムーンの案は、ある意味汚い手ではあるが、目には目をで対等な計画だと考えて進めていた。


ユーリは、そばで、ムーンを見つめ、こんなに綺麗な男がこの世にいるのかと思う。

まだ少女の身ではあるが、ムーンに惹かれていると意識し始めていた。


夜の間、熱心に話し込み、朝になると

「また参る」

と、ムーンは消えた。


計画はほぼ完成していた。

タジルとミーナが加わり、計画を聞いて、そういう手もあったのかと驚く。

多少、臨機応変に変化するが、これならやってみる価値があると計画を詰めて、ムーンを待つ。


 予定の日より、早く西軍の将軍が直々に訪ねて来る。

城を移したことに嫌味を言うが、そのことより、参内の計画に気がはやっているようだ。

決まっていたことだからと、2日後に、イリアをアルム宮殿に連れて行くため、馬車で迎えにくると話す。

そして、急かされているので、その翌日の朝にはお召馬車で、皇帝が居る紫煙城を目指して出立するという。

中央政府への出立が、予定より前倒しにはなったが、その方が都合が良いと考えて承知する。


扉が開き、イリアが現れる。

貴人という立場で、微笑みながら

「よろしく頼みます」

と将軍に挨拶をする。

将軍は、初めて会うイリアのその美しさに驚き、目を見張る。

そして、甘やかな香りに、刺激を受けたようだ。


それも計画の一つだった。

イリアも承知だ。

ムーンの調べによると、イリアの噂を聞き、是が非でも自分のものにしたいと呆れたことを言っていたが、結局、皇帝にへつらう貢物とする。そのくせ、残念がっていたというのだ。

その下心を刺激しておくことが重要だった。


 ハナンはあれからずっと伏せったままだ。

甲斐甲斐しく世話をするタナが仕切っているため、ムサはよりつくことができない。

タジルでさえ、一度見舞った切りだ。


イリアの参内への目論見があり、その後、有事となる可能性があるため、ハナンのことは、ムサに任せることにした。

ムサも、イリア参内の計画に連なっているが、ハナンを常に気にかけていた。

昨日は、花籠を贈り、今日は、珍しい菓子を届ける。


 迎えの馬車がくる当日に、ムーンが石晶城に現れる。

精鋭の部下を連れていた。


馬車が着き、イリアが乗り込むと、将軍が率いる兵士たちに守られ、カシムは付き添いとして、ともにアルム宮殿へと向かう。

その後、距離を置き、ベンジャミン率いるタスクルの兵が動く。

そして、それをムーンの部下が後方から守る。

ムサは少人数で、宮殿を回り込んで、逆側で待っている。

タジルとムーンは、石晶城で武装して待機となる。

ミーナも、ユーリも、念のため、動ける服装で剣を持っていた。


我が娘のことで落ち着かないタジルが、ミーナとともに別室に入ると、ユーリは、自然にムーンの横に寄り添う。

ユーリの胸に芽生えた想い。

それは、ムーンが導いた感情であり、ムーンの思う壺だった。


時が過ぎ、夕刻になる。

計画は実行される。


将軍は、側近たちと前祝いの酒の席で上機嫌で騒いでいた。


イリアは、お供の侍女たちか明日の出立のための準備をしている間、1人休んでいたが、その部屋に、突然、酒に酔った将軍が現れる。

イリアは、驚いて身を隠そうとするが、引きずり出され襲われる。

だが、そこに、カシムと兵の中に入り込んでいたムーンの手下が駆けつけ、将軍に切り付け、瀕死の重症を負わせる。

将軍が、貴人を襲い、怪我をさせたため、争った末に成敗したと大声で周知する。

このことは、すぐに、皇帝へ知らせるため、勝手な行動は禁ずると、さらに周知する。

将軍が倒れ、兵たちは状況がわからず、右往左往する。

将軍の側近は、貴人への暴行を目撃しているため、瀕死の将軍を介抱はするが、手出し出来ず、動けずにいた。

それに乗じて、カシムは、怪我をしたとするイリアを馬車に乗せ、石晶城に連れ帰える。

馬車が出たと、合図が入ると、ベンジャミンもムサも、ムーンの部下とともに戻り、石晶城を守る配置に着く。

だが、なぜか西軍に動きは見えない。

将軍があまりにも暴君で支配していたため、将軍が倒れると機能しないようだ。

三日月氏の玉を狙う中央政府の武装集団は、西軍には連動しなかった。

それもムーンの想定内だった。


 早馬で仔細の報告を受けた皇帝は、恥知らずな将軍に激怒し、失敗に終わった西軍に、中央に戻るよう指示する。

タスクル国には、三日月氏を見張る配下の者たちがまだいる。

西軍には、新たな指揮官を置き、タスクル国に攻め込む準備をさせることにしたようだ。


イリアに対しては、怪我が元で起きることもできないと伝えられ、汚されたものとし、貴人の位を剥奪し、なかったことにしたのだった。


このやり方が良かったのか、どうなのかという検証は、必要のないことだ。

イリアとベンジャミンが、周りの目も気にせず喜び、そして安堵し寄り添う姿を見ると一目瞭然だった。


タジルは、ムーンに感謝しても仕切れない程の恩を受け、ますます信頼を寄せ、今後は商いはもちろん様々なことで交流して行きたいと話し合っていた。


この先、まだ続くであろう事の心配は後回しにして、しばし安息な日々が訪れる石晶城だった。

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