第19話
○奇縁の始まり
「これを読んでください」
ユーリはあの投文を、タジルの手に渡す。
『ご用心、タスクル包囲網あり』
「こ、これは?」
「矢の伝言です。誰からかはわかりません」
ユーリはそう答えるしかなかった。
包囲網とは、中央政府による西軍の将軍の動向だろうと容易に推測できた。
忠告されるほど、がんじがらめになっていたのかと、改めて思う。
あれから、石晶城への移行が終わり、タジルとミーナは、以前の生活に戻ったように仲睦まじく過ごしていた。
三日月氏を見張っている武装集団は、ミーナ帰還の際の不手際のためか、今は鳴りを潜めているが、常に動きを探り手ぐすねを引いて待っているようだ。
中央政府の命を受けた西軍は、タスクル国だけではなく、周辺の小国にも探りを入れ、不穏な動きを続けている。報告は毎日のように届き、迫り来る圧力を意識せずにはいられない状況にいた。
ムサは、タスクルの城に残り、ベンジャミンとともに、タジルを助け、情報収集のため動く。
いざという時のために、武器を買い集め、民から希望者を募り剣術の教育を行い兵の強化もしていた。
ユーリが持ち込んだ警告の投文により、アルム宮殿近くまで探りを入れ、西軍の将軍の動向をみて、狙いを絞り込む。
さらに、将軍が提示したイリア参内の日程を慎重に見直し、それに沿って有事のための備えをする。
だが、本当に、それでいいのか、イリアを参内させるしかないのか。
ベンジャミンは、苦しんでいた。
ムサにもそれが痛いほどわかる。
だが、策はない。
ユーリは、馬小屋で、シリウスの手入れをしていた。
最後に、白いたてがみをすいて整えた後、気晴らしにまた走ろうかと外に連れ出す。
鞍を乗せていると、突然、風が強く吹いてきた。足元の土を巻き上げるほどの風だ。
ユーリは、はっとする。
呼ばれているとわかる。
シリウスに乗り、1人でオアシスを目指す。
夏の日差しに変わり、大地は熱を持ち、オアシスも水の流れが変化している。
シリウスと水辺に立つ。
水の中に、小さな黄色の花が咲いている。
この花が呼んだのか。
いや違う。
顔を上げると、黒装束の男がいた。
殺気はない。
歩いて近寄ってくる。
「誰ですか」
「初めまして、だけど、君を見ていたから、よく知っているよ、ユーリ」
落ち着いた若い男の声だ。
お互い、布で覆っているため、顔はわからない。
「あの矢はあなたなの」
答えず、ふっと笑う。
「どうして忠告したの」
立て続けに問う。
「もし助けが必要な時は、知らせなさい」
それだけ言うと立ち去る。
先には従者たちが控えているのが見える。
ユーリはただ立ち尽くし、男の後ろ姿を見つめていた。
石晶城では、もう後がない状況に追い込まれていた。
ミーナの声かけで、タジルの元に皆が集まる。
イリア以外のカシム、ベンジャミン、ムサ、ユーリが揃う。
もうすぐキル国の王女ハナンとの婚儀が行われる。
形だけだになるが、とにかく婚儀は行う。
婚儀が終わると、あまり日数はない。
将軍の日程によると、まずイリアをタクラマカン砂漠に建つアルム宮殿に送らなければならない。
そこで、支度を整えた後、お召の馬車に乗り込み、行列を従え、中央政府の紫煙城を目指す手筈となっている。
だが、その裏では、幾重にも張り巡らされた策略があるのはわかっていた。
将軍による参内の計画には、イリアに付き添い、カシムを途中まで行列の警護に当たらせることになっていた。
何処かで折り返し、タジルを襲う計画だろうと考えると、もしかすると、将軍は、まずカシムを殺し、最悪、イリアまでも犠牲にする可能性があるとの推測に至ったのだ。
三日月氏を見張る武装集団も援護に来る可能性がある。
もしこちらが先に動くと、逆手に取られ、反乱と見なされ、西軍の制圧の理由とされるだろう。
だが、やはり策は浮かばず、従うしかないのかと、頭を抱えていた。
イリアは部屋に閉じこもり、ベンジャミンは軽い興奮状態が続いていた。
皆は心配するが、この状況では仕方がないことだと見守ることしか出来なかった。
そして、ムサもそわそわと落ち着かない様子だ。
もうすぐ、ハナンがタスクル国にくると思うだけで、心乱れていた。
まずは、そのムサのことを慎重に対処し、早く解決させることが肝心だ。
実は、夏の初めの頃の事だ。
キル国ナスリ王から親書が届いていた。
タジルがこちらの内情を伝えたことで、ナスリ王も本音を書き綴っていた。
結論としては、お任せする、ということになるが、これまでの経緯も書かれていた。
三日月氏ムサには好感持っていたが、突然消え、ハナンは傷つき、一度は、自害しようとして、侍女が必死に止めたことがある。その時、2人の関係を知って、ナスリは怒り狂ったという。
去った理由は理解したが、傷ついたハナンがどうするかは、ハナンの気持ち次第だから、成り行きを見守る。父親として、娘の幸せを望んでいるとも書かれていた。
ハナンには、タジル王の家臣として、ムサが使えている。石晶城にいるから会うこともあるだろうとだけ伝えるとのことだった。
婚儀控え、それぞれが様々思いを巡らせていた。
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