第17話
○変化の時
ミーナがあの難局を乗り越え息災にしているとわかると、三日月氏の屋敷は、喜びと安堵に包まれる。
ムサが見つけ出し、今は、2人とも、サリの町のハン家で世話になっているが、近々、帰参するという。
それなら、ミーナを待ってからという声もあったが、アビルの希望で、婚礼は予定通り行われた。
赤色の衣装が華やかな初々しい花嫁ルンナの姿に、アビルは会心の笑みを浮かべ、2人とも嬉しさを隠すことなく、延々と続く、長い祝いの宴の間も、上機嫌で客と語らっていた。
そんな幸せな2人の様子に、滅多にない心に残る婚礼だったとまわりは語り継ぐ。
伴侶を得たアビルは一回り成長したようだと、皆が噂するほどの手腕を発揮していた。
ハンナと過ごす時間が、アビルに男としての自信をもたらしたのだろう。
ハヤテから引き継いだ家業の玉の取引だけでなく、新たに三日月氏の女性たちの手織物の取引を始める。
女性の力を活用することは、ミーナの発案で、アビルが力を入れてすすめていたが、ようやく売り物となる水準に達し、ついに取引が始まったのだ。
ルンナも、アビルの手助けがしたいと織物を覚えようと、糸巻き、染色から手伝い、失敗もしたようだが、皆に、教えられ助けられ、作業を続け、毎日笑い合う声が響いていた。
そんな明るいルンナだが、嫁ぐまでは、里でいろいろ困ったことがあり、大変だったらしいと話す侍女たちの会話を、通りがかったアビルが小耳に挟む。
ルンナの嫁入りについてきた侍女に聞くが、口止めされているのか、口をつぐむ。
内緒にされると、ますます気になり、夜、2人になった時、ルンナに尋ねる。
「嫁入り前に大変なことがあったと聞いたが、何があったの」
「えっ、いえ、何のことでしょう、わかりません」
髪をすきながらルンナが言う。
「夫婦の間で隠しことは無しにしてくれ」
アビルは不機嫌になる。
ハンナは、困っているのか、無言になる。
しばらくしてから
「心配させたくないから・・・」
と、消え入るような声で言う。
「心配するのは当たり前だよ。でも何でも話してくれ」
「あまり思い出したくない話なの・・・」
そう言いいながら、仕方なく話し始める。
ルンナは、幼なじみの男に言い寄らて困っていたのだ。
顔合わせの前日、出かけることを知ったその男に、待ち伏せされて林に連れ込まれそうになり、侍女と護衛に助けられたが、足に怪我をして、動けなかったとか。
ルンナの結婚話が持ち上がってからは、ふしだらな噂を流し、だらしない女だと吹聴され、嫌な思いをしたと言う。
その後は、届く手紙も捨て、いっさい相手にしなかったというが、
屋敷の周りをうろつくので、またきてますよ、と侍女が心配して、外出を控えることが、度々あったという。かなり執念深い男のようだ。
話を聞き終えたアビルは、怒りに震えていた。
それに、顔合わせを直前に断っていたのは、気を引くためではなく、それだけの理由があったのだ。怪我をしたり、困った事があったとわかると、表面だけしか見ない浅はかで世間知らずの自分を恥じた、
女の身はなかなかに厳しい。
ルンナを抱きしめ
「これからは僕が守るから、何でも、すぐに話して欲しい」
腕の中で、こっくり頷く。
その頃、タスクル国タジル王の妃ミーナが苦難を乗り越え生きている、健在でいるという一報が、驚きとともに、駆け巡る。
近々、タスクルの城に帰還することも知られることとなる。
西軍の将軍の耳にも届く。
驚き、黙っていたことに邪推はするが、本意を言えば、過去の襲撃については、将軍である自分とは関係のない話で、役目でもない。知ったことではない。
タスクルの城に帰還するなら、また中央政府の手の者たちが再度襲撃し、向こうはこれまでの計画通りにまたことを進めるだろう。
その間に、こちらの計画を進める。
計画通りに行けば、自分の手柄になるだけでなく、上納する玉から、内密に自分の取り分を確保すれば、労せずして金が手に入り安泰だと笑っていた。
そのためにも、この度は援軍は頼まず、こちらに任せてほしいと皇帝には伝える。
中央政府の皇帝の元にも知らせが入る。
数年前の襲撃の折、断崖から飛び降り死んだと報告を受けたはずのタスクル国タジルの妃が生き延びていたという。
驚きとともにあまりの運の強さに、一抹の不安を抱く。
西軍の力だけで済むだろうかとも考える。
だが、今は、他地域、モンゴルなども不穏な状況下のため、援軍を派遣するには無理があった。
援軍は必要性ないという将軍に、タスクルを任せることを決める。
タジル包囲網はすすんでいるため、計画に変更はない。
考えごとをしたい時は、シリウスに乗り草原を駆ける。
従者を遠く引き離すが、たどり着くのはいつものオアシスだ。
ユーリはひたすら風を切り走る。
が、瞬時に、シリウスの側面に身を落とす
ビュン、と矢が通り抜ける。
どこからか、矢が飛んでくるのわかったのだ。
即座に飛び降り、シリウスを走らせ、身を伏せる。
しばらくして、従者が走り寄る。
なぜだ。
矢は、一本だけだ。
矢を拾い、放たれたであろう方角を見る。
小高い丘がある。
だが、人影はない。
駆け寄るシリウスに怪我はなかった。
ホッとするが、なぜ狙われるのか、訳がわからない。
「とにかく、お帰りください」
従者に促され、そのまま、城に戻ることになる。
思ったより悪くない。
男は、そう呟いた。
変わった行動は、家臣から耳に入っていた。
だが、それだけではない力を感じる。
丘の上から、馬に乗り帰って行くユーリの後ろ姿を遠目で見つめながら、まだ少女だが姿もいい。
興味深いと呟く。
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