第15話
○次々と
「ムサ、ちょっと話があるから来て」
呼び付けたが、なかなか来ない。
小1時間後、渋々現れる。
何も言わずに、ドサっと座る。
「ねえ、ムサ聞いて。
キル国のハナン姫が、友好目的の婚姻だと、承知の上で、タジルの元にくるのであれば、はっきり言って、もうあなたに出る幕はないわ。過去の人なのよ」
「いや、そんなことはない、絶対違う。無理矢理に決まっている」
「そうかしら」
「私も嫌なのよ。側室を迎えるなんて嫌よ。
でも、今の情勢を見ると、小国の団結が大事だってことは私にもわかる。だから、何も言えないの」
じっと聞くムサ。
「でもね、逆の立場で、私がハナン姫だったらどうするかしら。
恋人に去られ、寄る辺ない心持ちでいたら、政略結婚だと理解して、親に敷かれた道をゆくと思う。ハナンさんは素直なお姫様なのよ」
何か言いたげな顔だが、黙って聞いている。
ミーナは、ムサの辛さはわかるつもりだ。
だが、ハナン姫の気持ちまでは、推測しようにも、どんな娘かもまったく知らないのだから、ムサを慰める気の利いた言葉さえ浮かばない。
だが、実は、タジルには、手紙で伝えていた。
「実はね、タジルに手紙で、ムサの思いを伝えたのよ」
えっ、とこちらを向く。
「それで、もしハナン姫がムサをまだ想っていて、ムサを選ぶなら、ハナン姫との婚姻を許すと言っているわ」
「え、本当に」
「ハナン姫の気持ち次第ね。側室になるか、ムサの妻になるのか、ハナン姫が選ぶのよ」
喜ぶべきかどうなのか複雑な表情になるムサだった。
「でも、その前に、私たちの帰参のことを決めないとダメね」
「わかってるよ。姉さんのためにより安全な方法を考えるよ」
「一緒に考えましょう。帰参の日時やルート、方法など、タジルと擦り合わせて決定するつもりよ。ただし、秘密厳守ね」
あなたも、私も、無事タスクルに帰り着いての、命あっての物だね、だから。
ミーナの手紙を読み、タジルはいよいよだと気を引き締める。
帰りたいとの意向を受け、受け入れ準備を本格的にすすめる。
帰参のための計画はすでにある。
ミーナを乗せる馬車が撹乱のカギとなる。
失敗は許されない。何度も頭に描く。
しかし、タジルには、まだ難題があった。
イリアの参内だ。
西軍の将軍に、たびたび催促されている。
これまでは、タスクル国王である自分の婚儀を理由にして、待たせていた。
痺れを切らした将軍が乗り込んできたため、これ以上、引き伸ばすことは無理だと応じる。
将軍には、婚儀が終わった後の10月には、必ずイリアを参内させると確約する。
渋々だが、イリア参内のための日程は、将軍が決めるという条件付きで折り合う。
後日、将軍から提示される日程に従うことになった。
もう一つ、気がかりなことがある。
タジルは、キル国のナスリ王に親書を送り、返事を待っていたのだ。
親書には、ハナン姫がタスクルに着いたら、その後のことは、責任を持つので、任せて欲しい。
三日月氏ムサと私タジルのどちらに嫁ぎたいかを、ハナン姫に選んでもらうことをお許しいただきたいと書いた。
呆れた提案かもしれないが、ナスリ王は堅物ではない。人情のある王だと常々思っていたから、あえて、内情を暴露したのだ。
三日月氏ムサは、姉のミーナ、私タジルの妻を捜索する旅の途中だったため、不義理をしたが、後悔している。ハナンと話し合いたいと願っていることも書き記す。
ミーナの話に、最初は困惑したムサだったが、姉の心遣いは嬉しく、嘆いてばかりでは何も解決しないと思い至る。
ハナンに会って真摯に気持ちを伝え、許してもらえるまで説得しようと決意する。
ハナンは、僕を選ぶ。当たり前だ。
タジルは、王とはいえど、中年だ。
若い方がいいに決まってる、と、自分に気合いを入れる。
だが、もしハナンが捨てられたとまだ恨んでいだ場合、会ってくれなかったらどうしたらいいだろうと頭を抱える。
ユーリは、部屋の前を行ったり来たり落ち着かない。
イリアが心配なのだが、部屋には内から鍵がかかり、入れてくれない、入れないのだ。
イリアは、あまりの衝撃に涙さえ出ない。心が固まり、茫然自失だった。
ユーリはそんなイリアを慰めたい、気晴らしをさせたいと気を配っていた。
だが、今日は雰囲気が違って見えたので
「イリア姉さん、何があったの」
と聞いたとたん、部屋に駆け込み、鍵をかけたのだ。
顔が赤くなっていた。
あえて知りたいとは思ってないが、
ははーんと感じるものがあった。
ベンジャミンが、中庭で剣の素振りをしている。
「なんだか落ち着かないみたいね」
ユーリが笑いながら声をかけると、ギョっとした顔になる。
イリア姉さんはもちろん、ベンジャミンも大好きだ。
兄となるなら、最高だ。
ユーリは、変わることのない現実を憂う。
その現実の一コマ一コマを入れ替えて、思い通りに並べ替えることはできないのかと思う。
イリア包囲網は進んでいた。
だが、その実は、タスクル国タジル包囲網だったのだ。
西軍の将軍は、イリアを参内させた後、雪が降る前には終わらせたいと策を練っていた。
ムサは、キル国での日々を思い出していた。
ハンナとの出会いの時を。
三日月氏の屋敷を出だもののあてなどなかった。ひたすら馬で走り、絹の道筋にある小さなオアシスの町に着く。
商人たちが体を休める場所だった。
そこで、三日月氏に出入りしていた顔見知りの商人ラシドに遭遇する。
なかなかやり手の男だった。
次は、キル国に行くと聞き、ついて行くことにした。
もちろんミーナ探しの件は秘密だ。
夜に、キル国に着き、翌日は、朝から市場に行く。
運んだ荷物をラシドがやりとりする間、ムサは市場をぶらぶらしていた。
随分活気がある市場だと、興味がわき、売れ筋などチェックしていると、近くで騒動が起こる。
無頼者が、女に難癖をつけているようだ。盗んだと叫んでいる。
女は知りませんと言い続けていた。
体を掴み殴りかかろうとするところをムサが止める。
「女相手に暴力はよせ」
「泥棒を成敗するだけだ」
いかつい顔で睨む。
「違います。違うんです。この方が落とした物を拾ってお渡ししようとしただけなんです」
手には、布袋がある。
「お渡ししようとしたら、取ったな泥棒と言われて困っています」
「ふん、誤魔化すな」
居丈高な男だ。
ムサが布袋をとり、中を見ると、銭ではなく、小石が入っていた。
「これは何だ」
「そいつが、銭を盗んて小石を入れたに違いない、このやろう」
とまた叫ぶ。
金を巻き上げるためにする、よくある難癖だ。
「最初から銭なんかないだろう。いい加減にしろ」
「入っていたさ、なんだやる気か」
剣を抜こうとするが、ムサの方が早い。喉元に剣を突きつける。
「やるなら相手になるぜ」
スリスリと動かし髭をそる。
「いや、けっこうだ」
大慌てで逃げていく。
「怪我はないか」
「大丈夫です。ありがとうございました」
頭を下げ続ける。
「タナ」
誰かの呼ぶ声が聞こえる。
「あ、こちらです」
女は顔を上げ手を振る。
「どうしたの、あまりに遅いから心配したわ」
「お嬢さま」
突然現れた女に走り寄り、ひそひそと話をしている。
ムサが戻ろうと歩き出すと
「あの、そちらの方」
自分かと振り向くと
顔の覆いをとり
「うちのものを助けていただきありがとうございます」
丁寧に礼を言う。
驚くほど品の良い美人だった。それに若い。
「それはどうも、たまたまでくわしたので、出しゃばりました」
「いえ、本当にありがとうございます」
微笑んで頭を下げる。
「あ、では失礼」
歩き出し、ふと振り帰ると、まだ頭を下げていた。
それがハンナとの最初の出会いだった。
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