第13話
○忍従するか否か
なんだこの娘は、男のなりをしているし、いや、それにまだ年端のいかない少女だ。
ベンジャミンは、訳がわからないまま、城に着いた。
実は、ベンジャミンは、5日ほど前に、ハン家を出立し、天山南路まで、調査に来ていた。
従者たちには、別の調査を頼み、夜また、宿で落ち合う予定で、1人動いていたのだが、なにしろ馬が言うことをきかず、難儀していたところだった。
ユーリは、ベンジャミンがわかっていた。敵ではない、有力な味方だと、お父さまに会わせるべきだと思ったのだ。
ベンジャミンは、そのまま宮殿に入り、王タジルの前にすすむ。
「お父さま、大切なお客様をお連れしました」
タジルは、何も聞いていなかった。
もちろん、ユーリも男のことは知らないままだった。
だが、その男の言葉を聞き、みな仰天する。
「お目にかかれて光栄です。
私は、サリの町のハン家のベンジャミンと申します」
「サリ、サリのハン家ですと、ハン家のものなのか」
「はい、跡目代表です」
タジルは驚いて言葉につまる。
ユーリはキョトンとしている、
「急ぎ、カシムとイリアをここへ」
2人が広間に入ると
「先へ、話をすすめてくれ」
と頼む。
「はい、かしこまりました」
ベンジャミンの話は続いた。
叔父の山法師が、修行をしている谷で瀕死のミーナさんを見つけ介抱した。回復後、山を降り、今はハン家で働いていること。
三日月氏のムサも同じ時期に、ハン家にたどり着いて、ミーナを見つけ、再会し、今は一緒に、ハン家で働いている。
すぐにでも戻りたいが、好機を探っている。
ベンジャミンの話に、ミーナが生きていることを初めて知るカシムとイリアは嬉しさに涙し、家族で喜びあった。
「なぜ、わかったの」
ベンジャミンに聞かれたが
「お父さまに会わせるべき人だと思ったのよ、それだけ」
ユーリの返事に、さらに、ベンジャミンは呆れて驚く。
イリアは、滅多に自分から話しかけたりはしないはずなのに、ベンジャミンに声をかける。
母ミーナの様子を聞くと、サリの町の話とともに、母ミーナの暮らしぶりを面白おかしく話す。
ベンジャミンの身振り手振りに、笑いがとまらない。
意外に、気が合うようだった。
いや、それだけではない。
実は、ベンジャミンに、一目で魅かれていたのだ。
美しいが、慎ましい娘の初恋だった。
それは、ベンジャミンも同じ気持ちでいた。
本から知ったと控えめに言っていたが、知識が豊富で、物心を深く知ろうとするイリアは、初めて出会うタイプの女性だった。
ベンジャミンも、一目惚れだ。
美しさにも魅かれ、そことなく漂う香りに完全に参っていた。
しばらく滞在することになり、タジルに、周辺の近況を伝え、情勢を分析し、後から着いた従者からの情報を共有する。
カシムは若く、タジルを手伝ってはいたが、まだ心許ない。
右腕も、左腕もなく、心許して話せる者がいなかった。
そこに、現れたのがベンジャミンだ。
頼り甲斐があり、話がわかる。
1を言えば、10を知る、賢い男だった。
まるで、自分のために、ミーナが遣わしたのかと思うほど、力強く思っていた。
そのベンジャミンとイリアが、仲睦まじくする姿を見て、似合いの2人だとタジルは思う。
ミーナとの日々が蘇り、ほのぼの思い出していた。
それは突然で、思いも寄らぬことだった。
突然、タジルの元に、中央政府から親書が届く。
西軍の将軍が、その任を受けて、届けに来たため、何事かと色めき立つ。
皇帝の巡行から、数ヶ月後のことだった。
タスクル国タジル王の第一王女イリアを貴人とする。
参内させるようにとの命が下ったのだ。
側室に差し出せとの話である。
皇帝からの親書、勅は、絶対だ。
それは、西軍の将軍が、偵察の折、聞き及んだ噂が、元凶だった。
タジルの娘は、とにかく姿美しく、近寄るだけで、甘く濃厚な香りに包まれ、体から匂い立つその香りはえも言われぬ幸福感をもたらす。
妻にする男は天にも登る心地だろう羨ましいと大げさな噂が広がっていたのだ。
その話をさらに盛り上げて報告したことで、皇帝は、すぐにでも連れて参れと言ったとか。
皇帝さえ、花に吸い寄せられるミツバチに過ぎない。
しかし、それだけではなく、後ろにある企ては明白だ。
皇帝は、タクラマカン砂漠の外れ、タスクル国側に建つアルム宮殿を手に入れていた。
アルム宮殿とは、半世紀前、中央政府に反旗を翻して戦い敗退し滅びたアルム部族の宮殿だった。
そのアルム宮殿に、イリアを貴人として迎え、その後、中央政府の皇帝が首を長くして待つ紫煙城に、貴妃として迎え入れることにしていたのだ。
皇帝側の巡行や遠征の基地ともなるとして強引に手に入れた宮殿だった。
その情報は、少し前に、タジルの耳に届いていたが、そこまでの策略があり、イリアが犠牲になるとは、思いもせずにいた。
皇帝からの親書、勅には逆らえない。
参内する時期を知らせて、送り出すしかない。
「有難き幸せです。
命に従い、準備をいたします」
西軍の将軍は、意気揚々と帰って行ったが、その足で、タスクル国への包囲網を巡らせる手筈を整え始める。
皇帝の命を知り、ベンジャミンは奈落の底に突き落とされた気持ちでいた。
イリアも、絶望の淵にいた。
打ち解け、愛し合う2人には、残酷なことだ。
カシムは鈍感なのか、前向きなのか、イリアを手伝い、タスクルの名に恥じない支度を整えると張り切っていた。
ユーリは、悲しみの目でみつめていた。
お父さまは、このまま、忍従するのか。
姉を慕うユーリには耐えられないことだ。
抗えないことだとわかっていても、納得できず、ユーリなりに苦しんでいた。
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