第11話
○風の中のユーリ
ユーリ!
すぐさま馬を止める。
声が聞こえた。
どこからか呼ぶ声が
シリウスを落ち着かせながら
あたりをみまわす
ユーリ!
耳元だ
いや耳の中だ
骨伝導なのか
頭の中に響く
ユーリ!
優しげな女の声だ
ユーリ、ユーリ
と呼んでいる
左耳は聞こえないけれど、それを補う能力として、風で状況を知ることが出来た。
風の匂いで、天候を読み、嵐を避け、災難を掻い潜る力があったのだ。
砂漠で迷いそうになっても、風が行く道を示す。
その日は、愛馬シリウスに乗り、男装のユーリは、石晶城を目指していた。
石晶城に繋がる道筋の群落の中に、占いをするシンという名前の老婆がいると聞き及び、訪ねるのが目的だ。
通りで、馬をおり、歩きながら家を探していた。
その時だった荒馬がこちらに向かって突進してきたのだ。
少し気づくのが遅れたが、先に察していたシリウスがすばやく動き、ユーリを引っぱったおかげで、やり過ごすことができたのだった。
荒馬は、そのまま湿原に向かって走り去った。
突然のことに、しばらくぼう然とするユーリ。
「何をやっているんだ、私を訪ねてきたんなら、はやく入りなさい」
声の方向に振り返る。
近くの家の戸口に、白い被り物、茶色の着物姿の老婆が立っていた。
「あなたが、シンさんですか」
「いいから入りなさい」
促されて、家の中に入ると、床には、びっしりじゅうたんが敷かれ、石の台の上には、色が微妙に違っている丸い玉が多数転がっていた。
じゅうたんの上に座ると、いきなり
「ユーリ、おまえのことはわかっているし、聞きたいこともわかる」
シンが言った。
「秘密にしていたわけではないのよ。手紙がちゃんと届くか心配だったの。もし無事届いて、返事がついたら話そうと思ってた」
手紙を手に飛び込んできたムサに頭を下げる。
「いいんだ。手紙が嬉しかったんだ。無事着いて良かったよ」
ムサも素直に喜んでくれた。
実は、ムサも、三日月氏が心配になり、アビル宛に、書簡を送っていた。
ミーナを見つけたこと、元気でいることも、もちろん伝えた。
だが、すぐには戻れないことも書き記す。
ミーナの危険な状況、さらには三日月氏、タスクル国にも及ぶであろう危機を察知するために、とにかく、中央政府の動向に注視して欲しいと書き、情報交換することにしていた。
ムサたちの手紙も、彼らだけにしかわからない書体で綴っていた。やはり敵が敵だけに慎重に対処している。
アビルからの返信には、ミーナが生きていたことへの喜びと、見つけたムサへの感謝の言葉が綴られていた。中央政府の件も危惧していたという。情報交換を約束する。
最後に、自分の結婚のこともあっさり書いていた。
母方の縁者の娘ハンナと結婚する、とだけ書かれていたので、そっけないのは照れているのかと、ミーナとひとしきり笑い合ったが、ムサはどうなの、結婚を考えているのかと、ミーナに痛いところをつかれ裏目に出る。
ムサには忘れられない娘がいる。
三日月氏の屋敷を出てからずっと旅をして、この地以前にたどり着いたキル国で出会い、愛し合った娘だ。今でも忘れられずにいるのだ。
目的のために、逃げるように、何も告げず去ってしまったことを、後悔しない日はない。
ミーナを探す旅は終わった。
そして、今は三日月氏に戻るための好機を待っているだけだ。
できることなら、迎えに行って、一緒に、三日月氏の屋敷に戻りたい。今ならできる。
だが、迎えに行くには遅い、遅すぎる。
短い月日だったが、幸せに過ごした頃を思い出し、心が揺さぶられ目頭が熱くなっていた。
ミーナとタジルは、それからも
ムサとタジルとの書簡として、連絡をとりながら、ミーナは,ハン家で働き、ムサもベンジャミンを手伝い、情報収集しつつ、帰るための好機を待っていた。
水温む春、中央政府の皇帝が、配下各地を巡る旅で、天山南路のすぐ近くまで遠征していた。
皇帝一行は、地域の様子を見るために巡回していたらしいが、タスクル国へ来ることはなく、折り返して帰路についた。
タジルは、この目で確かめようと、数人の護衛とともに、見晴らしの良い高台から、隊列を組んで進む皇帝一行を特別な思いでみつめていた。
皇帝は、折り返しはしたが、護衛のため追従していた西軍の将軍が、隊列から離れ、小隊を率いて、このタスクル国まで遠征していた。
タジルは、その小隊を警戒して、見張りを付け、動きの一部始終を報告させた。
何が仕掛けるとか、争うこともなく、土地の調査や下調べをしたのだろう。数日動きがあったが、やがて、隊列を追って戻って行った。
後に、皇帝は、訪問したそれぞれの都市で、常に豪華な貢物を受け取り、帰路には、絢爛豪華な行列になっていたと噂になる。
「ユーリ、この中から一つだけ、気になる玉を選んでごらん」
大皿を目の前の石台に置く。
大皿の中には、様々な色の形も大小混ざりあったたくさんの玉がゴロゴロしている。
迷うことなく指でつまみ上げて、手のひらに乗せ、その手を差し出して、シンにみせる。
「ほお」
シンは頷く。
「足をあぐらに組み、目を閉じて、静かに心に浮かぶものに集中しなさい」
ユーリは言われるままにあぐらを組み、目を閉じて集中する。
る、る、る、る、る、る。
シンが唄うように、単音を唇で震わせる。
る、る、る、る、る、る。
ユーリは、ふわふわとした雲の中にいる。これは夢なの
「ユーリ」声の方向を見る
あ、お母さまだ
ミーナが手招きをしている
近づこうと踏み出すふっと消える
「ユーリ」声の方向に振り返る
ミーナが手招きをしている
近づこうと踏み出すふっと消える
「ユーリ」
近づこうと踏み出す
「もういいよ」
その声に、はっと目を開ける。
長くも短くも思える時間の中で
ユーリは母ミーナを見た。
ぼんやりしていたが、だんだん覚めてはっきりわかる。
確かに母がいた。
シンが、ユーリが選んだ玉を差し出す。
「これはおまえの玉だ。
ともにこの世生まれた玉と生きるのだ」
あっ、生まれた時、左耳を塞いでいた玉なのだろうか。
受け取り握りしめる
「もう帰ります」
きっぱり言って立ち上がる。
「それがいい、それでいい。
おまえはすべて持っている
自分の中に問え」
ユーリは走る。
シンの言葉が後ろからかぶさるように響いてくる。
シリウスに飛び乗り駆ける。
砂地を、草原を駆ける。
ユーリ!
風が囁く
ユーリの耳に
それも左の耳に
「ユーリ、3種の花を探せ」
「誰、誰なの?」
もう一度聞きたいと耳をすませる,
だがもう聞こえない。
「3種の花って、いったいなんだろう」
シリウスを走らせながら、不思議な声の意味を考えていた。
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