第10話

○アビルの場合


 ミーナが、いつもどうしているかと心に掛けている三日月氏の屋敷では、アビルが運命の日を迎えようとしていた。


その日は、花嫁候補との顔合わせだった。

名前は、ルンナという、その娘は、アビルに会いたいと言って日を決めておきながら、何度も突然行けなくなったと断っていた。

その日は、時間がかかっているが、昼過ぎには着きそうだとの連絡が入いるものの、さらに遅れて、アビルは不承不承ながら長らく待たされていた。

ルンナの願いでとりあえず会ってやるんだと考えていたので、これでは立場が逆転だと調子を狂わされ機嫌が悪かった。


しかし、長旅でやっと着いたルンナを一目見てからは、そのような傲慢な気持ちがだんだんと消えてことになる。


迎えに出ると、いきなり抱きつかれて驚くが、逢えたことの嬉しさを体中で表現するルンナには見覚えがあり、親しみを感じていた。


挨拶をすませ、客間に入ると、すぐに2人だけにされ、夕食までの時間をともに過ごすことになる。


アビルが長旅の疲れを心配して

「先に少し休みますか」

と聞いたが

「お気遣いなく」

と立ち上がり

「さっき見た中庭に連れて行ってください」

と言う。

「じゃ、こちらから行きましょう」

と別方向の扉から出て案内をする。

扉の向こうに偵察の者がいるに違いないと思ったからだ。


ちょうど梅が花咲く季節だった。

立ち止まり梅の花を並んでながめていると

ルンナが

「私のこと覚えてましたか」

と聞く。

アビルは、子どもの頃に出会ったことを思い出していたので

「今、思い出したよ」

と苦笑しながら答える。

「じゃあ、あの時の約束も思い出したかしら、覚えてますか」

そう言われて、アビルは首を傾げる。困ったまるで記憶にない。

「いや、なんだろう、わからないな」

ふと見ると、ルンナの目が潤んでいる。

大きな目から涙がこぼれそうだ。

えっ、何だ、何かしたかな?

いや何もしてないぞ。

慌てて

「どうかした?泣いてる?」

近寄ると

「忘れちゃ嫌なのに、忘れちゃったのね」

非難するように、泣き出した。

びっくりして、言葉がでない。

どうしようもないので、しばらく泣かせたままにする。

ひとしきり泣くと、今度は怒り始める。

「約束を忘れるなんて、酷い、人でなし、アビルのバカ」

言いたい放題だ。

すっかりルンナのペースにハマり、なだめたり、機嫌をとることになってしまう。

まさに、立場逆転になる。


「何か約束したのなら、それを教えてほしい」

とルンナに頼むが、なかなか言おうとしない。

怒っているので、何度も聞けず、話題を変えようと、屋敷内の話をする。

梅も花の後は実がなり、そのままでは食べられないけど、叔母たちが手を加えて、砂糖漬けにしていると説明する。

何気に、枝から梅の花を一輪とり、ハンナの耳の辺りの髪に差す。

すると

「この花、覚えていたのね、思い出したの?」

嬉しそうに、ハンナに言う。

あ、そうだ、同じシチュエーションがあった、あの時だと、梅の花の下での情景が浮かぶ。

確か

「大人になったらお嫁さんにして欲しい」

と言われて

「うん、いいよ、結婚しよう」

と約束した。


思い出したが、アビルにとっては、何だそのことかと、簡単に忘れる程度の出来事だった。

だが、それは言えない。

ルンナは真剣だ。


突然、ミーナ姉さんが言っていた言葉を思い出した。

「女の子には優しくしなさい。

弱い立場なんだから、優しくね」

乙女心を傷つけてはいけないとミーナ姉さんの声が聞こえた気がした。


「本当は覚えていたよ。あの時、約束したね」

と調子を合わせて、ルンナの手をとる。

その時は、形だけの愛おしい振りをして手をにぎる。

そしてルンナをじっと見つめる。

ルンナは夢が叶いふわふわ浮き足だっていたが、しっかりと見つめ返す。

2人が見つめあったその時、電流とまでいかないが、何かが通じ合い心がつながった気がした。


子どもの時のことだと言っても、やはり好きだったのだ。

それに、振りをするとたまに本気になる。

好きな気持ちが蘇り、さらに思いが発展した感じだ。


アビルは、抵抗はやめて、素直な気持ちで、ルンナを見る。

恥ずかしそうに寄り添うルンナ。

お似合いの2人だ。


遠目で様子を見つめていたハヤテとサラも仲睦まじい2人の姿に満足気だった。


 一方、ミーナには、密かに待ち焦がれていたタジルからの手紙がムサ宛に届く。

実は、ムサにも、ベンジャミンにも、手紙を送ったことをまだ話してなかった。

ムサが驚いて駆け込んでくる。 


ミーナは手紙が無事届いて、タジルがこれまでのいきさつを知った。それだけで嬉しかった。

生きています。

ここにいます。

待っていて!

何があろうとあなたの元に帰ります!

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