第9話

○それぞれの時間

 

 時の流れは、それぞれの思いや厳しい現実とは関係なく、脈々と流れて行った。

だが、ようやくタジルとミーナの時間が一体化する瞬間が訪れる。


つい先ほどのことだ。

タジルは、家臣から婚儀の日取りを決めたとの報告を受ける。

キル族の王ナスリと話し合って、夏の終わりに婚儀を行うことが決まったという。


年が明け,まだ寒さの残る梅の花の季節だった。

庭の梅の花を見つめているとミーナを思い出し、心が揺さぶられ、感傷的になっていた。


その時だった。

書簡が届いたとの知らせが入る。

なんと、三日月氏のムサからだった。

長く行方がわからず、音信不通になっていただけに、何事かと驚く。

受け取るとすぐに中を開け、手紙を取り出して読む。


だが、そこには妙な字の羅列があるだけで意味不明だった。

もしや暗号かとも思ったが、いくらなんでもそこまでする必要があるのかと手紙を見つめる。

頭を傾げながら、一度閉じる、そして、まだ開く。やはりまったく意味不明で読めない。


側家臣が、お茶を運んできたので、飲みながらゆっくりと思いを巡らす。

ふっと思い出す光景があった。

それは、昔、ミーナと暗号で遊んだ時のことだ。

あの時は、単語の後に、意味のある言葉を一字ずつ入れたことを思い出す。

手紙をよくよく見る。

同じだ、あの時と同じだった。

それはミーナからの手紙だとわかる。

読み進むと、これまでのいきさつが書かれていた。すぐにでも帰りたいけれど、危惧することがあるため、まだ時間がかかる。元気でいるとのこと。

おおよその状況は理解できた。


生きていた。

ミーナが生きている。

読み進むも、涙が止まらなくなる。

よくぞ、生きていてくれたと、喜びの涙を流す。


だが、しばらくして、喜びの興奮が落ち着くと、なぜなんだと気になってくる。

すぐにでも、会いたい連れ帰りたい。

だが、危惧することがあるため、帰るには時間がかかると記されている。

その危惧することとは。

手紙にそこまで書かれていないが、おそらく狙われているということだろう。

この秘密めいた手紙と用心深さを思うと、しばらくミーナのことは秘密にしておくのが良いと考えた。

子どもたちにもとりあえず内緒にする。


 「いい匂いだわ」

ユーリは脱いだ衣の匂いを嗅ぐ。

「お姉さまには負けるけど、汗が甘い香りでいい気持ち」

目を閉じてうっとりしている。


イリアも気がついていた。

ユーリも体臭が変化していると。

遺伝的なものだろう。

汗がいい匂いだと喜んでいるユーリにイリアの思いは複雑だった。


大人になりたくない。

このままでいたい。


ユーリもわかっていた。

イリアの受難を知っているからこそ、茶化してみたものの悩ましい。

 

 吹っ切るように剣術に励む。

幼い頃から、剣術を習っていることもあり、ユーリは、女でありながらも、長剣、短剣を操り、すばやい身のこなしと突きで、男たちを打ち負かす、かなりの腕前になっていた。

まだ少女だが、好んで男装をして、男たちを従え砂漠を駆け巡っていた。


 ミーナは、ハン家の家内を取り仕切るまでになっていた。

ムサと再会したが、しばらくはこのまま様子をみることになる。

ムサは、ベンジャミンの仕事を手伝いながら、中央政府の動向を調べている。


これまで、弱みをみせない、弱音を吐かない、付け入る隙を与えない、そう気丈に振る舞っていたミーナだが、タジルへ手紙を送った日から、気持ちに変化が起きていた。

改めて、自身の不幸を噛み締め、復讐をしたいという考えに至ったのだ。

女の身だからと、簡単にターゲットにされたことが情けなく悔しい。

恨みを晴らさないでおくものかと

生来の気の強さも表にでていた。


そのことは、ベンジャミンとの話し合いやムサの協力も欠かせない。

よくよく考える時間が必要だった。


その頃、タジルはミーナへの手紙を書いていた。

悲しみ、そして喜び、これまでの思いを綴り、会いたい、帰りを待っているとしたためる。

襲撃の一件のことは、ほぼ調べがついているが、敵が敵だけに申し訳ないが様子を見ていたと。

しばらく表向きは静かだったが動き出した気配があるため、すぐにでも帰って欲しいが、危険を伴うため、手紙を交換しながら、時を待とうと、暗号で綴る。

そして、ハン家付け三日月氏ムサ宛として書簡を送る。


「ミーナさん、明日、山法師に荷物を送る一行が出発するけど、何が伝えることはあるかな」

定期便を送る都度、ベンジャミンが訊ねてくれる。

山法師は、変わることなく、渓谷での修行の日々をおくっいる。

恩返しはまだできていないが、近況を伝える手紙は常に託していた。


だが、今回は、少し違った。

これまでのいきさつを知って欲しいと長い手紙を書いて託す。


 山法師とは、もちろん仮の名前、仮の姿だ。

元は、ハン家当主、ベンジャミンの父親の歳の離れた末弟で、元の名前は、イーライという。

若い頃、不運に見舞われ、苦しみの日々の末に、出家したと聞いた。

世俗を離れ、人里を離れた険しい山の渓谷を選んで修行を続け祈りを捧げている。

ハン家が主に援助しているが、それ以外にも助ける者がいるため、物質的に困ることはほぼ無く、ストイックに精神修行ができるのは、やはり人徳だろう。


巡り合わせの不思議、その妙につくづく感じ入る。

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