第8話
○再会
まったくの偶然だが、やはり巡り合わせなのか、同じ頃、ムサが、サリの町にたどり着いていた。
ミーナを探す旅の途中だった。
ミーナは,ある屋敷で働き始めていた。
そこはベンジャミンの実家だった。
ベンジャミンが,あの時、見つかったと言っていた仕事が、病気がちの彼の母親の世話と商店の手伝いだったのだ。
市場を一緒に回っている間、サラの表情や話し方に人柄の良さを感じ、何より色々なことを知っていることにも驚き、それならうちで働いて貰いたいと連れ帰ったのだ。
ベンジャミンの父は、絹の道で成功した商人で、大きい屋敷は半分商店,半分住居の造りになっており、人の出入りも多く活気があった。
ミーナは、店で取引をする商人相手にお茶や菓子を用意し、それ以外は、病気がちのベンジャミンの母親の面倒をみていた。
妃だったといえど、妻であり、母親だったので、家内のことは出来ることは多い。三日月の屋敷を切り盛りしていたので、仕事の流れもわかるしお手のものだ。
ただ店の中では、なるべく厨房からは出ないように、お茶や菓子を用意し、運ぶのは、若い給仕の女性たちに任せていた。
もし顔見知りの商人に出会うと困ったことになると、万が一のこと考えてのことだった。
家内では、気がついたことは手伝い、いつの間にか頼られる存在になっていた。
ムサは、そろそろサリの町を去ろうとしていた。
その前に、以前、三日月に出入りする商人に連れられて、このサリの町に来たことを思い出し、その時、紹介された商人の店に、最後に寄ってみようという考えがふと浮かんだのだ。
名前は忘れたが、成人したばかりの息子とも、酒を酌み交わし、気配りのある気さくな男だったと記憶していた。
明日は出立するという前日、ふらりと訪ねてみる。
期待はしていなかったが、巡り合わせか、ちょうど息子が屋敷にいるという。
挨拶しようと店を出て、屋敷の門をくぐった瞬間、すれ違いざまにぶつかりそうになった女がいた。
体をかわしながら、その女を見た瞬間、あまりの驚きに言葉を失う。
なんとミーナがいる。
ミーナは、店に、小走り戻ろうとしていた。
出会い頭にぶつかりそうになった相手の男を見るなり、驚いて立ちすくむ。
「姉さん、姉さんだよね」
「ムサ、ムサなの」
ミーナはムサに飛びついて抱き合う。
生きていたんだ。やっぱり生きていた。
無事を確かめ、お互いを抱きしめて涙する。
何事かと、ベンジャミンが様子を見に来て、驚いている。
その日、ミーナとムサとベンジャミンの3人は、昼間からとともに食べて飲んで、夜遅くまで語り合った。
あれからもう2年過ぎているのだが、生きていると信じて探し続けていてくれたことに驚き、そして有難いとミーナは泣いた。
ムサは、タジルも家族みんな、三日月氏も、ミーナが生きているかもしれないと一縷の望みを持ちながら待ち続けていることを話す。
懐かしい家族の話に嬉しさが込み上げる。
ムサもミーナを見つけた安堵感に心地よく酒を酌み交わし、話をするうちに、やはり三日月氏に帰りたいとしみじみ思っていた。
「姉さん、帰ろう。みんな待っているから」
「そうね、そうしたいわ。でも今はまだできない。帰ることはできないの」
「それは、どうして?どうしてなんだよ」
ムサは酔ってくだをまく。
潰れそうな思いでここまできて、安心感ですっかゆるんでいたせいだろう、おしゃべりになってあれこれ言っていた。
ミーナはまだ帰ることができないと思っていた。
なぜなら、襲撃した者たちがどこの手の者かわかっていないからだ。
このままにしておくと、また同じように狙われ、襲われるだろう。自分だけでなく、タジルも、子どもたちも、三日月氏も危険なのだ。
襲撃に至る理由を知りたい。
なかったことにはできない。
突き止めないことには、前にすすめない。
ミーナが帰ることに二の足を踏み理由だった。
翌日なり、ベンジャミンのすすめで、ムサはしばらくハン家に滞在することになる。
顔見知りの商人も通りががり、店で世間話で盛り上がったり、商いを手伝い始めたベンジャミンを助けていた。
しばらくして、仕事が片付けいた夜にまた3人集まる。
ミーナがこれまで調べてわかっていることをムサに話す。
そして、ムサがこの2年かけて調べたことと擦り合わせる。
このハン家の商店に出入りする商人たちからも密かに情報を仕入れていた。
そして、明らかになる。
敵は、中央政府だということだ。
理由として考えられるのは、玉の発掘権だ。
それ以外にも些細なことがあるのだが、三日月氏ハヤテから翡翠などの玉を奪い、自分たちのものにするために動いている。
そのため、まずミーナを狙ったのだ。連れ去り人質にし、玉の採掘権の取引に使うつもりでいたのだろうと想像する。
だがミーナが飛び降り亡くなったことで、追跡を逃れるため、一度引いてさらに策を練り直し、ほとぼりが冷める頃、また動きだすつもりではないかとムサは考えていた。
そして、商人たちの情報から、ここにきて、すでに動きだしていることがわかったのだ。
中央政府は、三日月氏のみならず、タスクル国の持つ全体の発掘権も狙っているらしいとわかる。
敵がどんな手を使うのか、そのやり方はどうなのかなどはまだ確かな情報がないが、急ぎ対処する必要がある。
ベンジャミンも事の仔細がわかり、その重大さに驚きながらも、今のままでは、タスクルだけでなく、この国もどうなるかわからない現状だと思い至る。
この商家ハン家の跡継ぎではあるけれど、剣術の鍛錬に明け暮れ、好きなことをして家業は任せっきりで、これまで顧みることをしていなかった。
だが、情報だけはかなり入っていたので、ベンジャミン自身も、中央政府の侵略に繋がる思惑を感じとっていた。
父親や商人仲間から、商人を利用している、商人同士を争わせ双方潰す、法外な貢ぎ物を要求し従わなければ、濡れ衣を着せ罪人にして財産を奪う、など聞き及んでいた。言い出すとキリがない。
ムサに会えたことで、様々な思惑に気づき、ハン家のことを真摯に考えるようになり、今は、商いを手伝っている。
ミーナも、ムサも、ベンジャミンも、この商人の絹の道にある小中の民族の国を想う。
やがて、中央政府に侵略され、すべて奪われ、一滴の血まで吸い取られ衰退し、滅亡して行くのかと憂う。
ベンジャミンは、サラの本当の名前と身の上を知り、どうにかタスクルの王の元、家族の元に帰れるように助けたいと考えていた。
「ミーナさんは、帰るべきだと思う。力になりたいから、方法を一緒に考えよう」
とベンジャミンは言う。
ムサも
「姉さん、みんなが待っているから、早く帰りましょう」
とせかす。
ミーナは、ベンジャミンの骨太な考えを改めて知り、そして、ムサの男気に信頼を深めていた。
その夜のこと、嫌でも脳裏をかすめるあの襲撃の恐ろしさに不安はまだ確かにある。
だが、2人の手助けがあれば、希望が持てる。
1人になるとふさぎがちな気持ちが解き放たれていく気がした。
ミーナは、タジルに手紙を書いた。
ベンジャミンの屋敷に、早馬で封書を届ける者がいる。その者を使うと確実に届くだろう。
それでも不安があるため、昔,タジルとふざけて書いて遊んだ暗号のような書式で書いた。
翌日、封書を預け早馬を走らせる。
念のため、いざと言うときのために、三日月氏ムサからタスクル国タジル王への封書として送る。
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