第5話
○変わりゆく
「はーい、こっちよ、こっち」
愛馬シリウスを全速力で走らせ、従者を出し抜いてからかう。
ユーリはかなりのお転婆だ。
どんどん走り、いつの間にか、石晶城の見えるあたりまできていた。
「お母さまの石晶城だわ」
季節は秋だが、まだ残暑が厳しい。
乾いた太陽の光りを浴びた石と水晶の城壁が燻銀のように光る石晶城を見上げる。
「きれいな城ね」
ユーリは、美しかった母の姿と重ね合わせ、うっとり馬の上からみつめていた。
やがて、追いついた従者が
「ユーリ様、もうお帰りにならないと困ります」
「わかったわ」
と答えながら、もう一度、石晶城を見上げた時だ。
ユーリの耳に
優しげな女の声が
ささやく声が
それも左の耳に
聞こえてきた
聞こえないはずの左耳から頭の中に響く
「ユーリ、ユーリ」
名前を呼んでいる
「誰、誰なの?」
もう一度聞きたいと耳を澄ますが、もう聴こえない。
帰りをせかす従者の後に従い、白馬を走らせながら、あれは何だったのか、不思議だ、と思うユーリだった。
その日は、ユーリの12歳の誕生日だった。
父、兄,姉、家臣たちに祝って貰う。
「ユーリさま、おめでとうございます」
「ユーリ,誕生日おめでとう」
祝福の声の中
父タジルが
「誕生日の祝いだ、この剣で、自分の身を守れ」
と素晴らしい彫刻のほどこされた白い短剣をユーリに渡す。
ユーリは、母ミーナから贈られ形見となった女の白い剣と父からの贈り物である白い短剣を手にした。
短剣を振り上げ、真下にまっすぐに刺す。
短剣での護身の腕は、なかなかのものだったが、それからというものユーリは、短剣から長剣まで、剣の練習にさらに熱中する。
跡継の息子カシムと娘イリアは、15歳になっていた。
カシムは、幼い頃から、何をしても器用にやり遂げ、剣術の腕も確かで賢くなかなかの美形だった。跡継ぎとしての自覚もあり、タジルを助け手伝っていた。
イリアは、タジル似で彫りが深い顔立ちだがミーナの面影も併せ持ち、性格は、祖母のサラ似なのか,物静かで刺繍などの手仕事を好む、美しい娘に成長していた。
その頃、三日月氏では、アビルの結婚話が持ち上がる。
これまで他部族からぜひにと娘を献上されても断り続けていたのだが、正妻を娶ることには同意していた。
ただまだ気にいる娘がいないこともあり、気乗りがしない様子だった。
この度の縁談は、母サラの実家からきた話だった。
ルンナという名の娘で、幼い頃,アビルに何度か会ったことがあるという。
アビルは覚えていなかったが、ルンナはずっとアビルが気になっていたらしい。
ルンナの願いで、一度顔合わせとして会う運びとなる。
アビルは、三日月氏の跡継ぎだから、選択の自由があるのだ。
ムサの消息は未だ解らず、ハヤテの憂いの種であったが、便りのないのはまだ生きている証拠だと自分を慰めていた。
ある日、キル国の王ナスリの親書を持った使者が、タジルの元へ参上する。
ナスリからの手紙は、友好関係を堅固なものとするための証として、娘ハナンを妻に迎えていただきたいと書かれていた。
側近の者たちは、ミーナが亡くなって2年が過ぎても側室さえ持とうとしないタジルを気遣い、良い話だと進言する。
いかなる娘であるかを調べ
「ナスリの娘ハナンは、19歳。若くなかなかの美人で、笛を吹き、歌を歌うと聞き及びました」
と報告をする。
タジルは、ミーナを失ってからも、他の女を寄せ付けぬ日々を送っていたため、側近たちの心配の種となっていることはわかっていた。
だが、2年過ぎても、ミーナを襲撃した者たちが、どこの手のものか未だ特定できずにいる。
おおよその見当がついたものの、あからさまに口にはできないのだ。
ミーナの死後、なりを潜めたが、いつ次の手を打ってくるのか、誰を狙うのか。
三日月氏は言うに及ばず、この国まで危険が及ぶやもしれない。
闇雲に対抗策を打てない相手だった。
あの場にいて、証言できるはずのムサは所在がわからない。
三日月氏から伝え聞く話では、ムサはミーナが生きていると信じて、1人探索しているという。
ミーナは生きているに違いないとダジルも、そう思いたかった。
探したい、しかし立場上それはできない。
ここ最近、近隣に限らず、持たざるものが持てるものを傍若無人に襲い、民族間の些細なことでの抗争や暴力沙汰に加えて、中央政府からの締め付けなどがあり、状況が悪化している。
キル国ナスリ王からの提案である友好関係を結ぶための婚姻も重要なことだと思う。
側近たちの強いすすめもあり、どうすべきかタジルは迷っていた。
まずは,皆に話してみようと、3人のこどもたち、カシムとイリア、そしてユーリを呼び、キル国ナスリ王の娘、ハナンを嫁に迎える話をする。
皆同じように驚き
「もしや母は生きているかもしれない」
と言う。
亡骸を見ていないのでそう信じたい気持ちでいるのだ。
それぞれ思いの丈を話した。
ユーリは
「私の母となるのでしょうか」
とタジルに詰め寄った。
「母にならなくとも、姉と思い仲良くするがよかろう」
と言われ、怒って推し黙る。
国の現状を知るカシムは、側室であるなら、友好関係を結ぶために仕方がないと割り切っていた。
イリアも、わかってはいるが、お母さまが可哀想、せめて、後1年待ってくださいと泣く。
タジルは、ミーナを忘れられずにいたが、独り身の寂しさを感じていたこともあり、側室として迎え、いずれにしても、ミーナが戻ってきた時のために、妻。妃の座はそのままにしておこうと決めていた。
ただ、イリアの言葉を受け、婚儀は急がず、来年に執り行うこととし、キル国との調整を家臣に申しつける。
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