第4話
○危惧が現実になる
何事もなく三日月の屋敷に着き、子どもたちとともに、父ハヤテを見舞い滞在し、名残惜しいがタジルが待つ石晶城に帰る日が近づく。
三日月氏では、ミーナの弟アビルが成年になり、ハヤテを手伝い、跡継ぎとして,着実に頭角を表していた。
ミーナはハヤテから実情を聞き、アビルの苦労を知るが、当のアビルは、姉にまで気苦労をかけたくないのか心配無用と笑う。
妾の娘2人は、ミーナとは歳が離れていたので、歳の近い従姉妹たちと一緒にいる姿しか憶えていないが、年頃になり、母親の元の部族にそれぞれ嫁入りして落ち着いていると聞く。
息子ムサは、アビルより一つ年下で歳が近いため、幼い頃から、アビルとともに剣術を習い、勉強をしていた。
ミーナは、2人に馬術を教え、一緒に高原を駆け回わり、剣術の練習にも付き合っていた。
ムサとは、母こそ違うが、心優しい子だと、アビルと同じように、慈しんでいたし、ムサもミーナに懐き慕っていた。
アビルもそうだが、数年見ない間に、ムサも逞しくなり頼もしい青年になっていた。
くったくのない笑顔で話していたが、先のことをどう考えているのかはわからない。
ミーナは、このまま当主と腹心の重鎮として、共に三日月を盛り上げて欲しいと考えていた。
父ハヤテにとっても、跡継ぎはアビルだが、ムサも大事な存在だった。
見舞いに続き、裏目的の三日月の今後のこともハヤテと話し合い、時には、アビルやムサも加わり、様々な決め事を確認する。
女の身であり、嫁いだ身だったが、やはり三日月氏を心配していたのだ。
アビルとムサを見つめながら、これで、三日月氏も安泰だと、胸のつかえが取れた思いに安堵していた。
石晶城に戻る準備をしていると、アビルが浮かぬ顔で部屋に入ってきた。
手下の情報として.ミーナたちが狙われているとの話だったが、それは承知のことだった。
ミーナたちが三日月の屋敷に滞在していることは、すぐに近隣に知れ渡っていた。
策を練る時間を与えてしまっているため、どんな暴挙に出るやも知れず、困った状況にいたというのが現実だったのだ。
ミーナだけでなく、子どもたちにも危険が及ぶだろう。
しかし、タジルの元に戻りたい。
戻らなければいけない。
どうしたものかと考え込んでいると、ムサが現れ、手下10人を連れて,護衛に加わると話す。
アビルは多忙なため、代わりに志願してくれたのだ。
なるべく開けた道を選び、帰路の通り道を決め、武器など装備もしっかり整え、数日後の朝、ミーナと子どもたちを載せた馬車と護衛、ムサが率いる手下たちとともに、三日月の屋敷を目立たぬように出立する。
が、しかし、恐れていたことが起こる。
ミーナたちが乗る馬車が襲撃されたのだ。
岩場に潜んでいた何者かもわからない覆面を被った男たちが襲いかかる。
ムサの主導で必死に戦い守ってくれていたが、手下は次々に倒される。多勢に無勢で、引くこともできない、どうすることもできない中、ミーナは馬車を飛び降り、子どもたちだけでも助けたいと、ムサに頼む。
切迫した状況での判断で、ムサは馬車の馬を鞭打ち走らせる。
馬車の後ろを守りながら一目散に走る。
すぐに馬車を追うのを止めて、残されたミーナに襲いかかる男たち。
ミーナは、少数の護衛とともに馬に乗り逃げる。
走りに走って、応戦しているうちに、岩場の断崖に追い詰められていた。
護衛たちは次々に倒されていき、立ち止まり、断崖を見下ろしながら、立ち尽くすミーナ。
やがて、迫り来る男たちに背を向けると、祈るように手を合わせて、断崖を飛び降りて行った。
馬車が走り続けて、白晶城に着くと、ムサは説明もそこそこに、タジルに兵を頼むと、踵を返し、ミーナを探しに行く。
皆が驚き緊張して見守る中、馬車から降りる子どもたちを抱きしめながら、ただ呆然とするタジルだった。
ムサは必死でミーナの行方を追う。そして岩場の断崖にたどり着く。
そこで倒れ息も絶え絶えの護衛から、ミーナが断崖を飛び降りたことを知る。
見下ろすと、木が茂り、伸びた枝の合間に、落差激しい谷底を流れる川が見える、激流だ。
無念の思いに力が抜け座り込む。
矢も盾もたまらずタジルも、馬を走らせ、ミーナを探し、惨状に危惧しながら、断崖に行き着く。
泣いているムサから、ミーナが追い詰められ飛び降りたことを聞くが、俄には信じられなかった。
こんなことが起こることは。
断崖絶壁から谷底の激流を見下ろし、途方に暮れる。
タジルは、ムサとともに,護衛を連れ、山場を辿り、回り回って、川のそばまで降りて、ミーナを捜索するが、やはり見つけることはできなかった。
ミーナを失ったという喪失感が押し寄せ、激しい川の流れを見つめながら、それまでの緊張の糸が切れ号泣する。嘆き悲しむことしかできなかった。
諦めきれないタジルは、何度も断崖へ行き、谷底に降りて,激流を見つめ、その後は、抜け殻のようになり、石晶城の天部屋に1人閉じこもる日々が続いた。
しかし、王である以上、やはりそれは許されないことだ。
王として職務を果たすため、ミーナとの思い出の石晶城を出て、子どもたちとともに、元のタスクルの城に戻って行った。
石晶城は封鎖され立ち入り禁止となる。
ミーナは何者かに襲撃され、子どもを守り、追われて逃げた末
断崖に追い詰められ、飛び降り深い谷底に沈んだ。
岩場と激しい流れの川があり、捜索するが、亡骸は見つからないまま、亡くなったとみなされた。
タジルも、子どもたちも、三日月氏一族みな嘆き悲しんだのはもちろんだが、その中でも、やはりムサの落胆は大きく、自分を責め、酒に溺れるようになる。
だが、ある日、突然、ミーナが生きているという思いに囚われるようになり、探し出す、助けに行くと言い出す。
強い願いに突き動かされたのだろう、しばらく旅にでると言い残して、まわりの助言など振り切って、愛馬に乗り何処かへか消えて行った。
ミーナ一行を襲撃した覆面の男たちはどこの手のものなのか。
ムサは気づいていたのだ。
意外に情報通だったので、噂なども考慮に入れて考えると、この辺りの部族のものでも、恨みを抱くイルハンでもなく、中央政府の息のかかる者たちだと推測された。
皆、腕が達者で統制がとれていたのがそう思う理由の一つだった。
だが、なぜミーナを狙ったのだろうか、その訳を知りたい、そして、仇を打ちたい。
ミーナの仇を打つ、それには、まず状況を知る必要がある。
ミーナを探しながら、中央政府に近づくための作戦を、ムサは日夜考え続け、決断すると、
まわりには秘密にして、ひとり放浪の旅に出立する。
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