第3話

○幸福の影にあるもの


 王タジルは、三日月氏の美しく聡明な娘ミーナを,無事、妃として迎えることができた。

三日月氏の後ろ盾を得ることで、さらに力を増したが、野望はなく、戦いを避け、今はただ安住を望み、現状に甘んじていた。


 王タジルが妃を迎える。

その吉事が知れ渡る頃には、すでに,婚姻の儀式が執り行なわれていた。

秘密裏に急いだのは、ミーナの希望だった。


 婚儀が終わり、妃としてお披露目された時、初めて、妃が、三日月氏ハヤテの娘ミーナだと周知されたのだ。


 実は、イルハンに限らず、三日月氏の財産とミーナの美貌を聞き及び、妻にと望む者が後を絶ず、日参され、断り、それでも執拗に付きまとわれることの繰り返しだったため、用心深くなっていた。

嫁入りとなると、どんな妨害が入るかわからない状況だと推測し慎重にすすめたのだ。


 季節は春。

2人を祝福するかのように、天山南道の高原には様々な花が咲き、晴れ渡る日が続いていた。


 タジルは、愛するミーナのために、山々を望み、湿原が見渡せる南の高台に、新しい城を構える。


 2人で考えて選んだ白い石で外壁を築き、大理石にランダムに水晶が埋め込まれていたため石晶城と呼ばれた。

その城は、綺麗な白い城というだけではなく、日の出の太陽の光を浴びると,ほのかに光り、だんだんと色付き、虹色に輝くことがわかったのだ。

早朝に外気の環境の条件が整った時だけではあるが、驚くばかりの神々しさだった。


 思いがけない副産物に喜び、2人でまだ暗い時間に馬で駆けて近くの高台へ行き、日の出を待ち、太陽の光を浴び虹色に輝く石晶城を眺める。高原の中に浮かび上がり、ひときわ輝きを放つ石晶城を見つめながら至福感の中にいた。


その頃,2人の間に、男と女の双子が誕生していた。

跡継ぎとなる男の子は、カシム、愛らしい女の子はイリアと名付けられ、健やかに育っていた。


 ちょうど、敵国匈奴もあと継ぎ争いの内紛のため、内部での戦いを繰り返し、外へ攻め入る余裕もなかったようで、脅かす大きな脅威もないタスクルでは、交易がさらに盛んになり、経済的にも安定した時期だった。


表面的に捉えるとそうであったとしても、秘密裏に進められている反逆の兆し、そして、敵国の動き、何より中央政府の思惑などがひしめきあっていた。

タジルは、まだ対抗策はとらず、新たなに密偵を送り様子を見ている状況だった。


ミーナに及ぶ危険も婚姻で終わることはなかった。

元々、三日月氏には、抗争に敗れ恨む者、逆恨みする者、富を妬み陥れる者など、敵が多かった。様々な部族の者たちの企みの中には、格好の餌食としてミーナがいたのだ。


そして、三年後のこと。

柔らかな光に包まれ光り輝くような女の子が誕生する。

ユーリと名づけられたその子は、生まれた時、左の耳に、真珠色の玉が入っていた。 

ユーリの左耳を塞いでいた真珠色の玉は、沐浴で流れたのか、どこかに落ちたのか,いつの間にか消えていた。


 姉のイリアは、穏やかで女の子らしく刺繍など手仕事を好んだが、ユーリはお転婆で、幼い頃から、兄カシムについて歩き、6歳の頃から、剣術を習い、馬に乗り、草原を駆けていた。

生まれながらに左の耳が聞こえなかったが、タジルとミーナに見守られ、兄,姉とともに伸びやかに成長する。


だが、幸せな時は永遠には続かない。

その気配は感じていた。


 ある日、三日月氏から知らせが届く。

父ハヤテが病に伏せっている。重篤ではないが、ミーナに見舞いにきて欲しいとの連絡だった。


その夜、タジルと話し合い、子どもたちを連れて三日月の屋敷を訪ねることになった。

早いうちにと、準備をして、2日後の朝に、3人の子どもたちとともに馬車で出立し、夕方には、無事に三日月の屋敷に着いた。


 胃腸,特に胃の不調があるため、顔色もあまり良くなかったハヤテだが、ミーナたちが部屋に入るとベッドから体を起こして迎えた。病気見舞いとはいえ、久しぶりの再会を喜び、孫たちを抱きしめ、顔をほころばせた。


その頃、カシムとイリアは、13歳、ユーリは、まだ10歳だった。


ミーナは、サラとともに、ハヤテにつきっきりになり、ずっと何事が話し込んでいる。

イリアもおじいさまの介助を手伝いながら静かにそばに座っている。

カシムは、久しぶりに会う叔父アビルと剣術の手合わせをするため外庭に出ている。


ユーリは、ひとり記憶を確かめるように屋敷内を歩いていた。

そして、壁に飾った白い長剣を見つける。サヤに赤いルビーがついた白い剣だ。

数年前、こちらに遊びに来た時、綺麗な剣だと憧れの眼差しでみつめていると、おじいさまから、これは母ミーナの剣だと教えられた。

幼な心に刻まれ、はっきりと覚えている。

また見たいと探していたのだが、白い剣に呼ばれてここに来たのかもしれないと感じていた。

じっと見ているうちに,触りたくなる、そして欲しいと思った。


ユーリは、近くの椅子を寄せて上がり剣を握る。

止金から外し、胸元に引き寄せると飛び降り、まっしぐらにおじいさまの元へ走った。


 飛び込んできたユーリに、みな驚き、その胸に抱いている剣を見てさらに驚く。


「おじいさま、この剣を私にください」

ユーリは叫んだ後、剣を置いて座り込み、頭を下げた。


それは、ミーナが封印した女の剣だった。

父ハヤテからの贈り物だが、あえて嫁入り道具にはせず、この屋敷に飾ったまま置き去りにしていた。


あの頃は、父の役にたたない上に、トラブルの元になっている我が身を嘆き、もう剣は持たないと壁に飾ったのだ。

ミーナはどうしたものかと考えながらみつめていた。

言い出したらきかない子だとみなわかっていた。


ハヤテは

「よく覚えていたものだ。そんなに欲しいなら、君の母さんにお願いしなさい」

と笑っている。


ユーリは、母ミーナの方を向き、真っ直ぐ見つめ

「お母さま、この剣を私にください。剣も私の側にいたいと言っています」

勝手なお願いをする。


「まあ、剣がそう言うなら仕方ないわね。ユーリ、あなたが面倒をみなさい」

ミーナの言葉に、みな爆笑をする。

照れ笑いをしながら、ユーリは,白い剣をギュッと抱きしめた。


娘や孫たちに会えたせいか、ハヤテは元気を取り戻し、サラとともに、ミーナたちとのつかの間の賑やかな時間を過ごしていた。

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