第2話

○ホワイトナイト

 

 たまらなく嫌だ。

ただでさえ女には制約があり抑圧され自由がない。その上、またこんなことが続くのかと我が身を嘆いた。


ミーナの身辺は、父ハヤテとともに、領地見回りや玉の発掘作業の地に出向く折も、常にイルハンの手下に後をつけられ見張られていた。


父ハヤテを陥れる策略が失敗してもなおミーナを執拗に付け回し、隙あらば連れ去ろうとする勢いがあり、気持ちの悪い思いをすることが重なっていた。


イルハンは、父親が三日月氏の息のかかる部族の長だったこともあり、少年の頃から屋敷に出入りし、ハヤテに目をかけられていた。

利口だが小ざかしい性格で小心者とはわかっていたが、細かい所まで行き届くので役に立つと思われていたのだ。

だが、三日月の財産を目にするうちに欲が出たのだろう。

ミーナには、恋心というよりも、邪心に近い執着を抱いているように見えた。


 心配をするハヤテから,外出を禁止され、屋敷に居るようにと強く言われ、抗うこともできず、従いながら、この先のことを考えていた。


 三日月氏ハヤテには、正妻であるミーナの母親サラのほかに、妾が2人いた。

妾とは言っても、他部族から友好の証に献上された女たちなのだが、安住に暮らせるよう面倒を見ていた。

子どもは、娘ミーナとその弟の息子アビル、妾たちの産んだ息子1人と娘が2人いた。


 母サラは、体が弱く、アビルの出産後、寝たり起きたりの静かな日々を送っていた。

ハヤテはサラを慈しみ寄り添い、ハヤテの力の源は、サラの存在だった。


歳の離れた弟アビルが成長するまでは、父を助けたいと思っていたミーナだったが、こうなると父の手伝いなどできるはずもない。

勝ち気で男たちと肩を並べるほどの剣術の腕だが、ひとまず封印するしかなかった。

17歳の誕生日に,父ハヤテから贈られた白いサヤに赤いルビーの石が縦に並ぶ自慢の長剣は、壁に飾り、護身の短剣だけ持ち歩いていた。


危険が伴うし、心配をかけるため、やはり外には出ない方が皆のためになると思い至る。


それからは、屋敷の中を取り仕切る叔母から、様々な三日月の女性の仕事を習い、手伝った。

染色、糸を紡ぎ織物、三日月の屋敷では料理も女の仕事だったため見るだけでなく一緒につくり、調理法を覚え、食卓を飾る工夫もした。

お茶にも興味を持ち、様々茶葉や香草で入れて,従兄弟たちと楽しみ、母のサラの体に良いお茶を考えブレンドして作り喜ばれる。

母からは、刺繍を習い、本を読み、人として、女性としての心得など様々な教えを受ける。


手先が器用で、何事にも素直に 取り組む性格のせいか、飲み込みも早く、すぐに叔母の右腕となり、まだ17歳だったが、これならいつでも嫁入りできると、周りから太鼓判を押されるようになっていた。


だが、ミーナの本心は、やはり父を助け、父に信頼され、共に,三日月氏を盛り立てていきたいと望んでいるだけに、悩ましい。


女たちで助け合い、屋敷内を切り盛りする日々は、ミーナに新たな気づきをもたらし、女として成長する時間だった。

本来の負けん気もあり、男が力でねじ伏せ奪い合い侵略を繰り返し、女を道具として軽んじる男の世界を危惧し、嫌気がさしていた。

特に、三日月の財産を狙い、求婚してくる他民族の男たちの横暴な態度には辟易していたのだった。

女として生きることの大変さを思い、忸怩たる思いの中にいた。


 「お父様、どのような用件なのでしょうか?」

タジル様御一行が、この屋敷にお越しになると聞き、急ぎ迎えの準備をしていたミーナが聞く。

「さあ、私にも検討がつかないことだ。しかし、歓迎しようではないか」

ミーナは、タジル様に会えることを喜んでいる自分に気づき、それを打ち消すように、体を動かしていた。

料理にお酒、茶や菓子など一通りのもてなし準備を整え、父ハヤテとともに、屋敷の表に立ち出迎える。


 土ぼこりの中、タジル一行が到着する。

タジルは、自分を見つめているミーナの姿に気がつき、右手を軽く頭に当て、挨拶をし馬を下りる。


「ようこそ、おいでくださいました」

ハヤテは、城に招きいれ、客間に通した。

「領地巡回の旅の通り道にあると聞き及び、三日月の屋敷を見たいと希望したのだ。急なことですまない」

タジルは、部屋に入り、開口一番そう告げた。


旅の疲れを癒せるようにと、ミーナが支度をして、ジャスミン茶など数種のお茶を入れ、柔らかい菓子とともに運ぶ。


タジルは、領地巡回で知り得た話題などで、ハヤテと談笑していた。

そのうちに、ハヤテに誘われて、屋敷内を見て回った。

室内装飾のすばらしさに驚きながら壁や天井をみつめるタジルの後に従い、ミーナは、装飾の説明をする。

三日月の城は、三日月氏の長い歴史の中、交易で得た宝飾品、絵画、仏像などが所狭しと飾られ無類の素晴らしさだった。


ハヤテは、話の間に、二人の姿をみつめながら、似合いの二人だと心の中で感じていた。


ひと回りし、庭を見て

「この庭にも、ブドウを植えてはどうだろう。私の中庭から、移して植えよう」

とタジルが言う。

「ありがたいことでございます」

とハヤテは、感謝の言葉を述べ、次の言葉を待った。


沈黙の後

「少しミーナと二人だけにしていただきたい。話をさせてくれ」

「ミーナでございますか」

ハヤテは、後ろを振り返り、ミーナに相槌をうった。

ミーナは、緊張した面持ちで

「はい、では、タジル様、よろしかったら中庭へ参りましょう」

と誘う。

少し先を歩いて案内する。

二人は、ゆっくりとした足取りで歩き、木陰で立ち止まる。

「ミーナ」

「はい」

「私には、忘れられない女性がいる。美しく聡明な女性だ」

ミーナは、タジルの横顔をじっとみつめていた。

「あの夜、お前を見た時から、心が穏やかではなくなったのだ」

「タジル様、それは」

ミーナの心は落ち着かなくふわふわと揺れていた。


タジルは、ゆっくりとこちらを向き

「ミーナ、お前を、妻に迎えたい」

ミーナは、タジルの眼を見る。

その眼差しは、優しく、それでいて真剣そのものだとわかる。


まさに、救世主だと思った。

この状況から,愛を持って、我が身を救い出してくれる。

それが、タジルだったとは。

何と、素晴らしいことだろう。

願ってもない求婚に、ミーナの体は震えていた。


静かにひざまずき、タジルの手をとると、頬に押しつける。

「私も同じ気持ちでございます。あの夜、あなた様を一目見た時、昔から待ち望んでいたお方にめぐり会えたと確信いたしました」

顔を上げ、目を合わせ

「お慕いしております。あなたの元へまいります」

と思いを告げたのだった。


タジルは、両手で、そっとミーナを起こし、やさしく抱きしめながら

「わたしも、同じだ、妻に迎え、大切にし、お前だけを愛し続けることを誓う」


若き王タジルは、ミーナを抱きしめながら、ひととき、幸せに浸っていた。

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