香しき砂漠の花よ! 〜始まりの章〜
野棘かな
第1話
○運命の出会い
扉カーテンを手でめくり部屋に入る。
妙だ、何かがおかしい。
匂いが違う、何者かの気配を感じる。
「誰だ、誰かいるのか」
若き王タジルは、眼を見開き、暗闇に潜むものを見つめる。
書庫の陰から飛び出してきて
「失礼をお許しください。あやしいものではございません。タジル様、父の命乞いにまいったのでございます。どうぞ、私の話をきいてください」
そのものは腰のものを床に置き、ひれ伏した。
寝室に続く、この部屋は、タジルが一人座り、しばし考え事や書き物をする書斎だった。
明かりを手に取り、顔を照らす
「やはり女であったか、女の身で何ゆえ、誰の命乞いなのだ」
タジルは、驚き、勢いのまま問いただした。
「私は、三日月氏ハヤテの娘ミーナでございます。どうか、父ハヤテをお解き放ちください。濡れ衣です。神に誓って、父は、タジル様に反してはおりません」
「ハヤテか、ハヤテに関しては、反乱を起こす準備をしているとのイマハンからの報告があり、事実かどうか審議するため、牢に入れたと聞いているが」
「イマハンですか・・・」
ミーナは困惑していた。
イマハンがなぜ?ある意味裏切り行為だと思った。
「お前の勇気に免じて、明日、私が確かめよう。今夜は、このまま帰りなさい」
「はい、承知致しました」
「供のものはおるのか」
「はい、隣りの部屋に潜んでおります」
「では、確かめたのち、使いのものを送る。それまで待て。気をつけて帰るのだ」
ミーナは、王タジルに、深々と頭をさげ、すばやい身のこなしで、現れた時と同じ暗闇の中に消えていった。
翌朝、タジルは、家臣を呼び、イマハンに使いの者を出し、同時に、牢の中のハヤテをここへ連れて来るようにと申し付けた。
小1時間後、髭など伸びていたが、毅然とした態度で、後ろ手に縛られたハヤテが牢役人に引かれ、タジルの目の前に現れた。
ゆっくりとひざまづく。
「三日月氏ハヤテでございます」
家臣が告げると、ハヤテは深々と頭を下げた。
「お前が、三日月氏頭首ハヤテか」
「はい、ハヤテでございます」
「率直に言おう、昨晩、貴殿の娘が現れ、父の話を聞いてくれと懇願したのだ。なぜ捕らえられたのか、この状況について、何か、申し開きはあるのか。あるなら聞こう」
「恐れ多いことでございます。しかし、その前に、今、娘ミーナがどうしているのかおしえてください」
ハヤテは娘の心配が先にたち、少し動揺している様子だった。
「心配は無用だ、すぐに帰らせ、屋敷で使いを待つように申し付けた」
「さようでございましたか」
安堵しながら、ハヤテは
「それでは、申し上げます。私は、タジル様を王として信頼こそすれ、反乱を起こすなどとんでもないことだと思っております。長く続いた民族の争いも、タジル様がこの地を治めるようになり、落ち着き、生活も豊かになりつつあります。タジル様に反乱を起こすなどありえません。まったくの誤解でございます」
「そうか」
「三日月の間では、このままタジル様の下、静かな生活をと望むものばかりでございます」
「わかった、もうすぐ報告者イマハンが到着するだろう、その時、真実が明らかになる」
「イマハンですか」
ハヤテは一瞬言葉を失ったが
「おたずねいたします、イマハンが密告をしたのでございますか」
「そうだ、その場でほかの数名の者も反乱の兆しありと申したのだ」
ハヤテが力を落とすの無理のない話だった。
イマハンを我が子のように目をかけ、ここまで引き立ててきたのだから。
「承知いたしました。ただイマハンの話を聞く前に最近の出来事をお耳に入れたく存じますがよろしいでしょうか」
「よかろう」
「申し上げます、イマハンは、わが娘、ミーナを嫁にとしつこくつきまとい、あまりにも無礼な態度のため、先日、正式に断りの使者を送ったところでございました。私の眼の黒いうちは、ミーナに指一本触れさせないと」
「なんだと」
王タジルは、タジルの言葉にことのしだいを悟ったようだった。
そこへ、イマハンが到着した。
王タジルとハヤテ、二人の姿に一瞬驚きながらも冷静装い
「ただ今参上いたしました」
と王タジルの前に進み頭を下げた。
「よくきた、イマハン、今、ハヤテの反乱の罪について審議をしておったのだ」
「審議でございますか、反乱の罪は明白でございますので、タジル様がいまさらお調べになる必要もないのでは」
「明白だと、何を根拠にもうしておるのだ」
「根拠でございますか」
イマハンは言葉につまった。
「先ほどから、ハヤテの申し開きを聞いていたのだが、ハヤテは私に忠誠を誓っている」
落ち着いた声で、さらに話を続け
「それから、イマハン、お前が、ハヤテの娘につきまとい、断られたという話もきいているが、そのことと、今回の報告と関係があるのか」
「何をおっしゃっておいでですか」
「ハヤテが邪魔になり、反乱の罪をきせたのか」
「いえ、決して、そのようなことは」
「では反乱の兆しとは、どのようなことだったのだ」
「それは、東方の商人から、ハヤテ様が武器を探し集めているとききおよんだのでございます。それに王にも勝る剣を手に入れようとしているのでございます。次々と剣や槍など武器を集めているので、反乱への蓄えかと、推察したのでございます」
「武器か、たしかに、気になる話ではあるな。ハヤテ、それは本当のことなのか」
「確かに、剣をさがしていたのは事実でございます。それに戦のないの状態であっても、剣や槍など武器のチェックは怠らず、新旧入れ替えに必要な数を注文したのは事実でございますが、反乱のための備蓄などでは、決してございません。」
「では、何故、剣を探していたのだ、どういう理由なのだ」
「それは、わが娘、ミーナのために、ふさわしい剣をさがしていたのでございます。女でありながら、武術に研鑽を積んだ娘の腕にふさわしい女の剣を捜しておりました」
「なるほど、そうであったか」
「イルハン、今の話を聞いて、いかがいたす」
「言い訳に過ぎないと思いますが」
「いや、もうよい。この件は、私が判断しよう」
何か言い足りない不満をそうなイルハンには下がって、追って使いをだすまでの謹慎を命じた。
危うくイルハンの口車に乗り、有力な味方となりえるハヤテを捕らえ処刑寸前だったこと、若さゆえの判断の浅さへの後悔の念で、少し顔をゆがませながら
「これまでの話を聞き及び、ハヤテは、冤罪であり、もうこれよりは、三日月へ戻ることを命令する。これまで通り、私に使え、助けよ」
タジルは、ハヤテの手をとり、ハグをし、固く手を握り合った。
心配しているであろう三日月氏へは急ぎ書簡を送る。
タジルは、身支度を整えた後、迎えを待つハヤテを誘い語り合った。
長い民族の争いも,現在,小康を保っている。
遊牧の民の王タジルが城を建てたのが、この遥か砂漠の果てにあるタスクル。遊牧民族同士の戦いに継ぐ戦いで、荒れ果てていた大地だったが、もとはといえば、砂漠の中のオアシス、緑の草原や湿原がひろがる肥沃な土地だった。
ハヤテを伴いブドウが生い茂る中庭へと降り
「ハヤテ、このブドウをみよ、このブドウとこの地がもたらす翡翠など玉を掘り出すことで、この地は少しずつ活気を取り戻し、民もさらに作物を育て、安定していくとは思わないか」
「さようでございますとも、このブドウの緑をみておりますと、豊かさを感じます。中央政府のもと、この地の王となられたのですから、思い通りにお治めください」
やがて、風のように、ミーナが現れた。
「タジル様、寛大なご処置に感謝いたします」
昨晩の緊張した面持ちとは、打って変わって、にこやかな笑顔だ。
男装ではあるが、女性らしい風情のミーナを見つめ、その黒い瞳の美しい輝きに、思わず引き込まれそうになりタジルは動揺した。
「昨日の勇気ある言葉で、間違った判断をくださず済んだことを感謝している。
これからもよろしく頼む」
ブドウの棚の下で語らい、王としての思いを素直に語るタジルを好ましく思うハヤテ。
緑のブドウの葉の間から、差し込む光を受けた若き王タジルの顔も凛々しく、ミーナも心引かれるものがあった。
城を出る三日月氏の父と娘を、供のものたちと見送る。
迎えの馬の一団の中で、ひときわ目を引く白馬に乗り去っていくミーナの姿をタジルはいつまでもみつめていた。
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