第22話 想いに目を向けて①

 


 あれから幾度となくノアが姿を隠しながら、私が一人で外に出れる様に何度も二人で練習を重ねていった。

 その練習のお陰か、最近では家の近所くらいなら一人でおでかけ出来る様になった。


 そんな今日は近所にある本屋まで一人で買い物に行く事になっている。

 ノアは毎回心配だから付いていくと言ってくれるけれど、私は一人で出来る事を彼にアピールする為、最近ではノアの付き添いを断っている。


「忘れ物はないか?いいか、リア。寄り道はダメだし、知らない人に着いて行ってもダメだからな。例え声を掛けられても無視しろよ」

「もう、ノアったらそんなに心配しなくても大丈夫よ。忘れ物もないし、寄り道もしないわ。それに知らない人にも着いていかないし、話しかけられても応えたりしない。私ちゃんと約束出来るわ」


 きっとノアは……私を小さな子どもだと思ってる。

 以前ノアが私よりもずっと長く生きていると教えてくれた事があったから、彼にとって私は小さな子どもと変わらない存在なのだと思う。


 ……私も一応この国では立派なレディなのだけれど。


 ノアに子どもとしか思われていない事実に胸が押しつぶされる様に痛くて苦しい。

 どうして彼に子どもだと思われてこんなにも苦しくなるのか……。

 その答えに向き合うのが怖い。

 胸にある決して小さくない痛みを笑顔で押さえ込み、ノアに声をかける。


「ふふっ、安心して。必ず夕方までには戻るから」

「はぁ、分かったよ。でもリア、これだけは覚えておいてくれ。何かあったらすぐに俺の名を呼ぶ事……いいか、くれぐれも気をつけて行ってこいよ」

「ええ覚えておくわ。それじゃあ行ってきます」


 一人で出掛ける事に何も不安がないわけではない。

 でも時々、ノアといると自分の心の中にある不純な感情を抑えられなくなりそうで怖い時がある。


 (……ダメなのに)

 (口に出したらきっとノアを困らせるわ)


 万が一私の気持ちがノアに伝わって、拒絶されたら……?

 ノアが困った様に拒絶する姿を想像するだけで、自然と涙が溢れてくる。

 傷付くくらいなら今のままでいい。

 私が私自身の気持ちに気付きさえしなければ、きっと全て丸く収まる。


 (私は結局……いつだって意気地のない弱い心のままね)


 自分の弱さが心底嫌になり、私はつい苦笑を浮かべた。

 ここで落ち込んでいても仕方ない。今はノアとの約束を守って早く買い物を済ませる為に、私は早足で目的地へ向かった。


 私が今住んでいる家は王都の住宅街の中でも閑静な場所にある。

 そこから少し歩くとすぐに目の前には様々な店の看板が見えてきた。

 そしてお店が近くなってくるとパン屋の看板が見えてきたので、私は店の中を覗きマーサさんに声を掛けた。


「マーサさん、こんにちは」

「お、アリアちゃんじゃないか!相変わらず今日も綺麗だねぇ、本当に目の保護になるよ。あ、そうそう、来週また新作のパンを販売するから気が向いたら寄っておくれよ!いつものようにおまけするからさ♪」

「本当ですか?嬉しい!必ず買いに行きますね」

「ああ!待ってるよ!」


 マーサさんはこの区画1番の古株だそうで、彼女に知らない事は一つもないと言われるくらいこの市場の事を知り尽くしていると聞いた事がある。


 そんなマーサさんのパン屋を通り過ぎると、次に見えてきたのはローガンさんというお爺さんが営んでいる果物屋だった。


「アリアちゃん、今日は買い物かい?」

「こんにちは、ローガンさん。ええ、今日は本屋に用事があるんです」

「そうかい!なら今日ちょうど食べ頃のフルーツ達が入ってきてるからよかったら後で見て寄ってくれ!」

「本当ですか!じゃあ買い物が終わって時間があるようなら寄りますね」

「そうしてくれ!あ、それと本屋はここから近いけどアリアちゃんは美人さんだから気をつけて行くんだよ!」

「ふふっ、ありがとうございます」


 年齢を感じさせないローガンさんのお店を通り過ぎると次はジェームズさんが営んでいる花屋がある。


 本当だったらここでマーサさんやローガンさんのように挨拶をするべきなのかもしれない、でもどうしても躊躇してしまう自分がいた。

 どうしようか考えていると、ちょうどジェームズさんが店から出てくる所で自然と目が合った。


「アリアさん、こんにちは」

「こ、こんにちはジェームズさん」

「今日はどこかへ買い物かい?」

「ええ、ちょっと本屋に用事があるんです」

「……そうか。アリアさんが最近うちに寄ってくれないからどうしているのか心配だったんだよ。でも元気そうで良かった」

「え、えっと……」

「いや、いいんだ。分かってるから」


 私はジェームズさんのその言葉にどう返答していいか分からず言葉を失ってしまった。

 困って固まっている私にジェームズさんは照れたように笑いながら言葉を続けた。


「アリアさん、またうちの花屋に是非遊びに来て下さいね。俺待ってますから」

「え、ええ、そうですね……」


 私の返答が失礼な事は分かっている。

 でも私はどうしてもジェームズさんが苦手だった。


 思い返せば初めて花屋へ行った時から、ジェームズさんが私へと向けるあのまとわりつく様な暗い視線が苦手だった。


 最初は気のせいだと思っていたけれど、会う度にあの暗い瞳を向けられ、花を受け取る際に手が触れ合った時は悲鳴をあげそうになった事もあった。

 その時は何とか悲鳴を飲み込んでその場を後にしたけれど、今思い返しても身体が震えそうになる。

 花屋を後にしてもいつまでもジェームズさんの暗い視線に跡を付けられているように感じ、私は早足で本屋へ向かった。


 あれから無事に本屋に辿り着いた私は、目当ての料理本の棚にある本を一つ一つ確認していった。

 この本屋には料理本だけでもたくさん種類があり、中でも初心者向けの本は一番数が多かった。

 その中から今の自分でも出来そうなものをパラパラとめくりながら探していたら、つい夢中になってしまい長く本屋に滞在している事に気付いた。


 慌ててお会計を済ませ急いで帰り道へ足を進めようとした時、突然前方から近づいてきた人影が私の名前を呼んだ。


「アリアさん!!」

「!?え、ジェームズさん?」

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