第8話 カガミよ鏡
─荒事、だけじゃあないんだよね─
移動用の赤いキャンピングカーの中で、霜也は運転しながら今日の依頼内容の再確認をする為に助手席に座っている千秋に声をかけた。
「今日は神代町に住む江島さん夫婦からです。内容は、夫の出勤前に玄関で些細なことで口論に。その時近くにあった姿見が一瞬光ったような気がした次の瞬間には、二人の意識は入れ替わっていた、ということですが」
「んー、やっぱりウツシミの仕業だよな。ウツシミ入った鏡あるからすぐ終わるだろ。それより」
運転中の霜也はミラー越しに後部のソファーシートに座ってコンビニ弁当を頬張る八谷を見る。
「なぁんでついてくるんすか?大家さんなのに」
「霜也くん、大家はねぇ、大家だけやってればいいわけじゃあないのだよ。月に2、3件は絶対現場に出てねってアマテラスさんに言われてんのー」
大家になったからといって現役は引退していない。それは人手不足の事もあるが、一応灯屋にも給料に関わる成績評価が存在するからである。
その昔、アマテラスが成績評価をしていたがあまりにも甘く、なんでもかんでも良い評価をつけた為にツクヨミにしこたま怒られた、というエピソードは有名。
現在はツクヨミとその他数名で灯屋達の成績評価が行われている。アマテラスのように甘くはないが、やるべき事をして活躍をすれば応じてしっかり評価してくれる。
「大家も楽じゃないってこと。じゃ、ちょっと横にならせてもらいまーす」
八谷は欠伸をしながらソファーシートに横になったかと思えばすぐに寝息をたて始めた。
「早ぇ!ついでに何で社用車がキャンピングカーなのか聞きてかったのに」
「あぁそれはね」
「浅ぁ眠り!」
「遠出した先のホテルとか泊まるのも悪くないんだけどー。なんか味気無いじゃん?せっかく慣れない土地とか行くならキャンプとかしたいじゃん?」
「理由も浅ぁ」
八谷とのふわふわしたやり取りをしているうちに、依頼主である江島さん夫婦の家に到着した。
玄関先では車の音に気付き江島さんが夫婦揃って出てきた。意識が入れ替わっているからか千秋は2人の動きがぎこちない様に見えた。
「依頼主の江島さん夫婦っすか?」
「はい。あのー、灯屋の方で?」
車から降りてきた赤髪と青髪、その背後にモグモグとおにぎりを頬張る褐色の美人に困惑の色を隠せない江島さん夫婦に、千秋は落ち着いた声で自己紹介をした。
「自分は灯屋の千秋です。隣の青髪が霜也で、後ろはベテランの八谷さんです。皆、なりが派手で驚いたかもしれせんが気にしないでください」
赤髪リーゼントから繰り出される丁寧低音ボイスに2度目の困惑を見せながらが口を開く。
「自分が夫の江島隼人で、こっちは妻の加代です」
その声から加代の中にいる隼人の不安が伝わってくる。
千秋は早く解決してあげたいと思い話を進めた。
「早速ですが、その鏡を見せてもらってもよろしいですか?霜也、アレ準備しといて」
「持ってるぞ。いつでもok」
夫婦に続いて3人も玄関に入り、問題の姿見の前に立った。
木製の枠に干支の動物達が彫られたその姿見は
「ん?“視た”感じだと怪異の気が無ぇ」
「気配を消すのが上手いのかもしれません。持参したウツシミで鏡合わせして」
「ちょい待ち!」
八谷は2人の間に割って入ると鏡に顔を近付けながら挙手をした。
「あのー、2つほど質問が。この姿見、ずいぶん古いようですが、貰い物とか?」
「これは、私が結婚した23の時に母から受け継いだものです。元は母の祖母だったかな?、の物で、代々受け継いでいます」
隼人は鏡を見つめながら、貰った時の日を思い出しながら話す。
「母に鏡の前に呼ばれて、鏡のこと、受け継いだ時のことを話してくれました。懐かしい…」
「フムフム。もうひとつ、口論になったという話でしたが内容をお聴きしても?あぁ勿論言える範囲で構いません」
それは自分が、と加代が口を開く。
「今回に限ってではないですが、その、仕事が忙しくて家族との時間をとれないことが多くて。今朝もそのことで妻と口論に」
「ご協力感謝です!千秋、霜也ちょっと。すいません少し3人で打ち合わせをしてきますね!」
八谷は2人を呼ぶと車の前まで戻った。
「どうしたんすか八谷さん?」
「んー、これねぇ怪異じゃないわ」
八谷の言葉に2人は首を傾げた。
「“付喪神”って聞いたことない?」
「長く大事に使われた道具に魂が宿ったモノ、ですよね。確か持ち主の性格などが反映されるとか」
千秋は櫛でリーゼントを整えながら答える。
「正解」
「でもなんで分かったんすか?」
「さっき千秋くんが言った通り、物がだいぶ古いけど大事に使われていたこと。あとウツシミだったら人同士じゃなくて自分と入れ替わって悪さするでしょ?」
「あ、確かに」
「それじゃあ持ってきたウツシミは使えんすねぇ。どうする?いっそ姿見の前で夫婦そろって謝るっすか?」
霜也は冗談半分に笑いながら言ったが、八谷はニヤリと笑い頷く。
「有りだね!ただしそれじゃあ半分正解」
そう言うと、八谷はツカツカと家の玄関へと戻り夫婦に言った。
「隼人さん、今日1日お母さん体験しませんか?」
───
八谷の一言で始まった隼人さんのお母さん体験は八谷と加代さん指導の下行われた。
大量の洗濯物、何を優先して洗濯機を回すか?洗濯機の回る間に済ます家の掃除。
財布と冷蔵庫の中身を見ながら夕飯決め。
子ども達が帰ってくる時間から逆算して組み上げていくスケジュールをこなしていく。
この日だけではない。主婦はこれが毎日年中無休で続いていく。
────
夕方、1日のスケジュールが終わり、八谷と加代、そしてくたびれた隼人と千秋、霜也はリビングにいた。
「…なんでおれ達まで?」
「人は多い方がいいし、加代さんの為よ。ねぇー?」
加代は申し訳なさそうに笑いながら疲れ果てた男三人を見る。
「お陰様で今日1日ゆっくりできました。ありがとう隼人。千秋さん達もお疲れ様です」
隼人は加代の言葉に姿勢を正すと真っ直ぐ加代の目を見つめる。
「こっちこそ、ありがとう。それと、ごめん。分かってたつもりで、その、加代が居ることが。当たり前になってて、毎日の家事だって」
「いいの。それに私も隼人の体になって思った、この体あっちこっち痛くて。毎週整体行ってるのは知ってたけど。ごめんね」
二人は少し気まずそうにしていたが、今朝の二人の雰囲気よりも明るく前向きになっていた。
それを感じ取ったのか、姿見のある玄関からキラキラと光の粒子が流れてきたかと思うと夫婦を包み込む。
「あ、戻ってる!」「ホントだ私の体だ!」
江島夫婦は数時間ぶりの自分の体に嬉し涙を流しながら喜んだ。
それから千秋達は二人が完全に元に戻っているかどうか記憶や、体の異常などいくつかの質問と検査をしたが特に異常もなく江島夫婦も改めて安堵の表情を浮べお礼を言った。
「日が経って体の違和感等出たら遠慮なく連絡を下さい。それでは」
「え、帰るの?せっかくカレー作ったのに?!」
本気で言ってのか?と言わんばかりに眉間にシワを寄せる八谷を千秋と霜也は引きずる様に車まで連行した。
「そろそろ江島さん達の子供も帰ってくる時間なんすから、おれら居たら邪魔でしょうが。いいから帰るっすよー」
「八谷さん」
「ん?どした千秋くん」
「今日、ありがとうございました。勉強になりました」
「いえいえ。こーゆーパティーンもあるってことよ」
車内で駄々をこねる八谷は帰り道に寄ったカレー屋で満足したという。
─────
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