第6話 突撃!あそこの一軒家

 ─君の近所にもないですか?呪われてるって

               噂がある家─




 深夜、静まり返る住宅街の中に月明かりに照らされた木造2階建ての一軒家。

 周囲の家の並びとは少し離れた拓いた所に建っていてた。

 外観はぼろぼろ、風が吹けばカタカタと戸が揺れる姿はまさに


「お化け屋敷だな」


 銀二は一人、門の前に立ち渋い顔をしながら見上げるこの家は周囲の住人からはいつからか呪いの家と呼ばれていた。

 銀二が一人ここに来た理由は遡ること2日前。


 ───


「帰って来んなぁ」

「そういえばそうだね。神代こっちの仕事なのにね」

 銀二と八谷はお茶をすすりながら、いつもの如く中庭のベンチでぼーっと過ごしていた。


 千秋と霜也は銀二に弟子入りして以来、元々担当していた地域に加えてこの神代町の仕事も行っていた。人手不足のこの仕事には珍しくないことだった。


「何だったかな…家見に行くんだっけか?」

「新居探し行くみたいな雰囲気で言うのやめてくれ?」

「あれだろ、人が行方不明になるっていう」

「警察や調査に行った灯屋も帰って来てないらしいよ。悪鬼絡みかな?」

「あるいは目覚めた力を使用した犯罪。またはー」


 八谷はゆらゆらと動きながら声を震わす。

「妖怪の仕業だったり~?」

「勘弁してくれ。アイツらの相手は苦手なんだよ」


 銀二は苦笑いを浮かべながら読んでいたマンガに目線を落とす。

「まぁ、今夜にでも様子見に行ってみるわ。なんか、イヤーな予感がするし」

 ブツブツと言いながらマンガを読む銀二を見ながら八谷はニヤニヤと笑う。

 なんだかんだ言いながら、しっかりあの二人の師匠としてやっている様子をしみじみと感じた。



 ───

「さて、入ってみるかあ」

 銀二が家の玄関前のゲートに手をかけようとした時、一台のミニバンのライトが辺りを照らした。

 ミニバンは家の前に停まると、一人、また一人と青いツナギ服の男達が次々と降りてきた。

「いやいや、どうなってるんですかそれ」

 ぞろぞろと降りてきた人数は11

 男達は皆一様に狐のお面を被っていた。

 助手席から最後に降りてきたのは丸眼鏡の男。

 サイズの大きいダボついたつなぎ服を着崩したその男は、気だるそうに緑髪をピンで止め直し始めた。



「んー、あらら?おじいちゃんそこは」

「ええ、理解しております。ちょっと迷子を捜しに。それに私、灯屋なのでご心配には及びません。ではでは」

 銀二は軽く会釈をして再度ゲートに手をかけようとした瞬間、バチンと銀二の手は何かに弾かれた。


 銀二が見たのは、丸眼鏡の男の足下から伸びる黄色のテープ。テープの表面には「KEEP OUT!」の文字が横一列にずらっと並んでいた。


「おじいちゃん、その家は僕ら“尾白商店”が蒐集するんよ。手ぇ出さんといてくれるかな?」

「尾白?…あぁ、狂った蒐集癖の尾白さんですかぁ。ほんっと懲りないですねぇ。相変わらず引き込もってばかりですか?」

 ふふっと、懐かしむように銀二は笑う。


 いつから存在しているのかは不明だが灯屋の活躍と同じく、彼等は影のように灯屋の隣に存在していた。


「あらら?。…今人の師匠のこと、悪く言うた?」



 ───


「なぁ千秋、こいつぁ」

「えぇ霜也、完全に閉じ込められました」

 この家の調査を依頼され駆けつけた二人は閉じ込められぐるぐると家中を歩き回っていた。

 

「こんなザマじゃ師匠に鼻で笑われちまうぞ」

「笑われるだけまだマシです。だから」

「あぁ!最大出力で!ドカンとぶち抜いてみるか!」

「ここの家主にもご挨拶がまだでしたしね」

 悪戯を思い付いた子供の様に赤と青の悪童はニヤリと笑みを浮かべるとその策を実行に移した。


 ───

「なんなん?!アンタ」

 丸眼鏡の男は肩で息をしながら目の前の相手を睨みつけた。

 自分の結界術は負けていない、しかし勝てない。

 銀二も息を切らせながら仕込み杖に寄りかかる。

「ふぅ。その符による結界術、なかなかに厄介。相当な使い手ですね。どうです?今からでも灯屋に転職しませんか?」

 銀二は嫌味や皮肉ではなく、人手不足で本気で困っている胸の内を吐いた。


「無理っ」

「えー、ちょっとは考えてみて下さいよ」

 即答された銀二は実に勿体ないと言わんばかりに肩をがっくりと落としてため息をついた。


 若い実力者が増えなければ。

 自分も引退して楽になれない!!


「後進育成難しい」

「知らんわ」

「それよりも」


 銀二が何かを言いかけたところで、地の底から唸り声のような地響きが家の中心から起こる。

 慌てて振り向いた二人の目に飛び込んできたのは屋根を突き破った火と氷の柱。

 それに続いて飛び出す三つの影。

 家の内部からは少しずつ火の手が広がり煙が舞う。


「やってくれたな灯屋ぁ!!」

「悪鬼はっけーん!」

「家主の方ですか?お邪魔してます」

 千秋は鬼の形相をした女の悪鬼に向かい丁寧にお辞儀をした。

 悪鬼は長い黒髪を振り乱し歯を食い縛りながら霜也と千秋を睨み付ける。

 



「お二人さん。周りの住宅の事は考えましたか?」

 霜也と千秋の後ろには怒った銀二が腕を組んで立っていた。

「それは、そのー、中の空間歪んでたんでぇ、なんかそんな周りに広がらないかなぁって」

「まぁその辺は後で詳しく聞くとして、とりあえず終わらせましょう」

 

 腕組み銀二を背に二人はひきつった顔で悪鬼へとゆっーくりと向き直る。

 悪鬼は家に向って手をかざし何やら呪文の様な言葉を唱え始めると一軒家は崩れ、その形を変えていく。

 その様子を見て何かに気付いた銀二は慌てたように二人に叫んだ。

「霜也!千秋!悪鬼に攻撃を続けて!」

「えっ?はい!!」


 千秋は悪鬼へと向かって駆け出し、拳から一直線に炎を放つが悪鬼の背から飛び出した2体の人型の黒い影がそれを阻んだ。

「“影智”のおぼろより我が影に命ずる。私を全力で護れ!」


 素早く肉薄した千秋の焔拳は掴まれ、そのまま投げ飛ばされた。

「強いですよ、意外と」

 千秋は空中で体をひねり霜也の隣に着地した。


 そうこうしている間に、崩れていく家は真っ赤な“門”へと再構築されていった。


「計画より早いが、こうなっては仕方ない!こちらへのゲートを解放する!」

 朧の発動した門は形を成し、少しずつ開こうとしていた。

「終わりよ!何もかも!今に悪鬼仲間達が来るわ!」


 朧は勝ち誇ったように高笑いをしながら門の前に降り立った。

 千秋と霜也の猛攻は徐々に影兵を押し返し始めるが門まで後一歩届かない。


「もう一押し!」

【タマテバコ】の煙幕から飛び出した銀二が一直線に駆け出す。

 同時に、詠唱を終わらせた朧が影兵と共に銀二の行く手を阻んだ。

「邪魔くせぇ!」

「だったらぁ!退けてみなさいよ!!」


『鬼逸流斬術“七曲ななまがり”』

「!?」

 放たれた七本の斬撃は朧を翻弄するように曲がりくねりながら迫る。

 朧は影から生成した杖を手に影兵と迫る斬撃を次々といなしていく。


(私に出来ること全てで足止めする!)


「攻めを捨てたか。めんどくせぇな!」

 開く門と【タマテバコ】のタイムリミットは刻一刻と近付く。

 攻撃の手は緩めないまま、この状況を打破する何かを模索する。



「ま、しゃーないか」


 開きかけた門を、黄色のテープがぐるぐると幾重にも重なり合う。


 銀二が振り向くと、ふーっと、ゆっくり煙草をふかしながら扉を見上げる丸眼鏡の男がいた。


「お!灯屋に入る気になったか!えぇっとー」

「出雲。もともとうちの案件やからコレ。それより早よ行け!いつまでもつか知らんぞ!」


 出雲は眉間にシワを寄せながらシッシッと手で払った。


「結界術の使い手!?」

(灯屋に気を取られて気付かなかった?いや、結界で気配を消していたか)


 朧のほんの少しの動揺を霜也の氷は見逃さなかった。

『井氷鹿祓術“霜降”』


 這うように、静かに、氷は朧の足を捕えた。

「しまっ」

 月明かりが翳る。

 見上げれば朧の頭上に仕込み杖を上段に構えた白髪の鬼が迫る。

「おーにさーんこぉーちらー」


「影兵!」

 呼び出された三人の影兵は守りを固めようと駆け寄るが朧を炎の渦が包み込み孤立させた。


『拳火殺法“火超込カチコミ”』

「うちの師匠がご挨拶したいそうです、そのままで」

 千秋は乱れたリーゼントに櫛を通しながら影兵達の前に立つ。



「うちの馬鹿共が失礼したなぁ」


 朧が構えた杖ごと、落下する勢いそのままに力任せに両断した。

 朧が塵になっていくと同時に開きかけた門が瓦礫となって崩れていく。


 炎の渦の前にいた影兵も消え、後には姿が戻った銀二が焼け焦げたスーツの上着を肩にかけ杖に寄りかかっていた。


 銀二は辺りを見渡したがいつの間にか尾白商店の出雲と部下達は引き上げた様だった。


「師匠!お勤めご苦労様っす!おれらがチンタラしちまったせいで」

 霜也は膝に手を突きながら勢いよく頭を下げる。

 千秋も隣に立ち同じ様に頭を下げた。

 はたから見ればヤクザの組長に頭を下げる部下にしか見えないこの状況に、誰も見ていないか銀二はキョロキョロと見回す。


「恥ずかしいから止めてください!そんなことは気にしてません。それよりも、分かってますね?」


 銀二はジトリした目で二人を見る。忘れたとは言わせんばかりに。


「すみません。途中から脱出の事ばかりで正しい状況判断が出来ていませんでした」

 千秋は頭を下げたまま反省した。自分達の持つ力が如何に強力か、使い方を誤れば簡単に人を滅ぼせてしまうという事を改めて実感した。


(分かっているだった。力を使うことや周りの事への配慮に欠けてしまっていた)


「忘れてはいけません。自分達は常に護りながら戦っていることを。注意するのは目の前の相手だけではありませんよ」

「護りながら‥」


 霜也は後ろに広がる住宅を見渡す。

 家からは瓦礫の音に驚きぽつりぽつりと明かりが点くと、窓から顔を出す人や野次馬が集まってきた。


「さぁ、現場の処理はアマテラスの部下に任せて帰りますよ」


 銀二は杖を手にカツカツと二人をおいて先に行ってしまった。


「あっ、置いてかないでください師匠ー!おい千秋行くぞ」


 二人もスーツの上着のホコリを払いながら銀二を挟むように並んで歩く。


「今見ていて戦闘面より考え方だったり知識をもっと身に付けた方が良い。週末は勉強会をしましょう。みっちり、ね、」


「「い、イヤだー!!」」




 ─── ̄


 読んでくれてありがとうございます!



 影智の朧…悪鬼、影の使い手、実力ある引きこもり

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