第3話 路地裏ドラマチック


 ─師匠との出会いは劇的だった。

      忘れらんねぇよ、アレは─


 夜の街を駆ける影が3つ。

 一人は烈火の如く猛る赤髪の男。

 もう一人は海底の様な暗い青髪の男。


 その二人の灯屋の追従をかわしながら余裕の表情を浮かべ駆ける隻眼の男がいた。

 刃物で斬られたのか、左目には縦に傷跡がある。

 三人の戦闘は街から街へと移動し、二人の担当区域からはとっくに外れていた。


「どうしたどうした灯屋ぁ?んー、もうへばったか!」

「うるせぇ!その亀みたいな低ぃ鼻今すぐへし折ってやっかんな!」

 青髪の男はずれた眼鏡を上げると男に向かい手を握る仕草をすると手首の青い数珠が光る。

井氷鹿いひか祓術“氷来針”!』

 次の瞬間、隻眼の男の周囲にいくつもの氷柱つららが展開され男に向かい飛んでいった。

 しかし、男に氷柱は届かず。持っていた蝙蝠傘を振り全てを一蹴した。


「それ、隙ありです」

拳火殺法ケンカさっぽう今生焼コンジョウヤキ”』

 青髪と隻眼の攻防に乗じて赤髪の焔の拳は隻眼の横顔を捉えた。

 隻眼の男は吹き飛ばされるも空中で受け身をとりながら体勢を立て直した。

「簡単にはいきませんね」

 赤髪は赤い水晶がはめ込まれた櫛でリーゼントを整えながら隻眼の相手を見据えた。


 両者一歩も退かず、戦闘は───




 ──────

「銀さん、今日は何曜日か分かる?」

「なんだ、そこまでボケてないぞ」


 11月とはいえまだまだ暖かい昼過ぎ、銀二は最上荘の裏庭のベンチでマンガを読んでいた。

 目の前に立つ八谷は手に持ったたこ焼きを食べながらニヤニヤした顔で訂正する。


「違う違う。金曜日!華金だよ」

 銀二はフンと鼻で笑うとまた読書へと戻った。

 銀二がハマっている「そらの料理人」は地球の美食に目をつけ侵略を目論む異星人から地球を時に拳で、時に料理で守るSFバトル料理マンガ。

 現在は地球産の食材で作った料理を異星人が食べると、身体能力にバフが掛かることが判明し地球をめぐる戦いは激化している。

 銀二とっては世間が華金だろうがそれどころではなく先が気になって気になって仕方がない。


「そんなこと思ってんのはごく一部だ。大抵の社会人は“今日も残業だ”とか“明日も仕事だぁ”って考えてるよ」

「…銀さん、腐ってるわ。社会の歯車になってゼンマイカラクリハートになっちゃったの?悲しいなぁ」

「変な横文字使うな」


 八谷はベンチに積まれたマンガを手に取りパラパラとページ捲りながら銀二の隣に座る。

 生きている間に美味しい物をたくさん食べることが生き甲斐の八谷には正直、何が面白いのか分からなかった。

 捲っていたページの中である料理が目に留まった。


「似てる」

「ん?何か言ったか」


 八谷が見ていた所は異星人との戦いに巻き込まれ帰る場所を無くした地球人や異星人に分け隔てなく主人公が料理を振る舞う話だった。


「言ってなかったっけ、アタシ親に捨てられたんだよねー。もう何歳の時だったかおぼえてないけど。そんで児童養護施設で育ててもらったんだけどさ」


 八谷はページを捲りながら、幸せそうに料理を頬張る人達のコマを、懐かしむような表情で見つめていた。


「月に一度ね、施設にさ、近くの小さな洋食レストランの店長さんが料理を作りに来てくれてさ。まー!これが美味いのなんのって!こんな美味いのがこの世にあるのかって。その時食べてたのがこれ」


 そのページのコマに描かれていたのはソースのかかったハンバーグを食べる女の子だった。


「ハンバーグか」

「ポテトとブロッコリーが付いててね」


 二人の間に、一時の沈黙が通り過ぎる。

 天気は変わらず陽気なままなのに、空気は少し肌寒く感じた。



「夕飯、ハンバーグにするか」

「へ?」

「そん時食べた味になるか分からんが」


 銀二は立ち上がり固まった体を伸ばすと杖を手に門の外へと歩き出した。


「ということで買い出しに行ってくる。八谷はそれでも読んで待っとけ」


 八谷が返事をする間も無く銀二は買い出しに行ってしまった。

 昔から変わらない。勝手に決めてどんどん事を進めていく。しかし不思議と惹かれてついていく人も多かった。



「絶対結婚とか向いてないわあの性格。蘭子さん、よく銀さんと結婚したなぁ」

 ポケットから取り出した煎餅を噛りながら、ベンチに座りあの時の味を再現出来るように、子供の頃を思い出しながら「宙の料理人」のページを捲った。


 ──────


「買い出しはこれくらいでいいか」

 買い物袋を肩に掛けスーパーを後にする。時間は夕方、丁度夕飯の買い物に来ている主婦や会社帰りに買い出しを頼まれたサラリーマンが家路を急ぐ。


 こんなほのぼのとした日常を見ると自分のこの仕事も悪くないと思った。

 辛いこと、失った同僚達もいる。しかしこの日常を、子と手を繋ぎ帰る家族の姿を見ると確かに意味はあったんだと。



 ────


 少し近道をしようと、人通りを離れ一歩路地裏へ入ると周囲は夕暮れの喧騒から悲鳴と動揺の声に変わる。

 轟音と共に隣のビルを突き抜け派手な頭をした若い二人の男が目の前に転がりこんだ。


(見た感じついさっき始まった訳ではなさそうだ。違う区域から転戦してきたか)

 

 ポケットの携帯が鳴ったのでメールを確認すると、若い二人の灯屋が数回の戦闘をしながら共に街を移動していること。神代町方向に向かっていった事が記載されていた。

 両者一歩も引かず、戦闘は拮抗していた



 かに思われていた。



 二人はこちらに気付くと満身創痍の体を引きずりながら逃げろと叫んでいた。


「酷い怪我だ。相手は?」

 しかし銀二は相手の必死な叫びにも慌てず不気味な程冷静に質問をした。


「おい爺さん!荷物なんか捨てて走れ!アイツが来る!」

「お願いです!言うことを聞いてください!」

「アイツとは?」


「退いてくんねぇかな、爺さん」

 禍々しい気配と共に後ろに立つ細身の男は開いた大きな蝙蝠傘をくるくると回しながら、冷たい笑みを浮かべた。

 しかしそれは一瞬で崩れる事になる。


「悪鬼か。口の利き方がなっていないようですね」

 昔から日本の童話、昔話に登場する“鬼”。霊力を操ることで里の人間の生活を遠くから見守り、時に豊穣を、時に災害から守る盾となる者達。

 しかし中には“悪鬼”と呼ばれる災いをもたらす者も一部存在する。



 振り向いてこちらを見る老人に、悪鬼は見覚えがあった。

 いや、忘れようにも忘れられない。


「…お前か。お前なんだな!灯屋ぁ!忘れるものか!樹海で受けたこの傷を!」

「面識がありましたか。いやしかし、思い出せませんね」

「あの時とは違う!ここで!お前を!」


「覚えてないので何とも言えませんが、そんなに憎んでたなら何故直ぐにリベンジに来なかったんです?あぁ、そうか。?」

「ぜってぇコロス!」


「そうですか…。ならそのリベンジ、受けて立ちましょう」

 ポケットに入った【タマテバコ】に手を伸ばす。

 悪鬼の恐ろしく素早い手刀は目の前に突然現れた煙に吸い込まれた。


 煙が晴れ現れたのは自分の手首を掴み、不敵に笑う白髪の若い男の姿だった。


「幻術でも会得したか!だがそれでもいい!むしろ好都合だ!」

「正真正銘現実だ。せっかくのリベンジ、そん時の姿で相手してやるよ。ただし、経験値はそん時の倍なんでそこんとこヨロシク!!」



 突如始まった、若返った老人と悪鬼の戦闘に若い灯屋二人は呆気にとられた。


「何が起きてんだ一体」

「何者なんでしょうあの老人は。あれは個人の能力かそれともタカマガハラから渡された神器によるものか」

「さぁな。とにかく確実なのはあの人の強さは尋常じゃないってことだけだ」



 悪鬼は銀二との戦いを心の底から楽しんだ。

 初めて出会った時の、為す術なく薙ぎ払われた有象無象だったあの時とは違う。

「灯屋ぁぁ!!」

 空気が、世界ごと変わっていくような。

 路地裏は朽ち荒れ果て、あちこちに墓石が隆起し、地面からは呻き声や死者の手が突き出す。

 眼前には先程とはまるで違う世界が一瞬にして広がった。


「あぁ、

『逢魔刻“憤墓”』


 鬼のみが使用する力を解放する術“逢魔刻”。

 個々人で能力は異なり、自らにはバフを相手にはデバフを付与する

 それでも銀二は慌てる様子もなく悪鬼へと仕込み刀で斬り込んだ。

 悪鬼は手を振ると空からは墓石が、地面からは死者が行く手を阻む様に次々と迫る。しかしその尽くを斬り倒し回避していく。


「それで終わりかぁ?!」

「もう少し付き合え!」


 地面を突き抜け現れる墓石と同時に死者の手が次々と銀二の体を掴む。

 悪鬼が頭上で柏手を一つ打つと、動けない銀二を挟む様に墓石が激突し砕けた。


「っく!」

 咄嗟に防御したが直撃したダメージは大きく、崩れるように銀二は仕込み刀を地面に突き立てた。


「お前、名前は?」

「名前?そうだな、冥土の土産に持って行け!私の名前は墓守の夕淵ゆうぶち!」

「おれは銀二。それじゃあ、またどっかで」

『鬼逸流斬術“御天衝き《おてつき》”』

 


 地面から昇る様に突き上げる斬擊がルイの身体を奔った《はし》。


(ただ体を支える為に刀を突き立てたわけじゃなかったのか…)


「…くそっ」

 夕淵は悔しそうに少し口角をあげると、側に落ちていた蝙蝠傘を掴み自分を隠すように開いた。

「次は、次はもっと上手く殺る」

 そう言い残すと蝙蝠傘を閉じた瞬間に姿を消した。


 銀二は眉間にシワを寄せながらそれを見届けるとあ、と間抜けな声を出した。

「そうだ思い出した。樹海でドンパチやった時に死体がウヨウヨ動いてたわ。アレかぁ」

 一人納得したようにポンと手を打ちながらうなずく。

 体が若返っているからか、昔のことも鮮明に思い出せた。

 銀二はまた煙に包まれると元の老人の姿へと戻っていた。

「君達の仕事に勝手に手を出してしまってすみません。それでは私は先を急ぐので」


 銀二は若い灯屋に頭を下げると何事も無かった様に買い物袋を手に日常の喧騒に姿を消していった。


「何だったんだ、マジで」

 二人の心臓は早鐘のようにドクドクと打ち鳴らしていた。




 ────



「さてさて、作ってはみたが」

「味はどうかな?」


 揚げた冷凍ポテトに湯がいたブロッコリー、ソースはハンバーグの肉汁が残ったフライパンでケチャップとソース、バターを焦げ付かないように混ぜ合わせたシンプルなもの。



「いいんじゃないか、これ」

「うん!中の火の通りもいい感じ」

「味は、あの時に近いか?」


 八谷は少し考えた素振りを見せると首を傾げてハンバーグを口に入れた。

 正直、あの時のハンバーグの味かと問われたら思い出せない。美味しくて感動したことは覚えているが。

 しかしそれは今となってはどうでも良かった。一緒に料理して食べるこの時間が楽しいのだ。


「ほぁ?ふぇんえんほぉもいだあい」

「食いながら喋るな!何歳だお前!」

「39才児だよ」

「終わってるよほんと」



 ──────

 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 冷静そうな青が熱血で

 熱血そうな赤が冷静です


 墓守の夕淵…悪鬼。隻眼のナイスガイ。

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