第2話 最上荘

 ─【タマテバコ】、30分間だけ若返る事ができる、ねぇ─



 あの後急いで説明書、とは言えない薄い紙にさっと目を通して箱を確認。箱には残り5分の表示がホログラムの様に浮かびあがっていた。

 子供の目の前で急に年寄りの姿に戻れば余計な混乱を招きかねない。

 銀二は春太を下ろすとおじいさんを探してくると理由を付けビルに入り体が元に戻ったことを確認し少年達の元へ行った。

 2人を途中まで見送ってから自分も帰路につく。慣れない物を使っての戦闘でいつもよりどっと疲れを感じた。


「ただいま帰りましたー」


 錆びた鉄の門を押して中に入る。

 入り口のコンクリの塀に取り付けられた木製の表札には「最上荘」と書かれている。

 半年前にこの神代町に転勤してきて用意されたこの2階建てのワンルームのアパートだ。

 表には駐車場、裏手にはテニスコート程のスペースと、隣にあるアパートの管理人の家へと続く小路が敷かれている。

 転勤の際にアマテラスは「このアパートにはジンクスがあって!ここで暮らした灯屋達は後に大活躍しているんです」…らしい。銀二も知らない話だった。

 定年を迎えた銀二にはもう関係の無い話だが。というか定年間近のタイミングで転勤とは?他に若い人はいなかったものか。などとぼんやりと考えながら2階の角部屋の203号室へと階段を上がろうとした時、何かを焼くような煙に気付いた。



「よっ、お帰りなさい!おめでとう再雇用!」

 アパートの管理人、八谷はちやは七輪の前に座りワンカップ片手に焼いたスルメをヒラヒラと振っていた。


「八谷それ何本目?」

「さぁー?覚えてないねぇ」

「そんなんじゃ男にモテないよ」

「銀さーん、それはセクハラだよ?」

「それは失礼」


 銀二は近くにあったビールケースを逆さまにして八谷の隣に座った。


「銀さんも頑張るねぇ。無理しちゃいけないよ?」

 銀二は苦笑いをしながら七輪の上のスルメに手を伸ばす。

「ふふっ、無理したくないけどね。無理させるやつがいるから」

「断ることだって出来たはずだよー?」

「まぁ、そうなんだけど…」

「銀さん優しいもんねー」

 

 八谷はカラカラと笑いながらワンカップの残りを流し込む。

 八谷が新人の時に面倒をみた事をきっかけにもう20年近い付き合いになる。

 酒の飲み方を教えた銀二は、まさかこんなに呑兵衛になるとは夢にも思わなかったが…。


「大食い呑兵衛」

「暴飲暴食は私の為にあるの」

「お前だけだよ、そんなこと言えるの」


 頬をつき呆れた顔で八谷を見る。なんて美味しそうに呑むんだろう。

 八谷の横顔をぼーっと見ていると、ズンと重い雰囲気が辺りを包む。



 ────

 ポケットの携帯が鳴ったと同時に目の前の八谷の家の屋根に大猿が降り立たった。



「なぁ八谷。管理人だよなぁ?結界はどうした。ん?お前の家にだってタカマガハラに繋がるドアがあるはずだが?どうしてここで怪異が現れる?」

「よ、よーし!そんじゃあ一丁アタシがぶっ飛ばしてこようかなー!」

「誤魔化すな!」


 八谷はよっこらしょと腰を上げると屈伸して猿の姿をした怪異を見据える。

「ショウジョウ、酒につられて出てきたか」

ショウジョウ、真っ赤な顔に長い手足が特徴的な猿の姿をした怪異で酒を好む為、飲食店や繁華街で働く者の天敵である。

 銀二が瞬きした次の瞬間には八谷はショウジョウの前まで

 ショウジョウは反応すらできず一歩も動けない様子で、ただただ目の前の八谷を凝視することしかできない。

 八谷の褐色の肌には纏った霊力が粒子の様にキラキラとなびく。

 八谷が上げた右足にオーラが収束していく。


「はい、さよーならっ!」

 相手の頭蓋を粉砕する鉄槌の如く、振り下ろされたそのかかと落としは、


 ショウジョウの顔を掠めるように通り過ぎた。



「おい八谷ぁ!当たってねぇぞ!」

 八谷は勢いそのままに背中から地面に落ちた。


「うぃ~、んあっはっはっは!」

「笑ってんじゃねぇ!」


 ショウジョウは落ちた八谷のめがけ跳びかかる。よりも早く、銀二は八谷の元へと動き出していた。

 八谷に振り下ろされたショウジョウの刃の様な爪は銀二の仕込み刀に弾かれた。


「ちゃんと見えてるぞ」

「キキッ?!」


 爪による攻撃に隠した、地を這う様に迫る尻尾を銀二は上から踏みつけた。


「ッ!!」

 ショウジョウは声にならない悲鳴を上げながら距離を取ろうとするが尻尾は踏まれたままで動けない。


「はい、お疲れ様」

 股から頭へ、真っ直ぐな太刀筋にショウジョウは倒れることすらできずに塵となっていった。


 ─────


(アマテラス様が言ってた【タマテバコ】、どんなんか見たかったなぁ)


 倒れたまま、うっすらと片目を開け銀二の戦う姿を見つめていた八谷は出会ったばかりの頃の銀二を思い出していた。

 戦場を縦横無尽に走り回り、笑いながら魑魅魍魎を蹴散らす姿を。


「はぁー、もっかい若ぇ時の銀さん見てー」

「なにか言ったか」

「いやなにも!ささ、銀さん!呑み直しましょ」

「ちったぁ酒控えろ!!」


 倒れたままの八谷の頭をコンっとつつくと、八谷を起こして、また七輪の前のビールケース《特等席》に座った。



 ───────

 読んでくださった方!ありがとうございます!


 結界、結界術…色々な種類有。人により向き不向きも。怪異が内側で発生することはほぼない。










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