第8話

 遠巻きに見ていた女子たちが、浄に恐る恐るといった感じで近づいていく。

 それもそうだろう。クラスメイトと言っても事務的な話しか交わしたことがない相手に、声を掛けるのは中々勇気がいる作業なのだから。

 それも、女装趣味あるのと聞かなければならないとなるとなお更だ。


「ね、ねぇ浄クンってもしかして、スカートとか好きなの?」

 覚悟が決まった一人の女子が恐々話しかける。

「…………ん? ああご免。スカート? パンツよりも好きだよ」


 やっぱりという感情が女子の間を伝わっていく。

 浄は当然の如く、女の子が着るのを前提に答えたのだが、彼女は浄自身が着用するのを前提に聞いたのである。


「じゃ、じゃあ、今日暇だったら私たちと買い物に行かない?」

「んーいいよ」


 浄は半瞬悩んだが、やることも思いつかなかったので暇つぶし感覚で承諾したのだが、これが喜劇(ひげき)の幕開けになろうとは知る由もなかった。

 タイクツと休息を交互に繰りかえし、約束の放課後を迎える。


「じゃあ、行こっか。今日は私達のお勧めなお店をハシゴするんだから」


 そう言って帰り支度をしている浄の前に立ったのは、休み時間に浄と遊ぶ約束を交わしたショートカットが良く似合う緑沢 亜紀とポニーテールが愛らしい青崎 千晴、そして由貴の三人だった。


「あ、ああ」

 少女たちの気魄に押されながら頷く浄。


 人々が楽しそうに話しながら、生真面目にアスファルトを照らしている太陽の下を歩いていく。

 活気に満ちた表通り。様々な店が立ち並び、人々はそこへ誘われるように入っていく。

 浄たちもその例に漏れずに空調の効いたデパートへと足を踏み入れる。

 始めに訪れたのはファンシーな雑貨を取り扱っている店だった。

 右を見ても女の子、左を見ても少女。店員はお姉さん。

 男の姿など一切発見できず、浄は物凄い居心地の悪さを感じていた。

 見ず知らずの女性客からの視線を浄はパンダの如く浴びているのだ。それが、居心地の悪さの原因に一つだが、それよりも由貴たちが代わる代わる浄にリボンとかかわいい雑貨とか、オーバーニーソックスとかを薦めて来るのだ。

 浄はもうたじたじである。

 かわいい雑貨ならまだ許容できる浄でも、リボンとか女子が身に付けるようなものを買うのは、断固拒否したかった。

 浄は拒絶したかったのだが、由貴たちテンションに押される形となり断りきれずに購入してしまった。


「何やってんだろ俺…………」

 由貴たちのテンションと反比例するかのように、浄のテンションは底知らずに落ち続けていく。


「さあ、次は亜紀ちゃんお勧めのかわいい下着屋さんに行こうか」

 浄は、気分が滅入っていた為に亜紀の発言を聞き流していた。いや、聞いていたのかもしれないが、どんな場所かを想像しないでいた。


「あっ! それって×××××屋さんの事?」

「そうそう、そこ。かわいいのいっぱいあるよね」

「うん。値段も手頃だしね」

 三人は浄を蚊帳の外に置き、きゃぴきゃぴとこれから行く下着屋さんトークで盛り上がっていく。

 女が何人寄ればかしましいというが、これではやかましいと言われそうだ。


「あ、そこは右に曲がった方が近道だよ」

 下着屋さんに行く道中、由貴の道案内で人気のない路地へと入っていく。

 そこはまるで世界と乖離しているかのように、人の気配というものが全く無かった。

 作り物の様に立ち並ぶビル群も違和感の対象でしかない。

 ざっ、という砂を踏むような音を立て、四人の真っ黒なローブを着たニンゲンが浄たちを囲むように立ちふさがる。


「魔術師?…………」

 浄の呟きが開戦の合図になったかのように、魔術師はボソボソと呪文を詠唱していく。

 これで、相手は魔術師だと確定した。それもこちらに敵意を持っている奴らだと。


「逃げろ!」

 瞬時に状況を判断した浄は、由貴たちに指示を飛ばす。

 が、平和ボケした日本の女子高生には今、何が起こっているかも解らなければ、危険かどうかも解らないでした。

 火柱が正面から浄を襲う。

 それを地面に這いつくばる様にして避ける。

 軽いと浄は思う。男の体よりも女の体の方が加速しやすいと感じた。

 が、今まで以上の加速に浄は戸惑い足が縺れ転んだ。結果的には炎に当たらなかったのだが、それは偶々当たらなかっただけだ。

 目的を失った火柱は、浄の後方できょとんとしていた由貴たちへと向かっていく。


「しまったっ」

「危ない!」


 叫び、横から飛び出し炎から由貴たちを救った男。

 百九十は有ろうかという長身とがっしりとした体格、表情は険しいがどこかさわやかな印象を受ける。男は御社高校の制服を着ていた。彼の名は清藤 穢(あい)。


「大丈夫か」

 由貴たちは、助けられた男の質問に無言。

 だが、コクコクと首を立てに振ることで肯定の意を示す。

 死に掛けたという恐怖から、声が出ないのだろう。

足はガクガクと震え、三人は一箇所に寄り添うようにしてかたまっていた。


「関係無い奴が邪魔するな」

 抑揚の無い声が、穢に投げかけられる。

 浄は思う。この魔術師たちは初めから由貴たちを狙っていたのではないかと。

 が、しかしすぐにその考えを振り払う。一般人を狙う意味が無いからだ。


「悪いが貴様らの行いを見過ごすことは出来ない」

 そう言い終わるのと同時に、穢は地を駆ける獣の様に疾駆し、魔術師たちとの間合いを詰める。

 穢は、詠唱を開始した魔術師の喉を鷲づかみにして喉を潰す。

 ゴキュッという音と魔術師が倒れる音が連続で聞こえる。それで魔術師一人の詠唱はキャンセルされた。

 だが、しかし魔術師は後、三人残っている。当然の如く詠唱を開始したのは残りの奴らもだ。

 二人がかりで穢に火炎魔術を、もう一人は浄たちに冷凍魔術を放ち、命を刈り取ろうとする。

 穢は、身を低くすることで頭上を通過させ攻撃を回避する。

 浄は先ほどのことがあるから自分だけ攻撃を避けることは出来ない。

 だから、ケイタイを取り出しエネルギーフィールドを発生させる。

 このケイタイは、浄が錬金術を駆使して製作したモノであり、七つの特殊効果を発生させることが出来る。

 その能力の一つが、今浄が使ったエネルギーフィールドを発生させ、相手の攻撃を防ぐというものだ。

 浄の目の前で、不可視の障壁と青い閃光が、白い閃光を放ちながらせめぎ合っている。

 それも、スグに終わりを告げた。

 青い閃光の消滅を持って。

 穢が、魔術師を気絶させたのだ。

 浄が気づく前に、高速の踏み込みを用いて魔術師の懐に入った穢は渾身の一撃で。


「あんたは一体」

「僕かい? 僕は御社高校生徒会長、清藤 穢。そういうキミは?」

「あんたの後輩、紫藤だ」

 懇切丁寧な穢の自己紹介に対して、浄はそっけなく言う。

 疑いの眼差し全開で、浄は穢の顔を凝視する。それに苦笑を浮かべながら穢は、じゃあ、用事があるからとその場を去っていった。


「魔術をみても驚かないあんたは何者なんだ…………」

 浄の独白は風に攫われて消えていく。


「浄、無事か!」

 穢と入れ替わるように、千弥が血相を変えて浄たちの下に駆けつけた。


「ああ、何とかな。とりあえず彼女らのこともあるから一度、ギルドに行こう」

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