第4話

 通常の扉の二倍はあろうかという扉を浄は、コツコツとノックし返事を待たずに扉を開ける。

 浄の目に飛び込んできたのもは、カツラを真剣に選らんでいる総轄の姿だった。


「…………」

「…………」


 気まずい沈黙に耐えられなくなった浄は、バタンと扉を閉めて先ほどの光景を見なかったものとして扱うようだ。


 何も見てない。何も見てないからな。


 しばらくすると、扉の向こうから「入れ」と威厳に満ちた声が浄の耳に届いた。

 部屋は、二十畳位の広さを誇っており、部屋の右サイドを本棚が、左サイドをビーカーなどが収まっている戸棚が占拠している。部屋の中央には、来客用のテーブルとソファが置かれている。


 何回か来ているが本当に、中途半端な部屋だよな。実験室でもないのに、薬品が置かれている。だけど水道も無ければ、廃液を処理するタンクも無い。そのくせ客をもてなすためのテーブルがある。所有者の精神が表れてるな。

 勿論、カオスという意味で。


 部屋の最奥に設けられた執務机に両肘を突いているのは、このギルドのボス――ボナハルトだ。御年七十になろうかと言う老人だが、背筋は最近の若者よりもしっかりと伸び、顔には目立った皺が無い。そのために、白く長いあごひげをした五十代といっても通じそうな容貌をしている。

 が、五十代では身に付き添うも無い威圧感を醸し出している。


 例えカツラでもだ。


「さて、浄なぜ呼ばれたか解っているな?」

「えっと……ギルドの大黒柱を切り倒したこと? それとも俺に割り振られていた薬品を売り捌いた事?」


 浄は悪びれた様子も無く、ギルドで一番偉い人にタメ口を聞く。が、これは別に珍しいことではない。このギルドに限って言えばみんなフレンドリーに互いを罵り合うのが普通になっているのだ。相手が最高権力者だとしてもだ。


「……その話は後でじっくり聞くとしようかの」


 間欠泉の様に噴出す怒りを強引に静めるが、ボナハルトの額に青筋が浮かんでいる。そんな怒りを押し殺しながら本題に入っていく。


「ヴァチカンがつい先日壊滅した。それも、午前三時から日の出までの間にだ。お前が打ち上げた覗き見衛星――DEBAGAMEが捉えた映像には、二体の機神が映っておった」

「ちょっと待て! 二体の機神って、この世にある機神は俺が模倣(パクッ)た奴とそのオリジナルしか無い筈だろ! それともアレを独力で作り出せる奴が居るとでも言うのか!」


 浄が声を荒らげボナハルトを問いただすのも無理が無い。

 機神とは有史以来、錬金術師の最高傑作であり、賢者の石よりも作り出すのが難しいとされている物なのだ。この再現するのがもっとも難しく誰も再現できなかった物をただ一人、ボナハルトが独力で再現したのだ。


「落ち着け。お主は、機神について勘違いをしておる。いいか? そもそも機神というのは、神の模造品にすぎぬのだ。神という概念を作り上げたのは宗教家ではなく我々錬金術しだ。だが、概念というのは形が無いただの設計図に過ぎぬ。世界全体にばら撒かれた設計図があるのじゃ、それで作れぬ理由はただ一つ。

 設計図の読み方を知らぬ。この一点に尽きるわ。そして敵は、設計図の読み方を知っておったということじゃ」


 全然わからねぇ。なにこの精神論みたいな講義は……


「なるほどな……大体解った。つまり、二体の機神がヴァチカンを滅ぼしたことには変わりないってことか」

「うむ。…………そして、ヴァチカンにはギルドがあるのは知っておるな? それもヴァチカンと運命を共にしたよ」

「おい……それって…………」

 眉間に皺を寄せ険しい顔で浄は、己の考えを述べようとする。

 が、それを遮るかのように、ボナハルトが先に答えを出す。

「全ギルド共通の掟に従うなら――――」


 そこで一旦言葉を切り、深く息を吸ってからボナハルトは言葉を紡ぎだす。

「――――機神二体と争うことになるじゃろうな」

 これは、核戦争クラスの破壊をもたらす戦いが起きることを意味している。

「やっぱりか…………」

 ギルドの掟は――

 ――裏切り者には死を。

 ――敵には絶対なる報復を。

 この二つだけである。そして、二番目に位置する『敵には報復を』に該当する事態が起こってしまったのである。それも、敵と同等の戦力を保持しているののがこのギルドのみという条件付で。


「全ギルドが連携して敵の情報を集めている所じゃ。いつ、戦闘の要請が来るか解らぬ。いつでも行けるようにお主の機神の調整を頼むぞ」

「調整なら毎日やっているから問題ない。とりあえず、俺はいつも通りに行動させて貰う」

「まあ、構わぬがの」

「じゃあ、俺は研究室にいる」

「うむ。そうじゃ、これに目を通しておけ」

 ほれっとボナハルトは、SDカードを部屋から出ようとする浄に投げ渡す。

 それを受け取り損ねた浄は渋い顔をし、床から拾い上げ、自分の研究室に向かっていった。


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