第3話
人通りが少ない裏通り。そこは表通りの喧騒とは、無縁の落ち着いた印象を与える店などが軒を連ねていた。
やっぱり、こっちの方が落ち着くな。表通りの様に華々しくは無いし。ここには心を落ち着かせる懐かしさがあるような気がする。
浄は、裏通りにある店の一つ『喫茶店バラのキッチン』へと足を運ぶ。
木製のドアを押し開けると、カランコロンと乾いた音が鳴り、店の中に来客を知らせる。
店内を見渡すと、アンティーク調のテーブルなどが上品に配置されている。
数人の客が、楽しそうに談笑しながら午後のひと時を過ごしている最中だった。
なんとも暖かい雰囲気をかもし出している。
「おや、浄じゃないか、紅茶でも飲んでくか?」
浄が来たことに気づいたマスターは、手にしたグラスを磨きながら紅茶を勧めてくる。
マスターの言動一つ一つが、浄がここの常連であると言うことを示している。
それも、もっともな話である。浄はここへ学校と同じくらいの時間足を運んでいるのだから。
「いや、それよりも台所を貸して貰えないかな」
「勿論だとも」
マスターは笑顔で頷き、まだ磨き終わっていないグラスを置き、わざわざ戸棚にしまってあったティーカップを磨いていく。
浄は勝手知ったる他人の家と言わんばかりに、迷わず調理場へと足を運んでいく。
調理場は、千切りの途中のキャベツが無造作に置かれたまな板。泡の付いたままの食器類などが散乱していて雑然とした印象が拭い切れない。
しかし、ただ一箇所、入り口から真正面に置かれている冷蔵庫の周りだけが、綺麗に整頓されていた。まるで、そこだけが神聖なものであると言わんばかりに。
ずんずん冷蔵庫に近づいて行く浄。
冷蔵庫は業務用の物であるらしく、人一人をらくらく収納できる大きさを誇っている。
その大きさゆえ半分近くが壁に埋没している。
そのように設計されているのだ。ただ一つの目的のために。
冷蔵庫の前に来た浄は、冷蔵庫に張り付いているキッチンタイマーを『2251』にセットし、近くに置かれていたフライパンを殴った。
それらの動作を何万回もこなしてきたかのような流れ作業で行っていく。
浄は冷蔵庫の扉を開け、冷蔵庫の中へと踏み込んでいった。
冷蔵庫の中は、広いロビーの様になっており壁には様々な掲示物が掛かっている。 中には、十代位の女の子が帯剣している絵が中央にある同人ゲームの告知チラシなども混ざっていたりする。
雰囲気的には、大学にある研究棟のロビーのような印象が強い。
同人ゲームのポスターを除けば。
ここは、『金術師ギルドアジア第十七支部』である。ここに出入りしている浄も、勿論錬金術師だ。
「おう! 浄。この前は、よくもやってくれたな。お前のせいで酷い目にあったんだぞ」
ロビーに、浄が入って着たことに気づいた、白衣を着た中年男性が浄に話しかけてくる。
「ごめんごめん。でも、いい思いもしたでしょ?」
「まあ、な。ひさびさに若い娘を堪能させてもらった」
エロオヤジと思いながらも決して口には出さない。出したら負けそうな気がするからだ。
このギルドで最年少の浄は、いつもみんなに可愛がってもらっている。というか遊ばれている。こうして、会う度に浄の失敗談を持ち出してくるのである。
それでも浄はここが嫌いじゃなかったし、ここに居る人たちも嫌いじゃなかった。
なんだかんだ言いながらも、みんな良い奴なんだよな。
因みに、浄はここ最近二つの失敗をしている。そのうちの一つがさっき話していたものである。
どんな失敗かというと、浄が変身薬の調製中に誤って変身薬を気化させた挙句、ギルドに撒き散らしたのだ。そのせいで、ギルドに居た人々は皆美少女に変身してしまったのである。
その後、すぐに犯人が浄と判明し、犯人をギルドの一員全員で取り囲んだのである。それは、傍目から見たら物凄い光景だった。十人以上の美少女が一人の冴えない男を取り囲んでいるのだから。男だったら恨みすら覚える情景である。
が、それは事情を知らない者が見た場合だ。事情を知っている浄から見れば自分を取り囲んでいるのは、美少女の外見をした男だと解っている。その事実を知っているがために浄は、掘られるのすら覚悟したほどだ。
しかし、浄は掘られるのと同じくらい屈辱的な体験をすることになった。どんなことかというと、浄が作ったものよりも強力な変身薬を飲まされたのだ。それの効果により、ネコ耳美少女に変身してしまったのである。しかも薬の効果が強すぎて心まで変心してしまったのだ。
そして、翌日になっても女の子の人格と膨らんだ胸はどうすることも出来ずに、そのまま学校へ登校する羽目になったのだった。これが学校で浄が有名であり、容姿をあまり知られていないゆえんである。
「……………………嫌な事思い出した」
そこまで、思い出した浄はうな垂れ、トボトボと総轄の部屋へと向かっていった。
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