第13話 二人の道程⑥


 リアムはフィグネリアから殴る蹴るの暴力を受けた。それはいつもより酷く強く執拗に、長時間続いた。

 鞭だけではなく棍棒も用いられ激しく甚振られたリアムは、身を縮めて必死に暴力に耐えるしかできなかった。


 

「うっとぉしいヤツ! お前ももう必要ないわ! 代わりはいくらでもいるのよ!」


「うぅ……っ! ゆ、許さな、い……! お前を、許さない……っ!」


「無礼者っ! 奴隷ごときがっ!!」


 

 体中甚振られ嬲られ、リアムの体はボロボロになったが、それでもフィグネリアを許せなかった。至る所から出血し、所々骨折し皮膚から骨が飛び出てしまった所も一つではなかったが、心だけは屈したくなかった。


 だがそんなリアムは呆気なく見限られる。

 

 フィグネリアは従者を呼び出し、使い古した玩具のようにリアムを捨ててしまうよう告げた。リアムもまたフィグネリアにとっては取るに足らない存在であり、代えがきく奴隷の一人だったのだ。


 そうしてリアムは雪の降る寒空の中一人、ルストレーム邸から着の身着のままで追い出されてしまった。


 ボロボロになりながらも、リアムはフィグネリアが言ったレサスクという場所にノアがいる事を思い出していた。そこに行けばノアに会えるかも知れない。だけどそれが何処なのかは分からない。誰かに聞こうとも、小汚く傷だらけの見るからに奴隷の子に近寄る者はおらず、皆が逃げるようにリアムから離れて行った。


 

「ノア……ノア……っ! ごめん、守ってやれなくて……っ! ノアっ!」



 ボロボロになりながらも思うのはノアのこと。魔法陣で消えていく時、ノアとリアムは一瞬目が合った。その時のノアは目にいっぱい涙を溜めて、リアムに助けを求めるように手を伸ばしていた。


 だけど間に合わなかった。


 間に合わなかった。


 脳裏に浮かぶのはあの時のノアの顔だった。寒さに震えながら、リアムは道端で拾った棒切れを支えにし、うまく動かない足を引き摺るようにして進んでいく。

 何処に向かえばいいのか、どうすれば良いのか分からずに、だけどノアを求めて進まずにはいられなかった。




 一方、魔法陣で一人レサスク地区に送り込まれたノアは、見える情景に驚きを隠せなかった。


 そこは王都に近い程の大きな都市だと建物を見て分かったのだが、至る所に人々が横たわっていたのだ。

 降りしきる雪に殆どを覆われた人もいるし、倒れたばかりなのか雪が薄っすら積もってるだけの人もいた。


 それは大人も子供も、女性も男性も関係なく……


 多いのは薬屋や治療院の前だった。恐らく病を治す為にそこまで赴いて、耐えきれずに息絶えてしまった人々なのだろうと推測できた。


 フラフラと辺りを彷徨うように歩いては様子を伺う。フィグネリアからは疫病が蔓延していると聞いていたが、ここまで酷いとは思わなかった。

 ここから離れる事もできた。自分にはその能力があるのだから。だけど見過ごせなかった。放ってはおけなかった。


 まだ生きている人もいた。が、その場から動けずに震えるのみの状態となっていた。

 ノアは即座に駆け寄り治癒魔法を施していく。するとその人は見る見る間に青白かった顔に血色がもどっていった。

 ヨタヨタと歩いている人もいた。突然倒れる人もいた。子供を抱いている母親が泣きながら助けを呼び横たわっていた。


 いつしかノアも泣いていた。


 助けないと……


 この人たちを、この病にかかった人たち全てを助けないと……!


 ノアはフィグネリアに植え付けられたものよりも大きな使命感を得たような感覚に陥り、自分の持てる力を全て使ってでもこの人たちを助けたいと思った。

 ひたすらあちらこちらへと歩き回っては、生きている人を見つけて治療を施していく。だけど間に合わずに目の前で息絶える人もいた。


 厳しい寒さの中何時間も何時間も、ノアは助けを求める人々に治療を施していった。

 だけどこのままじゃいつまでたっても全員を救う事は出来ない。目の前の人々だけを治療するだけじゃ駄目だと気づいた。


 決心したようにノアは、ありったけの魔力を込めて大きく両手を広げ、広範囲に魔力が行き渡るように願いながら力を放出させた。


 誰もこれ以上苦しまないように。


 みんなが助かりますように。


 ノアから発した淡い緑の浄化と治癒の光はレサスク地区に広がっていき、疫病にかかった人たちの体から病の元となる病原体を消していった。

 ノアの力で、一瞬にして疫病はその姿を失くしていったのだ。


 しかし既にノアはその疫病のウィルスに侵されてしまっていた。


 自分には治癒の力は効かない。浄化も出来ない。


 魔力の殆どを使ってしまい、ノアはその場に崩れ落ちるように倒れてしまった。


 動けない。冷たい雪の上に倒れたノアは、徐々に体温を奪われていく。元より痩せ細り力のないノアには抵抗力もなく、すぐに病は身体中を巡っていった。


 全身に激痛が走る。体が熱くなっては冷たい雪にその熱は奪われていく。動こうとしても麻痺したように体が動かせない。

 自分はここで死んでしまうのだろうか。そう考えると怖くて仕方がなくなった。


 疲れた。


 もう動けない。


 起き上がる事さえ叶わない。

  

 リアムに会いたい。


 最後にどうしてもリアムに会いたい。


 涙がとめどなく溢れる。


 その時のノアは、ただひとえにリアムの事を想うしかできなくなっていたのだった。

 



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