第14話 二人の道程⑦


 降りしきる雪の中、薄着で怪我だらけのリアムは寒さに耐えながら進んでいく。


 力が出ない。全身に痛みを感じる。至る所から出血していて、それが止まることはない。意識は段々朦朧とし、目が霞んで前も見えづらくなっていく。


 何処に向かえばいいか分からないリアムだったが、無意識に足は教会へと向いていた。


 ノアと過ごしたあの教会へ……


 もうそこには誰もいない筈なのに。既に教会は廃墟と化していて、以前住んでいた子供達も司祭やシスター達も別の場所で過ごしている。


 だけどそんな事は考えられなかった。何かを求めるように、ノアを求めるように、細やかだったけれど穏やかで優しい時間を過ごしたあの教会へとリアムは進んでいく。


 馬車で教会からルストスレーム邸までの道程を、ノアと共に馬車の窓から見ていたのはつい最近のようにも、遠い昔のようにも思える。

 あの時は希望に胸を膨らませていた。貴族の邸で働ける事を誇りのように感じていた。


 だがその希望は無惨に散らされてしまった。


 蹴られた腹が痛む。込み上げてくるものがあり、リアムはその場に嘔吐した。しかし吐ける物がなく、胃液と血が口から出てくるしかなかった。


 悔しかった。何も出来ずにいた自分が、ノアを助けられなかった自分が情けなかった。


 

「ノア……ごめん、ノア……」



 何度も呟くように口から出るのは、ノアへの謝罪の言葉だった。

  

 そうやって歩き続け、リアムはやっと教会へとたどり着く。


 人が住まない、使わない建物は朽ちていく。ノアが魔法で綺麗に復元させた教会は、修復される前よりもボロボロな状態となってその場に佇んでいた。

 それでもこの場所はノアと過ごした大切な場所であり、思い出の場所なのだ。


 鍵は掛かっていなかった。扉を押すと、ギィィーと音を鳴らして難なく扉は開いてくれる。


 ヨロヨロと中へと進んで、リアムは力尽きたようにその場に膝をついた。

 もう外は暗くなっていて、教会の窓からは月明かりが僅かに入り込むのみで、建物内を仄かに照らすだけだった。


 誰もいない。優しい司祭もいつも笑顔のシスターも賑やかな子供達もいない。

 

 そして誰より求めたノアもいなかった。


 涙が溢れ出る。


 もう何処へ行って良いのか分からなかった。ここしかリアムは知らなかった。ここにしか来る場所が無かった。涙を拭う事も出来ずに、ただ悲しさと悔しさが胸を締め付けた。


 そしてそれはノアも同じだった。


 求めるのはリアムと共にある事だけ。あの優しい時間に戻る事だけだった。


 その時涙にくれるリアムの目の前が、突然青白く光りだしたのだ。


 眩しさに一瞬目を閉じる。その光が少しずつ無くなって、ゆっくりとリアムは目を開ける。そこには横たわった状態のノアがいた。



「ノア……? ノア……っ!」


「リア、ム……」



 僅かに残った魔力で、ノアはリアムの元へとやって来たのだ。


 もう立つ事もままならないリアムは、ノアの元までズルズルと這って行く。

 口からは白い息が吐き出される。教会内であっても今年一番の寒さは防げなかった。


 横たわったままノアは、フルフルと震える手を伸ばす。それをリアムは動かない足を引き摺りながら腕だけでズルズルと進み、やっとの事で手を掴んだ。


 

「あぁ、ノア……会えた……会いたかった……」


「うん……私も会いたかった……リアムに……」


「ごめん、守れなかった……ごめん、ノア……」


「ううん、リアムはいつも私を守ってくれたよ」



 お互いに手を握り合い額と額をくっつけて、寄り添うようにして横たわる。ルストスレーム邸の部屋で眠る時と同じように。


 リアムはもう自分が立てない事を分かっていた。ここで死んでしまうかも知れないとも。そしてノアも病に侵され、あの倒れて亡くなっていった人達のようになっていくのを自覚していた。


 それでも二人は最後に会えて嬉しかった。


 

「リアム……リアム、あのね……今度生まれ変わったらね……」


「ノア?! そんな事は……!」


「ううん、言わせて……今度生まれ変わったら、私またリアムに会いたい」


「それは僕もだ……ノアとまた会いたい」


「今度は奴隷じゃなくて……お嬢様みたいな貴族になりたい……」


「じゃあ僕はノアを守れるように、凄く強くなりたい」


「リアムはいつも怪我をしていたから、その傷を失くしてあげたい。私が代われたらそうしたい」


「ダメだよ、そんなの。あぁでも……」


「リアム……? 大丈夫? ねぇ、リアム?」


「う、ん……」


「生まれ変わってもね、私はリアムが誰かすぐに分かるようになりたいな……じゃなきゃ……会えないもの……」


「それは、僕、も……」


「リアムは……ダメだよ……私のせいでこんな事になったんだもの」


「そんな、事……」


「触れたら分かる、くらいにしなきゃ、ね。だってまた……リアムが私のせいで傷つくかも知れないから」


「そんなの、は……」


「もう魔力も、いらないよ……だってこんな力があったからこんな事に……」


「じゃあ、僕が……魔力をいっぱい、持つ、よ……そしてノアを守るんだ……」


「私は……お嫁さんに、なれたら、いいな……リアムの……」


「僕、の……お嫁、さん……」


「そう……だって私……リアムが好き、だから……」


「僕、も……ノアが……好き、だ……」


「うん……教会でね、結婚式があるたびにいいなって、憧れてたの……綺麗なドレス着た私の隣に、リアムがいたら……って……」


「…………」


「リアム……ねぇ、リアム……?」



 リアムはもう何も答えてくれなかった。


 幸せそうに微笑んで、深い眠りについたようだった。


 


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