第12話 二人の道程⑤


 フィグネリアは聖女として王城へ赴く。そこで貴族や王族相手に病気や怪我の治療を行う。人々の悪しき心を浄化する事も可能であり、犯罪を侵した罪人を更生させる事も容易くできた。

 

 そしてもう一つ、偉大で稀なる能力である瞬間的に移動できる力。場所や人を思い浮かべるだけで移動できるその力は架空の物とされており、それができるフィグネリアは正しく神のようであると崇められた。


 国王は移動を簡潔にするべく、転移できる魔法陣を設置するようフィグネリアに懇願した。これが出来ると、遠い場所であっても長旅をする必要はなくなるし、他国相手に優位な立場で交渉が可能となるからだ。

 移動日数が軽減されると、物流も滞ることはないし、緊急を要する事にも迅速な対応が可能となる。それは行商であったり、軍事であったりと多岐に渡る。


 国王はフィグネリアに視察の者の顔を覚えさせ、その者が魔法陣を設置する場所へ赴く。そうすれぱフィグネリアがそこへ行かずとも、その者の顔を思い浮かべるだけでその場所まで瞬時に移動できるからだ。

 そこに魔法陣を設置し、元いた場所とを魔法陣で繋ぐことにより移動が可能となるのだ。


 そうして幾つもの転移陣を設置したフィグネリアは国王から絶大な信頼を得られ、神殿からも教皇と同レベルの扱いを受ける迄に至っていく。


 その功績から皇太子との縁談が持ち上がろうとした頃、疫病が猛威を振るう事態が発生した。

 

 すぐにフィグネリアに要請がかかる。疫病で苦しむ人々を救って欲しいと声が多方面から上がった。それはその疫病が致死率80%以上だった事と、広がり方が異常に早かった事もあり、明日は我が身と焦った貴族達からの声が多かったからだ。


 しかしフィグネリアはノアの能力を受け継いでいる。自分の病や怪我は、自分では治せないのだ。ノアの魔力がフィグネリアの体から一切無くなった場合のみ、ノアから治療を受けることは可能である。

 フィグネリアはノアの魔力が自身から無くなる事に不安を覚えた。当たり前のようにノアの能力を自分のものとし、それに慣れてしまったフィグネリアは、もう前の魔力が少ない自分に戻りたくは無かった。 


 しかしそんな疫病が猛威を振るう場所にも行きたくはない。どちらを優先するのかは、フィグネリアにとっては簡単な選択だった。


 疫病はモリエール公爵領のレサスク地区が一番被害を受けていて、そこは王都からほど近い場所にある。国王は何としても疫病の蔓延を防止させたかった。


 直ちにフィグネリアにレサスク地区まで赴くように告げるも、フィグネリアはそれに快く返事が出来ずにいた。自分の身が疫病に侵されるのが恐ろしく感じたからだ。


 だからそこにノアを行かせる事にした。


 ノアも疫病に侵されてしまうかも知れないが、自分がそうなるよりはマシだと考えた。それによりノアを失い、前のように力を使えなくなったとしても、それは魔力を使いすぎて枯渇してしまい、力を失ったとでも言えば疑われる事はないと思ったのだ。


 フィグネリアにとってノアは使い潰しても構わない奴隷であり、取るに足らない存在である。

 浄化や治療の仕事にも嫌気がさしていたのも事実で、そろそろ引退してゆっくり過ごしたいとも考えていた。皇太子と結婚し、国母となり余生を優雅に過ごせば良いと思ったのだ。

 

 その後魔力が無くなったフィグネリアを、国王は王族として迎える事を拒んでしまうのだが、その時のフィグネリアはそんな事は知る由もなかったのだ。


 これまで全て上手くいっていた為、今回も上手くいくと考えたフィグネリアは、ノアをレサスク地区へ向かわせた。


 疫病の蔓延する中心部にノアをたった一人、

「多くの人を救えるのはお前だけ」

と巧みな言葉で使命感を植え付け、恐怖で震えるノアに設置したばかりの転移陣で送り出したのだ。


 ノアが魔法陣から消えていくところを見てしまったリアムは驚き、思わずフィグネリアに詰め寄った。


 

「お嬢様! ノアをどこにやったんですか?!」


「うるさいわねぇ。アイツにはレサスクっていう場所に行って貰ったのよ。わたくしの代わりにね。病気が広がっていて、その治療をしてもらうのよ」


「なぜお嬢様が行かれないのですか?!」


「わたくしが病気になったらどうするの? わたくしとお前達の価値は違うのよ。弁えなさい」


「じゃあっ! ノアがどうなっても良いと言うんですか?!」


「当たり前じゃない。アイツの力が使えなくなるのは残念だけど、そろそろ公務に疲れてきたところなのよね。丁度良かったわ」


「ち、畜生っ!!」



 リアムはフィグネリアが許せなかった。自分が甚振られるのはまだいい。我慢すればいいのだ。けれと、ノアだけは守りたかった。リアムにとってノアは何よりも大切な存在だったからだ。


 小さな体で傷だらけのリアムには思うような力はない。けれど我慢できなかった。だからフィグネリアに殴りかかった。

 コイツさえいなければ! コイツさえいなくなれば!


 だが非力なリアムがフィグネリアに決定的な打撃を与える事はできなかった。それどころか、逆に返り討ちに合ってしまったのだ。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る