第11話 二人の道程④


 傷だらけのリアムにノアは寄り添いながら涙を流した。魔法で治癒をさせようとしたが、リアムかそれを拒んだからだ。



「どうして……どうして私の代わりになるって言ったの……?」


「魔力を奪われて、なのにまた体罰なんて……ノアが壊れちゃうじゃないか……」


「だからってこんなのおかしいよ! ここまでされるなんて!」


「さっきお嬢様が言ってたとおり……僕達は奴隷だったんだ……だから理不尽だとしても……こんな目にあうんだろうな……」


「でもっ!」


「僕の事はいい……だからノア……もうここには来ちゃいけない……」


「嫌だ! そんなの嫌だよ! リアムっ!」



 至るところに傷を作っているリアムにノアは我慢出来なかった。そしてそれは、自分が受けるべきものの筈だったのだ。だから少しだけリアムの怪我を魔法で治した。これ以上血を失わないように。これ以上痛みに苦しまないように。


 しかし、ノアの力は自分には作用しない。だからノアが傷ついても、それが癒される事はなかった。


 その日からリアムは毎日のように生傷を作っては夜、その痛みに喘いでいた。ノアは毎晩リアムにそっと近寄り、少しだけ傷を癒やしていく。

 全快させればフィグネリアにバレてしまう。そうしたら余計にリアムは嬲られる。だけどそのままにはしておけない。だからノアは涙を飲んで、リアムの治癒を最小限に止めるしかなかった。


 そしてそうしなければ、ノアもフィグネリアに何をされるのか分からない。魔力を出来るだけ多く引き渡さないと、フィグネリアは気が狂うのかと思うほどに怒るのだ。そうなれば部屋は滅茶苦茶になり、使用人にも八つ当たりが及び、家族でさえも手が付けられない状態となってしまう。

 もちろんノアもタダでは済まされない。殴る蹴るは当たり前で、髪を掴んで引き摺りまわされた事もあったし、熱々の茶を浴びさせられた事も、2階から投げ捨てられそうになった事もあった。それは運良く回避する事が出来たが、その後は鞭で打たれ続けた。


 ノアはフィグネリアが怖かった。自分だけでなくリアムに害を与える事も恐ろしく感じていた。

 だから大人しく言うことを聞くしかなかった。


 ノアの心休まる時はリアムと共にいられる時だけであって、それはリアムも同じだった。リアムはノアを守れていない自分を歯痒く思っていたし、ノアはリアムの傷を負うのは自分のせいなのに、ちゃんと癒せてあげられない自分を情けなく申し訳なく感じていた。


 そうやって日々フィグネリアに良いように搾取され、ストレスの捌け口とされ続けたノアとリアムだったが、そうされた二人はより一層強くお互いを想い合うようになっていった。




 フィグネリアは、元はほぼ魔力を有していない。適したのは炎の力で、僅かに指先に灯る程の物でしか発することができなかった。

 

 しかし、ノアの魔力を受け取ったフィグネリアが使えるのはノアが使える魔法であった。僅かにあった炎の力は影を潜め、ノアの大きな魔力で稀有な能力を発揮する事ができた。


 それは病や怪我を治癒させる力や、壊れた物や古くなった物を復元させる力、自分の知る場所や知る人であれば思い描くだけで移動できてしまう力。どれも特殊な力であり、その使い手は未だかつて存在しない、伝説や架空のものだと言われていた程の力だった。


 そしてそれは人々に希望を与える女神、エルピスのもたらす力とも言われていた。


 ノアが育った教会の司祭は、ノアを女神エルピスの愛し子と思った。しかしその力を知らされると、孤児であるノアは良いように使われてしまうのではないか。そう考えたからこそノアに力を使う事を禁止し、幼いノアを守ってきたのだが。


 今やその稀有な力はフィグネリアのものとされ、国王はフィグネリアを聖女として認定した。しかしその力は王族貴族に使われていて、本当に必要であろう人々には平民と言う理由で使う事は許されなかったし、フィグネリアもそうするべきと考えていた。


 毎日のように魔力を譲渡するノアは、自分の力がどのように使われているのかを知る由もなく、ただ自分の置かれた環境の中、必死に生き延びる事しか考えられなかった。そしてリアムの事しか考えられなかった。


 リアムもまたノアと同じように、ノアと共に生きていく事しか考えていなかった。


 そんな細やかに生きていく術しか持たなかった二人だが、その日々が長く続く事は無かったのだ。

 

 

 

 

  

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