第47話 花時雨-2

「結婚式もなし、婚約指輪もなしでしょ?一歳でも若いうちに写真だけでも撮っておけばいいのに。記念になるわよ。うちだってお腹が大きくなる直前に大慌てで挙式したんだから」


「え!磯上さんって授かり婚なんですか!?意外!」


「私は結婚したかったからね、出来て良かったって感じだったけど、当時の主人はどうだったかは謎だわぁ。まあ、有無を言わせず責任取らせたけど」


「ひえええ・・・参考になります」


「・・・・・・参考にはしなくていいと思うわ」


念のため訂正しておくと、磯上が、未弥と土山を交互に眺めて口角を持ち上げた。


「自分だけの最良の幸せの形があるから、周りに惑わされずに自分で決めればいいのよ。結局自分の人生の責任なんて、自分にしか取れないんだから」


「・・・説得力しかない」


確かにと頷く既婚者組を前に、窪塚と土山がこくこく頷いた。


「先のことなんて分からないんだから、ここだって思ったら飛び込むのも大事よ。あれこれ考えるよりやっちゃったほうが楽になる事って多いんだから、ね、未弥ちゃん」


「・・・・・・そうですね」


結婚なんて一生縁がない、本に埋もれて生きて行ければそれで良いと思ってた未弥の生活はたしかに変化したけれど、それは未弥にとっては心地よいものだった。


戸惑いや驚きもあるけれど、そのどれもが良い刺激になって新しい気づきを与えてくれる。


「だって今更朝陽のご飯食べられない生活には戻れないし」


二人暮らしの心地よさを覚えた今、これを手放せと誰かに言われたら全力で拒む確信がある。


朝陽が未弥の為に作る手料理は、他の誰にもあげたくないと思う程度には、旦那様にべた惚れのつもりだ。


「・・・・・・料理だけ?・・・いいけど」


こちらを一瞥した朝陽が素っ気なく返して、次のビールを開ける。


「料理も、だよ」


タイミングを間違えてはいけないと慌てて付け加えたら、彼が僅かに口元を緩めて目を伏せた。







・・・・・・・・・






駅に向かうタクシーと、それぞれの自宅を回るタクシー、1台ずつを呼んで、ほろ酔いの客人たちが乗り込んだそれが見えなくなるまでエントランスで見送って、部屋に戻る。


男性4人が結構な量を食べたので、用意した食事はほとんど残らなかった。


デザートのフルーツポンチはわざと大目に作ってあったので、明日のおやつにしようと提案されて、こくこく頷く。


「土山ちゃん、完全に窪塚くん狙いだけど、大丈夫かなぁ。ちゃっかり隣に乗り込んでたし」


「窪塚も馬鹿じゃないからタイプじゃなかったら上手く捌くだろ・・・たしかに、あの子なら、あいつの地元でも浮かなさそう」


「窪塚くんの幼馴染の人たちってどんな感じなの?」


興味本位で尋ねてみれば、考えるように顎に手を当てた朝陽が未弥を一瞥して首を横に振った。


「あー・・・おまえはあんま得意じゃ無さそう」


「分かりやすい」


「だから、声掛けなかったんだよ。来たいなら、土山さんと一緒に行っても良いと思うけど」


「いやー・・・いいわ」


土山一人なら、問題なくコミュニケーション取れるが、彼女が二人、三人となるとちょっと厳しい。


休日はこれまで通り大人しく読書に勤しむのが自分にはぴったりだ。


「うん。俺も無理に連れて行こうとは思ってないから」


「・・・・・・そういえば、朝陽、結婚してから一度も私に何か強要した事無いね・・・お墓参りだってこっちから頼まなかったら一人で行くつもりだったし」


だから未だに未弥の心は自由なままだ。


妻からの問いかけに、朝陽がひとつ頷いて空になった大皿を重ねてキッチンに入って行く。


「俺と居る事で、未弥の選択肢も自由も狭めたくないから」


聞こえて来た言葉に、片付けの手を止めて彼に向き直った。


「・・・・・・・・・うわ、それ一番愛を感じる」


朝陽がどれくらい未弥を大切に思って慈しんでくれているのか、真っすぐ伝わって来る台詞だった。


下手に愛しているとか言われるよりもずっとずっと深い愛の告白だ。


「・・・今までも結構伝えて来たはずだけどな」


げんなりした朝陽が、思い出したようにキッチンの戸棚を振り返った。


「おまえ、まだ飲めるよな?」


空のグラスをシンクに戻して、台ふきんを取りながら頷く。


ロゼシャンパンは殆ど土山に注いでやったので、緑はハイボールを半分ほど飲んだ程度。


「え、飲めるけどなんで?」


「西園寺さんに貰ったテタンジェ、冷やそうと思って」


「うん。いいね、飲みたい」


頷いた未弥に取り出したテタンジェのボトルを見せた彼が、冷蔵庫にそれを収める。


「あの人にはロマンティックな夜にって言われたけど・・・・・・今日みたいな日に飲むのも、いいだろ?」


こちらを見下ろす彼に笑って、爪先立ちになってその頬にキスを一つ。


「それはもう大賛成よ」

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