第46話 花時雨-1

”今日うちの主人の会社の人たちが家に来るのよぉ、ほんと準備で大変だわぁ”


これは間違いなく妻側が発する台詞だ。


未弥もそのつもりだった。


朝陽から、申し訳なさそうに、新居に研究所ラボの同僚を招きたいと言われた時には戸惑いながらも喜んでと頷いたものだ。


テレビドラマなんかではホームパーティーのシーンを見たことがあるし、料理上手な奥様が手料理を振舞って客人たちをもてなすのはテッパンだろう。


キッチン立つ頻度が朝陽の半分以下の未弥は、大急ぎでケータリングの手配をしなくてはと内心冷や汗をかきながらこの後のスケジュールを考える未弥に、当日の準備はこっちでやるからとあっさり請け負った朝陽は、どうせなら磯上さんたちも呼べばと提案して来た。


料理は手間のかからない大皿料理にして、酒のつまみを買う程度で済ませると言った朝陽は、てきぱきと買い出しも済ませて、部屋の飾りつけは必要かと本気で悩む未弥に、必要ないよとげんなり答えて、前日の夜には仕込みを完璧に終えていた。


前日までに未弥がしたことと言えば、和室の畳の上に広げたままの荷物を押し入れの中に片付けた事と、自分が選んだクッションカバーでカウチソファーの上のクッションを包み込んだことと、ネット購入した酒類を冷蔵庫に収納したことと、スペアリブの味見をしたことくらいだ。


当日の朝、未弥がいい匂いに釣られて目を覚ました時には、スペアリブは柔らかく煮込まれていて、アボガドと海老のオーブン焼きは香ばしい香りを漂わせて、パエリヤは炊き上がり間近だった。


未弥の好きな切干大根のごまマヨサラダを和えながら、遅まきながらのお手伝いを申し出た新妻に、ピンチョスの作成を依頼した朝陽は手際よく残り二種類のサラダを用意して行った。





「やあだ!未弥ちゃん、いつの間に料理上手になったの!?」


「・・・・・・ほぼすべてが朝陽の手料理です」


「お料理も出来るなんてほんと朝陽さん、どうなってるんですか!?」


結婚祝いのブーケとロゼシャンパンを手に遠山家を訪れた磯上と土山は、ずらりと並べられた料理を見て凄い凄いを連呼した。


未弥だって二人が来る直前まで凄い凄いを連呼しまくった。


未弥が喜んだことで正解だと確信したらしい朝陽は、上機嫌でつむじにキスを落としてデザートもあると言って冷蔵庫を指さした。


結婚してからこちら、朝陽の料理スキルは右肩上がりだ。


少し遅れてやって来た朝陽の同僚は、西園寺メディカルセンター内の別部署から異動して来た窪塚と、朝陽と同じくヘッドハンティングを受けて転職して来た技術主任の丸山と、エンジニアの道本の三人だった。


丸山と道本は、朝陽と同じくいかにもエンジニアといった黒縁眼鏡をかけていて、言葉数は決して多くは無かった。


4人のなかで一番年下になるのが窪塚で彼が一番社交的でもあった。


彼は県南に実家があるらしく、地元の仲間と草野球をする為にちょくちょく帰省しているらしく、朝陽と道本も何度か顔を出していた。


最年長である丸山は休日は家族サービスと決めているらしく草野球には参加していないらしい。


丸山が飲みニケーション推進派ではないので助かっているが、最近潤いが無いと羨ましそうに未弥と朝陽を眺める窪塚にすかさず食いついたのが土山だった。


本日のメンバーで唯一の独身である窪塚を早々にロックオンした土山は、彼の地元の話をあれこれと聞き出して、帰る事には次の草野球の練習には連れて行って貰う約束まで取りつけていた。


恐ろしいほどの手腕である。


羨ましいくらいにコミュニケーション能力が高い土山だが、窪塚に引かれていないだろうかと冷や冷やした未弥の心配はいい意味で裏切られて、二人は終始楽しそうに会話を続けていた。


後で聞いた話によれば、窪塚の地元の幼馴染たちは揃って快活らしく、物怖じする女の子よりも活発な子のほうがタイプらしい。


「いやあ、ほんとにあっという間に結婚したなぁ、遠山」


「決起集会兼ねた飲み会で結婚する予定ですって言ってから、二か月も経ってなかったよな」


「え、そうなんですか?」


丸山と道本の言葉に、磯上がビールグラスを傾けながら目を丸くする。


「俺半分冗談だと思って聞いてましたよ。朝陽さん全然女の匂いしなかったし」


「未弥の名前くらい出したことあっただろ、大が覚えてないだけだ」


窪塚の茶化すような視線を受け流して朝陽が残り僅かなビールを飲み干した。


「私は毎日のように朝陽くんが図書館に来るたびに、ロマンスが始まるのは今か今かと待ちわびてたのよぅ」


「始まったのはロマンスじゃなくて、新婚生活でしたけどね!」


ケラケラ笑ったほろ酔いの土山が、お祝いに持って来たロゼシャンパンをぐびぐび煽った。


「あら、土山ちゃん、結婚してから始まるロマンスもあるのよう」


「えええそれも魅力的ぃ!でも、私はやっぱり婚約指輪見せびらかす時間は欲しいんで」


空っぽの左手を振りかざしてうっとりする土山のグラスに、残りのロゼシャンパンを注ぐ未弥に、朝陽が視線を向けて来た。


「俺は一応訊いたからな」


「いや、何も言ってないでしょ別に」


その件に関しては夫婦できちんと話し合ったはずだ。


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