第43話 残夜-2
「っ!」
慌てて振り向いたところを、待ち受けていた唇にかぷりと食まれる。
「ふ・・・・・・っぅ」
おはようのキスには相応しくない、ちょっと乱暴な熱っぽいキスの後、唇の隙間をノックされる。
回された腕が未弥の身体を抱き寄せて、仰向けになったところで朝陽が両腕で囲い込んできた。
カーテンを透かして来る太陽の光を遮るように覆い被さって来た彼が、応えてと柔らかい粘膜を舐めて甘えて来る。
ふるりと震えた未弥が素直に口を開くと、朝陽がくるりと口内をひと舐めしたあとで唇を離した。
「・・・ほんと俺に慣れたな」
慣れたのではない、慣らされたのだ。
むうっと眉根を寄せる未弥の肩から腕まで撫で下ろした手のひらで、昨夜酷使したお臍の周りをくるくる撫でながら、朝陽がとろりと瞳を甘くした。
「・・・・・・朝からしたい?」
「あ、朝からするもんなの・・・?」
未弥の中にある漠然としたベッドシーンはいつだって真夜中のイメージだ。
そもそも朝するならこの明るさの中で肌を晒すことになる。
二十代の自信がある身体ならまだしも、三十路過ぎの自分が絶えられる自信がなかった。
寝ぐせのついた未弥の髪を撫でた朝陽が、そのまま指を毛先まで滑らせる。
「・・・・・・決まりはないだろ。おまえがしたいかどうか。ふたりのことだから」
二人じゃないと出来ないことをするのだから、当然と言えば当然なのだが、数時間前の生々しいあれこれが気を抜けば頭を過って行くのでちっとも考えられない。
「・・・・・・・・・朝陽は?」
まずは夫の意見を確認しようと質問を投げ返せば。
屈みこんで、はむ、と頬を齧った朝陽が窘めるように言い返して来た。
「あのな、俺ら新婚で昨日が初夜だぞ。したくないわけねぇだろ。俺の我慢と虚しさの成果を見せてやりたいよ」
「え・・・あ・・・・・・うん・・・えっと、それは」
結婚してから二か月以上経って本当の意味で同衾したのだから、朝陽には多大な負担をかけたことになる。
彼は一度だってそれを未弥にぶつけることはしなかったけれど。
一緒に眠ることに慣れて来ても、そういう雰囲気になった直後未弥がぎゅっと身体を強張らせるたび、朝陽は未弥を眠らせて和室を出て行っていた。
経験は無くても知識は持っている未弥なので、一人になった後の彼の行動を想像しておたおたしたりもだもだしたりしたものだ。
朝陽が遅寝早起きを続けていたのは半分以上未弥のせいだということも分かっている。
だから、本来ならばここで応じるべき、なんだろう。
そうするべき、とは分かっているのに返事が口から出ないのは迷っているからだ。
未弥の表情をつぶさに見つめていた朝陽が、額にキスを落として目を細めた。
「でも、昨日の今日だし・・・・・・未弥に負担はかけたくない。この先時間はいくらでもあるし・・・俺も寝不足が解消された分夜も動けそうだし・・・とりあえず満たされたから、おまえが誘ってくれるまで待てるよ」
待つ、と言われたら、待たせてはいけない、と思ってしまうのが未弥だ。
こういう性格を見抜いているから朝陽は敢えてそんな風に言ったのだろうか。
主導権は渡されたように見えて、実際のところこの恋の手綱を握っているのは最初からずっと朝陽のほうだ。
それでも拒みたくないと思ってしまうのは、眠っていなかった乙女心のなせるわざなのか。
「あの・・・・・・よ、る・・・なら」
どうにか絞り出した一言に、朝陽え、と目を丸くする。
「え?」
まさかそんな顔をされるとは思わなかった未弥が逆に声を上げれば。
「・・・・・・来週とか言われるかと思ってたのに」
嬉しそうに相好を崩した朝陽が、軽やかに唇を啄んで来る。
頻度についてまで頭が回っていなかった。
物凄く積極的なお誘いをしてしまったことに気づいた未弥が、ジタバタと軋む身体を捻って上掛けの奥に潜り込む。
「!!!ら、来週」
「やだよ。夜って言っただろ」
笑い声を上げた朝陽がすぐさま上掛けの中に潜り込んできた。
背中から抱きしめられてあっさりと腕の中に閉じ込められる。
「か、身体痛いのよ、筋肉痛!」
「そのうち慣れるよ。未弥、運動不足だもんな」
「運動って・・・」
あれがスポーツなのだと言われたら、一生得意にはなれそうにない。
「風呂入れて来るから待ってな。あったまったら楽になるよ」
「・・・・・・それでも直らなかったら?」
太ももも脹脛も痛いし指先には上手く力が入らない。
これでは図書館のカートを押すのに苦労しそうだ。
しばらくは休前日で、という確約を早々に取っておこうと心に決める。
初めて経験する身体の痛みに唇を尖らせれば。
「ん?そん時は別のやり方試そうな」
「・・・・・・・・・べつ」
ぽかんと呟いた未弥の唇を笑った朝陽が軽く啄んでいった。
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